COLUMN 2020年6月10日

【研究室散歩】@歴史学 大塚修准教授 歴史の書かれ方を探る

 ペルシア語文化圏の歴史書やその写本を研究する大塚修准教授(東大総合文化研究科)。現在研究分野に進んだ経緯やイラン留学時の体験、研究の意義、学生へのメッセージなどを聞いた。

(取材・中村潤)

 

大塚 修(おおつか・おさむ)准教授
(東京大学大学院総合文化研究科)
 12年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。東洋大学文学部助教などを経て18年より現職。

 

━━現在の研究分野に進んだ経緯について教えてください

 

 歴史が好きで第二外国語が中国語だったので東洋史の道に進もうと思っていましたが、私は落ちこぼれで中国語ができなくて(笑)。進学選択を前にして中国語以外で東洋史を学べないかと考えました。そんな時「ラシード・アッディーンの『集史』はヘロドトスの『歴史』や司馬遷の『史記』と並ぶ世界三大史書の一つだ」と聞き、『集史』を読みたいと2年次にペルシア語を履修しました。

 

 読んで分かったのが、『集史』が「普遍史」だという点。普遍史とはアダムから始まる人類の歴史の中でアラブ人やペルシア人などが登場し歴史が展開していく、というイスラム教徒に独特の歴史の書き方です。それ以外にも中東地域にはタバリーの『預言者たちと諸王の歴史』など普遍史と呼ばれる歴史書が多数あります。私は『集史』がモンゴル系のイルハン朝で書かれた歴史書なのに、なぜモンゴルだけではなく人類の始まりから歴史を記しているのか気になりました。

 

 そのような経緯なので、イランに初めから特別な興味があったわけではありません。イランに行ったのも学部卒業後が初めてでした。ペルシア語も、語学留学するまでは聞き取れませんでしたね。

 

━━留学生活はどのようなものでしたか

 

 私はイランに2回留学しました。1度目は修士課程の時。2カ月ほど留学し、語学学校でペルシア語を勉強しました。

 

 2度目は博士課程の時で、2年ほどテヘラン大学の大学院に留学しました。ペルシア語の歴史書のうち有名なものは出版されていて取り寄せて読むこともできるのですが、ほとんどの歴史書は手書きの状態で残されているので現地の図書館に行かないと読むことができません。私は誰も開いたことがないような古い歴史書の写本を図書館にこもって読み続けました。留学生活の3分の2は図書館にこもっていた気がします。その他にも学会に参加したり、研究者の下に押しかけたりして人脈を築きました。

 

━━留学時の日々の暮らしの中で印象深かったことはありますか

 

 イランの人はとても家庭を大事にします。夕方には仕事を終えて家に戻り、夕食は必ず家族と共にします。親戚や友人を呼んでパーティーを開くなど、人とのつながりを大事にする点に感心しました。

 

 他にも家の借り方に驚きました。日本では敷金や礼金、それに家賃を払いますが、イランでは多額のお金を預ければ、家賃を払わなくても良い場合があります。そのお金も出るときには返ってきます。

 

━━日本ではイランのデモの様子が報じられますが、実際にデモに遭遇することはありましたか

 

 イランでは建国記念日には必ず官製デモをします。2度目の留学時はテヘラン大学の近くに住んでいたのですが、エンゲラーブ広場が間近でした。エンゲラーブとは革命という意味です。広場がデモの中心の一つになるので、その時は一緒に歩いたり、シュプレヒコールを聞いたり(笑)。留学時は米国に厳しい態度をとるアフマディネジャド大統領でしたから、反米デモもよくありました。

 

━━『集史』や普遍史の研究はイランでは盛んなのでしょうか

 

 私も意外でしたが、『集史』はペルシア文学の研究の中ではあまり注目されていません。普遍史の研究はされているのですが、『集史』以外の歴史書が中心です。

 

 ペルシア語圏では昔から『集史』が多くの読者に読まれてきていたわけではなく、ラシード・アッディーンもイルハン朝の宰相として知られているのみ。『集史』の本格的な研究者もイランにはほとんどいないのです。

 

 一方で18世紀から19世紀にかけての欧州のアジア研究者たちの間では注目されました。モンゴルはもちろん中国、インドや欧州の歴史についても詳しく記されていたため「史上初の世界史」だと高く評価されたのです。20世紀になって高く評価されていることがようやくイランにも伝わりました。

 

ラシード・アッディーンが建設したラシード区(写真は大塚准教授より提供)

 

━━普遍史は神話的性格が強く史実と異なる記述も多いですが、その研究意義はどのような点にあるのでしょうか

 

 確かに、史実を明らかにする上では普遍史の研究意義はあまり大きくないかもしれません。しかし、日本の人たちが神話の世界をある程度知っているように、イランの人たちもコーランを通じて普遍史の世界観を知っています。近年はグローバル化が叫ばれていますが、そうした時代だからこそ各地の伝統的な考え方が現代の社会にどう反映されているかを知るのは重要だと思うのです。

 

 またイスラム教はキリスト教やユダヤ教と対立していると考えられがちですが、実際はアダムから始まる歴史の書き方やノアの箱舟伝説など共通の世界観があります。このようにイスラム教とキリスト教、ユダヤ教の根は同じだと考える上で普遍史は興味深い題材なのです。

 

━━今後の研究の展望について教えてください

 

 これまで19か国で15世紀頃までの歴史書やその写本の調査を行ってきました。私の研究スタイルはとにかく史料を読むことです。出版された歴史書には後世の人が写本に書き足したことが記されていません。また史料は見る人によって価値が変わるため、従来価値がないとされ読まれてこなかった歴史書も読み、新しい見方ができないか考えてきました。

 

 今後は20世紀初頭までのペルシア語の歴史書を調査していきたいと考えています。19世紀から20世紀にかけて欧州から普遍史とは異なる歴史の書き方が入ってくることで、どのように歴史の書き方が変わるのか。普遍史からそれぞれの国の国史への転換と、西アジアでの国民国家の形成過程を関連付けて研究することを目指しています。

 

━━学生へのメッセージをお願いします

 

 受け身の姿勢を改めて積極的に考えてほしいです。授業の質問コーナは、学生がどのような質問をするか考えるとともに、それに対する私のコメントをきっかけとして興味を抱いた点を自分で調べてほしい、という意識でやっています。

 

 また歴史学で必要とされる、物事を批判的に考える思考法を身に付けて、画一的なものの見方を改めてほしいと思います。授業で同じ中東イスラム地域に属するイランの文化とトルコやアラブの文化の違いを強調して話す理由もそこにあります。物事を批判的に捉え、多様なものの見方を探ることで別のものが見えてくるはずなので、ぜひ実践してほしいです。


この記事は2020年5月26日号に掲載された記事を基に再編集した記事です。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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