学術ニュース

2025年12月7日

花がアリの匂いを擬態、世界初の発見

東大大学院で、花が匂いでアリに擬態する現象が発見された

 

 望月昂助教(東大大学院理学研究科附属植物園)は、日本固有の植物であるタチガシワの花が、アリの匂いに似た成分を放つことで、アリの体液をすすることを目当てとしたキモグリバエ科の昆虫(以下、キモグリバエ)を呼び寄せて花粉を運んでもらう「アリ擬態花」であることを明らかにした。花によるアリ擬態の発見は世界初。成果は9月24日付で英科学雑誌『Current Biology』に掲載された。

 

 「擬態花」とは蜜のある花や特定の昆虫などの匂いに似た成分を放つことで、花粉を他の花に運んで受粉を助ける送粉者を呼び寄せる花で、これまで多くの分類群で知られてきたが、近年は新たな擬態花を探す研究は十分に行われていなかった。本研究では、小石川植物園のタチガシワに多数のキモグリバエが群がっていた様子に端を発した。キモグリバエにはクモなどほかの虫の狩りに便乗してエサを横取りする、の種が知られている。一方、実際にタチガシワがどのような種を送粉者として利用しているかは分かっていなかった。このことからタチガシワは昆虫の新鮮な死がいの匂いを模倣する擬態花との仮説が立てられた。

 

 今回の研究ではまずタチガシワの自生地である日光植物園とその周辺において150時間にわたる送粉者調査を行い、キモグリバエが送粉者であることを突き止めた。

 

 その後、タチガシワの花について分析したところ、花や葉の匂いを構成する有機化合物が26種検出された。その中でも、ノナン、ウンデカン、酢酸オクチル、酢酸デシル、6-メチルサリチル酸メチル(6-MMS)と呼ばれる5種は必ず検出された。これら5種を実際の花の匂いと同じ比率で再現した合成混合液による野外実験ではキモグリバエの誘引が確認された。さらに、この5種のうち酢酸デシルと6-MMSを抜いた混合液では大きく誘引力が低下し、加えてこれら2成分は単独では効果を持たず、組み合わせることで初めて誘引力を持つこと判明した。

 

 また、タチガシワの花に近い匂いを持つ昆虫について探るため、タチガシワの匂いの主要5成分をもつ昆虫を調査したところ、特にアリ科ヤマアリ亜科において、大きな誘引効果を持つと考えられた酢酸デシルと6-MMSの両方を持つ事例が多く確認された。そこでタチガシワ自生地周辺でアリ、オサムシ、カメムシの仲間を計38種類採集し、刺激を与えた際に放たれる匂いを分析したところ、クロヤマアリや、その近縁種ハヤシクロヤマアリがクモに捕食された匂いとタチガシワの花の匂いが極めて似ており、加えて行動実験においてもクモに捕食されたクロヤマアリがキモグリバエを誘引することが確認された。

 

 以上の実験結果からタチガシワは、クモに捕食されたクロヤマアリ類の匂いに擬態することにより送粉者であるキモグリバエを誘引していることが結論付けられた。

 

 アリは生態系において普遍的な存在であり、アリ擬態を行う生物種は他にも知られてきたが、植物によるアリ擬態はこれまで仮説段階にとどまっていた。さらに今回のように、タチガシワのような一見すると目立たない花でも擬態花が発見されたことは、擬態花にさらなる多様性があることを示唆(しさ)している。

 

論文情報

 

Mochizuki, K. (2025). Olfactory floral mimicry of injured ants mediates the attraction of kleptoparasitic fly pollinators. Current Biology.

 

DOI:10.1016/j.cub.2025.08.060

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