INTERVIEW / OBOG 2017年3月17日

【東大新聞お試し】「嘘を嘘と示せる自信を」 東大元総長の三島賞作家

 この記事は、2017年1月1日号からの転載です。東京大学新聞の紙面を限定公開 お試し読みのご案内の一環で4月28日まで限定公開しています。


 

 2016年に『伯爵夫人』(新潮社)で三島由紀夫賞を受賞し話題になった蓮實重彦名誉教授。97年から01年にかけて第26代東大総長も務めた蓮實さんに、総長就任から20年たった今、執筆活動や東大の現状について話を聞いた。

(取材・分部麻里 撮影・関根隆朗)

 

――22年ぶりに小説『伯爵夫人』を発表した理由は

 理由はありません。心に浮かぶものを書きとめているうちに、小説が書けてしまったのです。というのも、フランスの作家のフローベールを研究して『「ボヴァリー夫人」論』(筑摩書房)を仕上げた後、私は、年来の企画である米国の映画監督を対象とした、『ジョン・フォード論』に取り掛かろうとしました。しかしこの分析方法が似ていて二番煎じのように思えたので、作業をいったん中断しました。すると、どこからか「伯爵夫人」が私に訪れたのです。最初の一文を書いたら後はすらすらと。1年もかからずに書き上げてしまいました。

 

 第2次世界大戦中に「この戦争は間違っている」と感じていた人がいたことを書きたかったのかもしれません。1941年12月8日に、日本は米国・英国に宣戦布告しました。ちょうどその時東大を目指す高校生だった、ジャズ評論家の瀬川昌久さんという方がおられます。瀬川さんは戦争が始まった12月8日の真夜中過ぎに、米国の音楽であるジャズの『愛のカクテル』という曲を大音量で流した。東大を目指しているが、戦争がどうなるかも分からない。そういうやるせない思いをぶつけたのでしょう。彼は戦時中ずっとジャズを聴いていたといいます。

 

 また、これは正確に調べ切れていないのですが、43か44年に法学部の25番教室で、米国映画『風と共に去りぬ』が上映されたそうです。戦時中ですよ。このフィルムは軍部が接収したものでしょうが、敵国の映画をなぜ東大生に見せたのか。目的は分かりませんが、もう戦争には負けるから米国のことを少しは知っておけ、と考えた上層部の人がいたのでしょうか。

 

 社会全体が米国憎しと思っていたのではなく、この戦争は間違いだと考える人も確実に存在していました。戦時下の日本は奇妙に成熟していたのです。映画の件を考えても、当時の日本は捨てたものではないと思いました。

 

――三島由紀夫賞の受賞に際し「80歳の人間にこのような賞を与えるのは、日本の文化にとって非常に嘆かわしい」と発言しています。現在の日本の文化状況をどう考えますか

 日本の文学の現状はそれほど悪くないと思います。優れた作家はまだ文学界に何人もおられます。しかし、多くの人が「国民の漠たる希望」に振り回されていると感じます。「国民の漠たる希望」とは米国大統領選でいえば、どちらが勝つかを考えることです。本当に重要なのは選挙制度の古くささとか、そもそも政党に不信感がある、という点なのにそういった議論は起こらない。「国民の漠たる希望」を追い掛け、本質的に重要なものが見えないのです。個々人が正しさの基準を自分の中に持たなければならない。『愛のカクテル』の話のように、自分の意思を貫くことが重要なのです。

 

――世界大学ランキングの順位低下など、東大の社会的評価が落ちてきていることをどう考えますか

 大学の質は数字では絶対に計測し得ないと思っています。この数字を絶対的に信頼してはなりません。しかし、その点をあえて棚に上げると、相対的評価の中で東大の順位が落ちた一つの要因として、国家予算の少なさと、外国人と女性の教員が海外の大学に比べて少ないことが挙げられるでしょう。私は総長時代からどんどん外国人と女性を取りましょうと言ってきました。順位が上がるかは別にして、外国人や女性が研究室でしかるべき役割を果たし、その研究室が陥っているある種の古くささを取っ払う必要があります。

 

 文科省が「何の役に立つか」という社会的要請の観点を重視するのも問題です。ノーベル賞を受賞された大隅良典先生にしても、自分の純粋な好奇心から好きなことをやって、それが評価されている。いつか何かの役には立つだろうが、当面の役には立たない。自分の研究が社会の役に立つかなんていったい誰に分かるのでしょうか。

 

――蓮實先生も学生時代に熱中した映画について研究しています

 中学1年生で親に隠れて映画を見て、こんなに面白いものはないと思いました。一番前の席で1日7本立て続けに映画を見て、顔面まひになったこともあります(笑)。これほど映画を見ているのは日本の同世代で私が一番だという自尊心がありました。何でも見なければと思ってあらゆる映画を見ましたね。役に立つかは全く考えませんでした。私が東大に入って一番良かったことは、学校秀才がいかにくだらないかを学べたことです。何でも良くできる人が、本当に伸びたのを見たことがない。そういう人は正誤の判断力には優れていても、何かを創造する力が欠けている気がします。彼らは好奇心だけで何かに集中しない。私は秀才とは全く別の形で好きなことばかりしてきました。

 

――創造性を大学で伸ばすことは可能だと思いますか

 できると思います。研究より、教育の方が大切なのです。他人との競争の中で自分は秀でていると感じられる教育が必要。そのためには学生を何かに没頭させ、知らぬ間に自分の限界を超えて、他の人よりも前を走っているような状況に導くことが重要なのだと思います。

 

――東大生へのメッセージをお願いします

 若者全般へのメッセージですが、世間で言われていることの大半は嘘だと思った方が良い。それが嘘だと自分は示し得るという自信を持ってほしい。たとえ今は評価されなくとも、世界には自分を分かってくれる人が絶対にいると信じて、世界に働き掛けていくことが重要だと思います。

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