INTERVIEW / FEATURE 2017年3月18日

【東大新聞お試し】野田秀樹さんに聞く東大の思い出 やりたいことを突き詰めて

 この記事は、2016年4月12日号からの転載です。東京大学新聞の紙面を限定公開 お試し読みのご案内の一環で4月28日まで限定公開しています。


 

 東大に入学した新入生はこれから何をするか考えていることだろう。劇作家・演出家・役者として知られる野田秀樹さんは、高校・大学と演劇にのめり込んでその延長でプロになったという。東大でやりたいことを突き詰めた野田さんに、学生時代の思い出や新入生へのメッセージを聞いた。

(取材・竹内暉英 撮影・石沢成美)

 

演劇漬けの大学生活

 

――演劇を始めた理由は

 

 高1でサッカー部に入ったら、ボールが足りず1時間に3回くらいしか蹴らせてもらえませんでした。面白くないと思っていたら、同級生に演劇部に入ってくれと言われて。先輩がいないと聞き、自由にできると思って入部しました。

 

 男子校だったので男だけの戯曲を探し、高1の11月の文化祭で別役実という劇作家の不条理劇を演じました。でも高校生には難しく、高2では自分たちで夏休みに一人1本脚本を書くことにしたんですが、書いたのが俺だけだった(笑)。仕方なくそれを演じたらお客さんが喜んでいて、それで人生がガラッと変わったと思います。現代国語の授業で戯曲を先生が取り上げてくれ、もしかしたら才能があるんじゃないかと。高3の文化祭でも気付いたら脚本を書くことになっていました。周りに東大志望が多く自分も東大と決めてはいましたが、演劇を続けることしか考えていなかったです。

 

――在学中の活動で印象に残っていることは

 

 東大では高校時代以上に演劇漬けの毎日でした。書いては演じ、次に何をするか考える、の繰り返し。2年の時に作った「夢の遊眠社」という劇団で青山の劇場を使えることになったんですが、劇場がつぶれ、駒場寮の食堂の半分を使わせてもらいました。駒場の近くに住んでいて、夜中に忍び込んで装置を作ったり演出を考えたりしましたね。

 

 活動では始末書を書いてばかりでした。芝居で使う電信柱を探していて、団員が構内に電信柱が落ちてますって。でも舞台に入れるには長くてのこぎりで切っていたら電気屋さんが現れ「これから立てる柱を何で切ってるんだ」って怒られました。そりゃそうか、電信柱は落ちてない(笑)。

 

 後は鉄パイプを立てて寮の壁を破ったり、暗幕が欲しくて教室からカーテンをいただいたり…。芝居後に使ったものを焼いていたら、火が大きくなり木に燃え移っちゃったときは始末書じゃ済まなかった。でも心優しい人が多かったですね。駒場祭で再会した電気屋さんに「何人くらいで演劇やってるんだ」って聞かれて「25人くらいです」と答えたらカツ丼が25個届いたり。活動を中止しろと言われたことはありませんでした。

 

――3年の時に大学を中退し、本格的に演劇の道に進みました

 

 生活が演劇中心で、法学部に進んでも本郷に通うのが面倒でした。講義には出ても、授業を聞くより大教室の後ろから学生を眺めてこの世界には入れないと確信しました。憲法と刑法は面白かったけど、法律は自分には向いていないなと。そんな感じでいたら単位が足りなくて教務課に呼び出され、自主退学しました。

 

 中退後も劇団に入れた東大の新入生の名前を使って駒場で演劇を続けました。でも28歳くらいの時、学校からこれ以上は目をつぶれないと言われ、大学内では活動できなくなった。自分の中でプロとアマチュアの明確な境界はないんですが、そうなって演劇で食っていくと決意したのが意識としてプロになった時でしょうね。

 

三つの立場で劇作り

 

――演劇で伝えたいことは

 

 戦争を経験した人には皆膨大な物語がありますが、戦後10年たって生まれた自分たちには伝えるべきことがない。でも伝えたいことがなくても文章は書けます。「何を」ではなく「どのように」を工夫して芝居を転がすだけでも面白い。例えばこの間まで上演した『逆鱗』に「お気に入らない教授のために、沖にいる船を登場させましょう」、というせりふがあります。日本語を知っている人間が言葉にだまされて話についてくるんですが、展開には根拠がない。脳みその中で台本を考えながら、せりふを書いた瞬間に次のストーリーをひらめいて展開させるのが面白かったです。

 

 『逆鱗』は戦争を扱っていて、メッセージだと捉える人もいるでしょう。戦争という20代に封印していたものが、逆に俺しか書けないと思うようになった。40年くらい演劇の経験を積みましたが、その時その時で自分にしかできないことを書いています。若い人には唐突なテーマでびっくりするでしょうが、むしろ心に残るかもしれません。

 

――劇作家・演出家・役者を全て兼ねています

 

 本来は劇作家だけ、役者だけと選ぶんでしょうが、学生劇団の延長でプロになったので三つとも続けています。脚本を書くときは人と接しない鬱的な生活を送り、稽古場では反動で躁状態みたいになります。役者の経験からよく間違う箇所はその人が潜在的に嫌いなんだと気付くこともあるし、舞台で演じるときはどの位置に立つのか把握できる。三つの目線を持つことで分かることは多いです。

 

――劇作家になった時と今で変わらないことは

 

 36歳で劇団を解散しイギリスに留学して演劇を見つめ直し、ある意味学生の時のやり方でいいんだと気付きました。演劇では、稽古と違う形で芝居の第一段階としてみんなで集まって話し合う時間が大事なんです。人気劇団だと稽古中だけ集まるようになって、演劇でやりたいことが分からなくなる。演劇を作るには無駄な時間が必要という認識、テレビや映画ではなく演劇をやりたい、「演劇にしかやれないこと」から離れちゃいけない、というのはぶれないですね。

 

――演劇でしかできないこととは何でしょうか

 

 他の芸術と違い肉体を共有するのが演劇です。ここを宇宙空間に変えたいと思ったとき、演劇では役者がふわっとする肉体を見せ、一筋の照明が入り「月の上だ」と言ったら見ている人は想像してしまう。これが映像になると誰も信じません。目の前で起こる肉体の変化というのは、演劇でしか表現できないことです。

 

――新入生にメッセージを

 

 さっさとやりたいことを見つけるのが一番です。何でもいいので、やりたいことはあった方がいい。これが自分のやりたいことだと決めて、違ったと思ったら変えればいいんですから。

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