学術

2020年6月11日

「教養」、身に付いてますか? 駒場のリベラルアーツを考える

 東大に入学した学生は1、2年生の間、教養学部前期課程に所属した上で、進学選択を経ておのおの専門の学部や学科などに進む。前期教養課程でのリベラルアーツ教育を謳う東大だが、リベラルアーツ教育は目的通りに機能しているのか。駒場での2年間を最大限に生かすにはどうすればいいのか。現・元東大生や、学生時代東大生の授業態度に問題意識を持ち「面白い授業紹介冊子」を発行したジャーナリストの中野円佳さんに話を聞いた。

(取材・米原有里)

 

教養教育が抱える課題

 

 国内のほとんどの大学では入学試験出願時に学部や学科を決める必要がある中、前期教養課程・進学選択制度は東大の特色の一つといえる。実際、2018年の学生生活実態調査報告書によると「入学後に学部の選択が可能だから」を東大の志望理由として選んだ学生は全体の44.1%にも上る。東大もレイトスペシャライゼーション(遅い専門化)を教育方針に掲げ「広い視野と総合的な基礎力を兼ね備えた上で高度な専門力を身につけた学生を育てるため、駒場キャンパスでの前期課程教育を重視」(教養学部ウェブサイトより引用)するとしている。

 

 しかし幅広い分野を自由に学ぼうと意気込んで入学した学生にとって、必修科目が幅広い履修の足かせとなるかもしれない。科類ごとに必修科目が細かく設定されており、1年次のSセメスターでは時間割が必修科目でほとんど埋まることも。一般的な学生は12〜14こま履修する中、Aさん(理Ⅰ・2年)は「1Sセメスターは12こまが必修だった」と話す。

 

 前期教養課程とセットであるのが後期課程で進む学部・学科を選ぶ進学選択制度だ。後期課程の各学部・学科がどの科類から何人受け入れるかは決まっており、前期教養課程の成績・志望順位を基に内定者が決められる。そのため、志望の学部・学科に進学すべく、興味関心がある授業よりも点数を取りやすいとされる授業を履修する学生は少なくない(図2)。Bさん(文Ⅲ・2年)は「興味がある科目よりも、点数が取りやすいといううわさの科目を履修しました」と話す。

 

(図1)(図2)取材と教養学部学生自治会「学部交渉に関するアンケート(第2回)集計結果」を基に東京大学新聞社が作成

 

 国内では珍しいレイトスペシャライゼーションの制度だが、米国に目を向けるといわゆるリベラルアーツ大学は数多く存在する。米ハーバード大学も東大と同じくリベラルアーツ教育を謳っており、2年生の途中まで専攻を決める必要がない。一方、1授業が週1こまとは限らないため1学期に4、5授業しか取れず(図3)、専攻は点数によらず決められる。

 

(図3)1年生であるCさんの現在の時間割。週に5授業しかない

 

 東大に半年通った後、現在はハーバード大学に通うCさんは「授業一つ当たりの負担が重い分軽い気持ちで授業を取るのは少し抵抗を感じる一方、一つの授業のために授業外でも週7~8時間かけて1学期勉強することで、受けた授業の内容や分野についてはかなり自信を持てます」と語る。一方、東大では前期教養課程で後期課程の授業を理解するだけの能力や前提となる知識が身に付かなかったと答えた学生が42.9%(2018年大学教育の達成度調査報告書より)にも上り、必ずしも授業の目標が十分に達成されているとは言い難い。

 

自分の学問領域を築く

 

 さまざまな問題の存在が示唆される駒場のリベラルアーツ教育だが、それを最大限に生かすにはどうすればよいのか。文Ⅲから教育学部に進学・卒業、現在はフリージャーナリストとして働く中野円佳さんは「入学当初、どのような科目を履修すれば良いのか分からず、授業の学びが何なのか自分でも分からないまま漠然と授業を受けていました」と話す。「先輩もいかに『楽単』を取るかしか教えてくれないし、周りもシケプリ(注:学生の間で流通する試験対策プリントの略)を使っていかに点数を取るかしか考えていない」ことに失望したという中野さんは1年次は学生団体に参加するなど授業外での活動に精を出した。

 

 しかし2年生に上がった頃、同じ授業を受けていても単に高い点数を取るためではなく、学びを自分の知識として蓄えて後期課程につなげている人たちがいたことに気付いたという。「授業から多くのことを吸収する」人たちを目の当たりにした中野さんは、学内で売られる『逆評定(授業ごとに単位の取りやすさなどを学生が評価する冊子)』が学生による授業に関する唯一の情報源になっていることを問題と感じ、同じ問題意識を持つ仲間と共に「面白い授業紹介冊子」を作成したという。 

 

 「面白い授業紹介冊子」は文理各10人弱の学生の興味のある領域や、履修方法、お薦めの授業を紹介したもの。大学側の協力も得て、2年目からは新入生全員に配られた。「私が卒業してからは廃刊になってしまいましたが、それを参考にしてくれたという下級生もいてうれしかったですね」

 

 冊子で紹介された学生に共通する授業への姿勢は「教員側が発信した内容を自分の関心領域や、他の授業と関連付けている」ことだったという。例えば歴史を学ぶにしても「高校までの教科書は確定した事実のように書かれているけれど、大学の授業では教員によって認識が違うこともあり得る。それぞれの教員がどのようにその認識を確定しているのか手法を学ぶこともできるし、内容についても自分なりの理解をする材料にするのです」。法学と宇宙科学のように一見全く違うものを結び付けて宇宙法に関心を広げた同級生もいたという。学生側が意識的に、授業で得た知識を自分の目的意識に沿って結びつけていく姿勢が重要だと強調する中野さん。「一見学生は一方的に知識を受け取っているように見えるかもしれませんが、そんなことはありません。さまざまな授業で得た知識を、自分の学問領域を築くための材料として利用したらいいと思います」

 

 「点数さえ取れれば良いという意識ではなく、学ぶ楽しさを感じてほしいです。点数を取るだけの生き方だと必ずどこかで行き詰まると思います」と語る中野さん。「さまざまな知識領域を組み合わせて学ぶことで将来の幅が広がりますし、各領域の第一人者の話を何時間も聞けるのはつくづく贅沢ですよ」と前期教養課程の魅力を強調する。駒場で過ごす2年間を無駄にしないためには、受動的に授業を受けるのではなく、学んだ知識同士を学生が自ら組み合わせて体系化していく姿勢が問われているのかもしれない。

 

中野 円佳(なかの まどか)さん 07年東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。14年立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年4月よりフリージャーナリスト。15年より東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。

 

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この記事は2020年5月26日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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