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2019年5月29日

東大に採用を白紙撤回された宮川剛教授の思い 「採用手続きの改善を」

 2017年、一度東大から採用を通知された宮川剛教授(藤田医科大学)が、自身が提案した兼任方法を問題とされ、採用を一方的に取り消された。東大と宮川教授は約2年の裁判を経て18年12月に和解したが、東大の労働問題への意識の低さという根本的な問題の解決には至っていないという。宮川教授や東大教職員組合の話などから、今回の問題の経過、東大の体質に迫った。

(取材・中井健太)

 

正式内定前の「採用」連絡が慣例

 

 問題は17年1月11日、当時教養学部・総合文化研究科広域科学専攻の人事委員会委員長だった池内昌彦教授が宮川教授に、教授として「先生に来ていただくことになりました」と連絡したことに始まった。1カ月ほどかけて着任する研究室の採寸や教科書の確認、着任時期の折衝などを行った。しかし2月17日、選考結果を白紙撤回するという人事委員会の判断を池内教授が宮川教授に連絡。宮川教授は最終的に東大を起訴、約2年の裁判を経て和解した。

 

 採用取り消しの直接の理由とされたのは、宮川教授が採用連絡後に提案したクロスアポイントメント(CA)(※注)という兼任の方法だ。宮川教授は面接時、人事委員会に藤田医大との兼任の必要を伝え、了承を得ていたが、CAの提案後、採用取り消しの詳細な理由説明もなく「事前の話と違う」と採用を取り消された。

 

(※注)クロスアポイントメント:研究者が大学や研究機関、民間企業などの二つの組織の間で、それぞれの機関と雇用契約を結び、一定の割合で、両機関が給与を分割して負担する制度

 

 宮川教授はすぐに提案を撤回、通常の兼任という形での東大着任を提案した。しかし人事委員会で白紙撤回が再確認され、委員会は解散。池内教授ら委員会の構成員とも連絡が取れなくなったため、宮川教授は裁判に踏み切った。

 

 

 裁判の和解条項や人事委員会内で、最終候補者決定の段階で候補者にあたかも採用が確定したかのように連絡した池内教授の対応に問題があったとされた。しかし総合文化研究科の場合、最終的に教授会の承認を得るまでに3カ月ほどを要する場合もある(図)。教授会の承認、正式な内定を待っていると新任教員の準備が遅れ、スムーズな着任に支障が出る。本紙の調べでは、人事委員会の決定が覆ったことは教養学部発足以来一度しかなく、人事委員会の決定後の採用連絡が慣例となっていたようである。

 

宮川教授提供の資料を基に東京大学新聞社が作成

 

 宮川教授は手続きの煩雑さが採用決定の遅れにつながっていると指摘。採用確定後に正式な内定通知書をもって内定の連絡とするのが妥当だとした。「教員からしたら安心して着任できるという保証に比べれば、着任日が少し遅れるくらい大したことないでしょう」

 

労働契約への意識課題 法人化前の名残か

 

 東京大学教職員組合の前執行委員長、佐々木彈教授(社会科学研究所)は労働契約に関する東大の意識の低さが、今回の問題の原因だと指摘。「今回は内定取り消しという極端な形として問題になったが、労働条件のすり合わせができておらず、着任時にトラブルになったケースは多い。労働法の専門家が多くいる東大で、このようなトラブルがある、というのは問題にされてしかるべきだ」

 

 契約更新の際に労働条件通知書が交付されないなど、労働法に違反する状態が昨年度まで15年間続いていたこともあった。委員長の鶴田啓教授(史料編纂所)は教授会で、教員を公募する際に給与などの条件をもっと明確にしようと提案したという。しかし国内で事前に条件を明示して教員を募集した前例が多くないため、提案は却下された。

 

 佐々木教授は、東大の労働契約への意識の低さの根本的な原因として、大学教員が国家公務員だった頃の「任用」の名残を指摘する。雇用契約とは違う、行政権の一方的な行使として教官に任用された教授がまだ多く残っている。そのため、労働条件通知書の交付が着任当日で、内定通知書も請求しない限り出ないような現状を問題視する人が少なかったのだという。鶴田教授は「国立大学法人化によってさまざまな分野で適用される法律が変わったが、大きな変更があった会計分野での対応に全学が追われていた。04年当時は労働関係にまで手が回らなかったのだと思う」と語る。

 

宮川教授提供の資料を基に東京大学新聞社が作成

 

大学と研究者は対等

 

 本紙は今回、教養学部に裁判の経緯と、訴訟を経て取った再発防止策などを聞いた。しかし「和解調書内にある『他方当事者に不利益となる言動をしない』という条項に抵触する恐れがある」として取材を断られた。今年度、総合文化研究科に着任したある教員は、内定通知書は出ず、労働条件通知書も着任当日に出るという例年同様の対応であったことを明かした。

 

 宮川教授は総合文化研究科の対応を、和解調書内で謝罪を受けたことなどについて一定の意味があったと評価。一方、対面での話し合いがなかったことなどに言及し「より良い解決法があったはず」と述べ、東大にある種の封建的意識が残っているのではないかと指摘する。「本来アカデミアの世界では大学と研究者の間で交渉による対等な契約がなされるべきだが、日本ではいまだに大学が一方的に条件を決め、着任前の通知すらない場合が多い。このままでは優秀な研究者を確保することは難しい。研究の世界で日本が世界に大きく遅れを取る一因となる」

 

 ブレガム・ダルグリーシュ准教授(総合文化研究科)は東大の教職員採用制度は現在の制度を再生産し続けるように設計されていると指摘する。事前に労働条件の交渉が一切認められず、労働条件の詳細も個々の部局に委ねられているため、組織への従順さや縁故主義を奨励しがちである。その結果、東大内部の組織文化を熟知した人員の採用に偏りがちであり、今日のグローバルな大学組織の成功の上で必須な、外部からのフレッシュでクリエイティブな発想の取り込みを結果的に阻むことになっているという。

 

 皮肉にも今回の争点となったCAが東大から全国に拡大したように、東大が変われば日本の大学全体に影響を与えると宮川教授は主張する。「東大OBとして、研究者として、国民として、東大の労働環境への意識が改善することを期待している。東大で大学と研究者が対等に交渉できるようになれば、少しずつ日本の研究環境も改善し、若手が安心して研究できる社会になるはずだ」


この記事は、2019年4月30日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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