学術

2017年6月30日

【N高生のリアル④】ITで教育はどう変わるか? 「N予備校」の理念や開発経緯に迫る

 プログラミング教育を実施し高校生のうちからインターンで働く生徒を輩出したり、文芸創作授業を提供したりと、既存の学校教育へのカウンターカルチャーのようにも見えるN高だが、実は大学受験にも力を入れている。ドワンゴの川上会長によれば「学歴偏重の世の中というのはまだ続いていますから、受験のための最適なツールも用意します」という(「ネット時代のエリート作る」『日経ビジネス』2016.11.07. No.1865)。

 

代々木キャンパス内の自習室では、大学生ティーチング・アシスタント(TA)が巡回しており、質問にも答える

 

 N高は、ドワンゴが提供するオンライン学習システム「N予備校」を課外授業に活用している。このシステムはドワンゴが運営してきた「ニコニコ動画」のノウハウが利用されている。ニコニコ動画の特徴は、画面上にユーザーが入力したコメントがリアルタイムで流れること。N予備校の授業においても、講師は流れているコメントに随時応えながら授業をする。特筆すべきは「なるほど!」ボタンで、これを押すと画面に「なるほど!」と流すことができ、素早くリアクションをすることができる。スマホでの視聴を前提として、生徒と素早くインタラクションを取るために考えられたインターフェースだ。

 

 大手予備校を中心に、N予備校が目指す新たな教育スタイルに賛同して集まって来た講師陣の中には、従来の教室空間での授業に限界を感じてN予備校に来た人も多いという。N予備校でのライブ授業ならば、教室の物理的空間の限界に制約されずに、一度に大勢の生徒とリアルタイムでやりとりしながら教えることができる。広報の村田さんによれば、生放送授業は数百人ほどの同時接続で授業を進めているという。

 

「なるほど!」ボタンで生徒の反応を講師が知ることができる

 

 「N予備校」立ち上げの経緯と開発裏話、また今後のビジョンについて、担当の今野寿昭さんから話を聞いた。

 

――2016年4月のリリースから1年少々経過していますが、改めて、N予備校が大事にされている理念があれば教えてください。

 N高は通信制の高校ですが、「高卒資格を取る」以上の価値を生徒に提供していきたいと思っています。卒業した後、将来、どのような仕事や進路に進むのか。だからN高は、単位を取るための授業以外の、「課外授業」に力を入れ、高校を卒業した後の将来につながるための授業を提供しています。N高では、プログラミングやクリエイティブ系など、多様な学びができますが、その核となるのが「N予備校」の学習システムです。N高生なら無料で利用できます。2016年7月に大学受験とプログラミングコースを一般向けにも有料サービスとして公開しました。実際にこのN予備校をフル活用して名門大学に合格した生徒も昨年出ています。

(参考:N予備校合格体験記

 

――そうなんですね。学習者にとっては、N予備校だけで大学受験に挑戦するのに十分な指導を受けられるのでしょうか。

 はい。N予備校は「完結型」のサービスを目指しています。塾や予備校に通って、その補完として使ってもらうのではなく、N予備校だけで大学受験合格に足る学力を習得できることを目指しております。そのために、授業だけでなく、自学自習用の、講師が自ら執筆している「デジタル教材」も多数取りそろえております。加えて、分からないところがあれば、講師や友人に質問できるQ&A機能も用意しています。「授業」「教材」「Q&A」、この三つがN予備校の大きな柱となっています。

 

――その3本柱について伺いたいです。インターネットを使った学習であるe-Learningにおいて、学習者を実質的にどう学習させるかが教育的課題だと思いますが、そのあたりはどう克服しているのでしょうか。

 その通りです。e-Learningにおいて、授業を配信して提供するだけという「一方向性」は長年の課題です。

 

 その解決のために、N予備校は「双方向性」を重視しています。講師に対して、学習者がコメントしたり質問したりしながら授業を進める。そのために「ライブ授業」を重視しています。みんなのコメントが流れたり、他の人の質問を見たりすることで、自宅で受講していても、まるで仲間と一緒に勉強していると思ってもらえるように設計をしています。「挙手」という機能も考えました。リアルの教室では、生徒が前に出て黒板に、数学では計算式を書いたり、英語では構文を書いたりしますよね。それをネットの授業でも実現しようと考えました。

 

 問題をノートに解いて、写真を撮り、「挙手」ボタンを押して講師に送ります。選ばれた生徒の解答は、生放送スタジオの電子黒板に表示され、その場で講師が添削します。これはドワンゴの川上会長からのアイディアで、昔、ニコニコ電話というサービスがありまして、生放送中、視聴者の中から選ばれた一人が、ゲストの芸能人と電話できる機能でした。今回、授業という場で考えた場合、電話である必要はないので、写真を送るという形に落ち着きました。

 

