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2025年6月3日

東大と増加する中国留学生 ②東大の展望

 

 東大で学ぶ中国人留学生は増加傾向にある。昨年11月1日時点で5231人の留学生のうち、中国人留学生は3545人で約67.8%を占める。インターネット上などでは中国人留学生の増加に対する否定的な意見が散見されるほか、昨年末には東大大学院の一部専攻における入試情報サイトなどのソースコードに「六四天安門」と一時書き込まれていたことも明らかになった。東大が国籍に関して目指す「多様性」とは何か。今後のグローバル社会の中で東大はいかにして歩みを進めるのだろう。国際、ダイバーシティ&インクルージョン担当の林香里理事・副学長に話を聞いた。(取材・丹羽美貴、金井貴広、溝口慶、構成・劉佳祺、金井貴広、撮影・溝口慶)

 

他国からの留学生の少なさが課題 東大のさらなる発信が必要

 

─現在、東大の留学生のうちの約7割が中国出身です。この現状についてどのように考えていますか

 中国と日本は古来からの文化的な交流があり、歴史的基盤の上に築かれています。また、中国では就職において大学院の学位が日本より重視されています。そうした背景の下、優秀な学生が東大を選んでくれるのは非常にありがたいことだと思います。

 問題は、韓国やベトナム、タイなどの国からの留学生が相対的にも絶対的にも減少していることです。中国の学生が多いということよりも、他の国からの学生が少ない、あるいは減少しているところに課題があるように思います。東大に英語による学位プログラムがあるということは、英語で大学生活が送れることを前提にしているわけですが、キャンパスでは依然として日本語が中心ですよね。

 

 

─SNSなどでは、留学生への経済的支援に懐疑的な言説もあります

 大学という環境は、さまざまな人がいてこそ、科学や学問が発展する場となります。留学生がいて、多様化した東大は日本人の学生にとっても良い環境であることは間違いありません。日本の税金は日本人のために、という議論は感情的で、話が過度に単純化されているような気がします。

 東大は世界の研究レベルにおいてトップを狙っていくわけです。やはり東大も「なぜ多様性が必要であるのか」を真剣に受け止め、学問における多様性の重要さなどを発信していく必要があります。

 

─東大や学問における多様性の重要さをどのように考えているか、改めて説明をお願いします

 現在、ほとんどの研究分野は、グローバルな視点で評価されています。論文では、どれほどの引用があるかが数値化されて測られています。そのときに日本だけで完結しているような大学だったら、東大はこれまでの研究レベルを維持できないでしょう。私のミッションは東大をグローバル化して、研究水準をこれまで以上に高めていくことです。その時に、「特定の国籍の留学生が多すぎる」といった了見の狭い議論をするのではなく、あらゆる出自の人が集い、活発な研究が行われるようにすることが重要です。学生の多様性がキャンパスに活気をもたらし、楽しく開かれた場になってほしい。その実現のために、いかに支援を充実させていくか、誰もが居心地の良いキャンパスをどう築いていくか、これが今、問われているわけです。

 

─実際に留学生が増加する中で支援に必要な枠組みは整備されているのでしょうか

 相談支援研究開発センターには、カウンセラーとして中国語を話せるカウンセラーが1人と英語の話せるカウンセラーが複数名います。足りない部分もあり、さらに支援を拡充する必要性を感じています。

 

─受験対策の塾に代表されるように、中国人留学生が他の国の学生より入試を突破しやすい社会構造ができているという指摘もあります

 受験のテクニックを身に付けた人が多く東大に入る状態は、中国人留学生に限った話ではありませんよね。テクニックさえあれば入学できてしまうという状態が加速しているとしたら、そこは国籍に関わらず、東大の課題だと思います。解決策としては大学の入学方法を多様化することでしょう。新学部として創設予定のUTokyo College of Design構想はその一例です。いろいろな国から多種多様な才能を持つ人を東大に引っ張ってこなくてはなりません。

 

─現在、東大は国際化に対してどのように取り組んでいますか

 東大の部局には国際的に活躍されている先生が多くいらして、さまざまな大学と交流を重ねてきました。その上で、今後の本部での国際化の大方針は、グローバルサウスへ注力していくことです。南西アジア、つまりスリランカ、インド、バングラデシュ、ネパール、さらにアフリカ諸国との交流にも力を入れています。最近ではアジア大学連盟(AUA)にも積極的に参加しており、インドオフィスも拡充しました。これまで留学といえばヨーロッパや米国を検討していた東大生が多かったと思いますが、グローバルな活躍を夢見る人なら、こうした国も検討してほしい。また、世界中の国から新しい留学先として日本を留学先として視野に入れてのしいと考えています。

 UTokyo College of Designも新たに立ち上げ予定なので、そこでも留学生の受け皿としての支援を拡充する予定です。まずは世界に「UTokyo」という選択肢を知らしめるというところから始めていきたいですね。

 

バングラデシュ・アジア女性大学との全学学生交流覚書調印式にて2024年3月(写真は林教授提供)

 

学生には国際的な視野で自分を問い直すプライドを

 

─SNSや一部のネットメディアなどでは、東大が入試で特定の国籍を優遇しているのではないかといった声や入試の難易度に対する懐疑的な声も見受けられます

 大きな誤解です。中国からの留学生が多いというのは確かです。だからといって中国人留学生を優遇しているという事実は全くなく、本学に在籍している学生は皆、教員が熟考した厳しい入試を突破した人たちです。そういった根も葉もないことが言われる背景には、中国社会が大きく変化しており、グローバル社会のダイナミズムも変わり、日本人がその変化に戸惑っているということもあると思います。東大生には、そうした社会変動を冷静に分析する力を身に付けてほしいですね。

 

─東大大学院の一部専攻の入試情報サイトのソースコードに「六四天安門」と一時書き込まれていたこともありました。東京大学新聞社の取材によると、入試で特定国の留学生の合格者が多いのは問題ではないかという教員もいたとのことです

 もしかしたら一部の教員は研究室に中国人留学生が増加することに危機感を覚えている人もいるかもしれません。ただ、教育者である以上、今の状況がもたらされた理由をより広い文脈で捉え返していく必要があると思うのです。一生懸命勉強して入学した中国人留学生に向かって排他的な意識を持っているとしたら、やるせないですし、もったいない。国籍や出身地にかかわらず、本学に入学した学生に教育を施すことは、われわれ教員に課せられた重要な責務であり、同時に重い責任でもあります。世界がどんどんグローバル化する中、「良い教育」とはどうあるべきかをみんなで議論して考えていく場を作る必要があるかもしれません。

 

─日本独自の価値や知識について心配する声もあります

 もし、「日本固有の価値や知識」というものがあるとしたら、それに対してこれまで以上に多様な視点を向けてみることで、その本来の価値をさらに評価することができるのではないでしょうか。

 そもそも「日本固有の人文知」というものがあるのかということへの懐疑的な視点や問題提起もあっていいような気がします。今の日本での豊かな暮らしや生活基盤を大切にしたい。しかし、それが享受できるのは日本が独りで立っているからではないという認識もあった方が、もっと「日本」を大切にするのでは、と思います。

 

─留学生が増加することで日本人学生への支援が少なくなってしまうのでは、という懸念の声も上がっています

 それも心が痛い話です。留学生にばかりお金が回されていて日本人学生には支援が手薄だという声があることは承知しています。しかしそうした議論は、留学生支援と日本人学生支援が相いれず打ち消し合う、ゼロサムの関係にあるという仮定に基づいていますが、そうではありません。

 また、実態としては、国費留学生の奨学金は、物価上昇にもかかわらず10年間ほとんど変動がない状態で推移しているのが現状です。奨学金を受ける学生たちには審査があり、「留学生を特別扱いしている」という話には大きな誤解があります。

 留学生が共に学ぶキャンパスは、日本人の学生にとっても良いことなのだ、という認識を持ってもらいたいです。

 

─学生にそういった認識を持ってもらうために、どういったことが必要だと考えますか

 自分は苦しい思いをしているのに留学生だけが奨学金をもらっているのを見て悔しい、と感じる学生もいるかもしれません。大学に入って目先の課題や成績に追われてつい考え方の幅が狭くなってしまうこともあるかもしれません。けれども、東大生には、奨学金ほか、さまざまな可能性が開かれています。現状の地位に安住せず、国際的な視点で自分の立ち位置を見つめ、自分が前に進むためには何ができるか。広い見識と自信を持って生きてほしいです。

 世界の大学では、東大よりもずっとグローバル化が進んでいるところが多いです。労働力も流動性が高まり、研究も世界の中で激しい競争にさらされています。その中で、キャンパスが国際化することは、もはや避けて通れない。むしろ、グローバルなキャンパスで過ごすことをチャンスと思ってほしい。特定の国籍の学生を優遇していることはありませんし、そうした国際色の豊かな環境で研究や学びを高めていってほしいと思っています。

 

─そうした思いを実現するため、東大は直近でどのような取り組みを行っていますか

 2023年にグローバル教育センター(UTokyo GlobE)を新たに創設しました。このセンターでは東大生の留学支援、海外からの短期留学生の受け入れ支援を行っています。学生と海外をつなぐコンシェルジュのような存在を目指して設立しました。東大の中にいても留学ができるような環境になれればと思います。

 

─「東大の中で留学」は印象的な言葉ですね

 はい、グローバル教育センターから、英語によるSDGsに関係する授業を年70科目ほど出しています。後期課程の学生を中心に、どの学部からでも履修が可能です。まだ日本人の受講生は少ないので、ぜひ受講してください。英語での授業を週に1回でも受講することは思考の発展にも役立ちます。また、同じ教室にいるのは、世界各国から来ている交換留学生。中国人留学生もいます。生身のそういう方たちと交流してみたら、国籍などにこだわることなく、視野が大きく広がると思います。

 

マダガスカルの小学校にて2024年7月(写真は林教授提供)
林 香里 (はやし・かおり)教授(理事・副学長(国際、D&I担当)、東京大学大学院情報学環)/88〜91年ロイター通信東京支局で記者として勤務。97年東大大学院人文社会系研究科博士課程退学。博士(社会情報学)。東大大学院情報学環准教授などを経て09年より同教授。21 年4月より理事・副学長。専門はメディア、ジャーナリズム研究。
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