 他にはアンケート・クイズ機能があります。例えば4択の選択問題を出題し、回答を受講者に選んでもらって、選択率の分布を表示しています。そうすることで、参加意識が高まるだけでなく、他の受講者は何を回答したか、間違えやすいポイントはどこかなどが可視化されます。もちろん授業は録画でも見られるのですけど、生放送で参加したい!と思える双方向の機能を多く提供しています。

 

――なるほど。ニコニコで培った技術力がふんだんに生かされているのですね。教材作成について、従来とは異なる点はありますか。

 紙の問題集・参考書の多くが電子書籍化されていますが、紙と同じレイアウトで電子化されたものがほとんどです。私たちはまず、高校生が持っていて、日々使っているデバイスは何か、から考えていきました。言うまでもなく、スマートフォンが圧倒的に多いです。スマートフォンで使われることを前提にした教材は、これまでなかったのではないか。そう考えて、スマートフォンで見やすい、解きやすい参考書や問題集を作成しました。紙にして50冊程度分の教材コンテンツを既に提供しています。

 

 また、生授業を担当する講師自身が執筆を担当しているので、授業と連動した形で自学自習を進めていくことができる教材になっています。

 

――先進的ですね。Q&A機能に関してはどのようなお考えで進めたのでしょうか。

 先ほどお話しました通り、N予備校は「完結型」のサービスを目指しております。生授業、デジタル教材があって、あと何が必要かを考えた結果、わからないことを質問できる場が必要と考えました。それがあれば、理想とする、ネットで完結する学習を目指せるのではないか。Q&Aでは、生徒同士の教え合いが基本ですが、講師から直接返答をすることもあります。また最近では、講師からの宿題提示にも活用しています。

 

――開発に当たって、大変だったことはありますか。

 やはり時間ですね。半年くらいでシステム開発したのですが、「授業」「教材」「Q&A」と、三つのサービスを開発するのとほぼイコールでした。開発チームには頭が上がりません。

 

 また、半年間で、N予備校の講師陣を集めるのも大変な仕事でした。授業がうまい講師の方々は多いですが、教材を執筆できる講師の方は、深い教科知識が求められることもあり、そう多くはありません。これはKADOKAWAで学習参考書を担当している部署の方々に協力を仰ぎました。学習参考書を執筆している講師は、既に執筆力が担保されています。参画して頂きたい講師の方1人1人に、企画を説明してまわりました。参画してくれた講師の方々は、もともとe-Learningに興味がある方々です。そういう講師陣なので、挙手とかアンケートとかのシステムもあっという間に使いこなしてくださいました。

 

アンケートをクイズ形式で出題することで、生徒の回答を把握できる

 

――ネット×教育は魅力的な分野ですが、この分野に関して、今後のビジョンがあれば教えてください。

 ネット×教育はこれから開拓が進んでいく分野だと思います。複数のプレイヤーと共存共栄しながら、一緒に開拓していければと思っています。教育系のサービスは、1強が存在しづらい世界だと思っています。大手予備校も、有力プレイヤーが複数いますよね。裏を返せば、教育は、生徒さん個々のニーズが様々で、一社でそれらを全て満たすコンテンツなどを作ることは不可能なのではないでしょうか。ですので、選択肢の一つとして、ネットで学ぶ方法があるということを、他のプレイヤーさんたちと一緒に提供していきたいと考えています。

 

――なるほど。素晴らしいビジョンありがとうございます。最後に、ネット×教育で、今後はここが最前線になるというイノベーションの領域があれば教えてください。

 これはN予備校というか、僕の個人的な考えになりますが、教育は大きくティーチングとコーチングに分類できると思っています。このティーチングの部分を効率化・自動化しているのが今の流れと捉えています。映像授業は、講師による授業のレベル、スキルのばらつきを均質化、向上しました。元々、ビデオやDVDを通じて塾で受講するスタイルだったものが、ネットインフラが整うにつれ、ネットで受講するスタイルになってきたと考えています。また、いま話題の人工知能(AI)によるアダプティブ・ラーニング(注:各自の学習進度に合わせて次の学習内容を指示すること)も、ティーチングの自動化の一つと捉えています。

 

 従来であれば、教科知識豊富な人が、個々の学力をみながら、次にやるべき教材を勧めていたわけですが、これを機械にやらせるのがアダプティブ・ラーニングです。ティーチングの効率化・自動化がこのように進むと、たとえ教科知識がない人でも、生徒の指導ができるようになっていきます。つまり、「やる気」といった精神的な指導に専念できるようになるわけですが、さて、ここは機械化できるのだろうか? 今はこのコーチングの部分は人が担っているわけですが、ここを機械化、自動化できるかが次の勝負なのかなと感じています。まあ、機械に「頑張れ」って言われて頑張れるのかっていう話で(笑)、もしかしたら未来永劫、人が担う領域なのかもしれません。N予備校をやりながら、その点を深めていければと思ってます。

 

――今野さん、ありがとうございました!

 

 N予備校から東大生が輩出される日も近いと感じた記者であった。

 

 次回は、N高ネットコース生を担任している先生に直撃インタビュー。日々、チャットツール「Slack」で行われるホームルームの様子に迫った。

 

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