例年2日間で15万人もの人が来場する五月祭。東大生に何となく興味を持って足を運ぶ来場者も多いと思われる。学内での交流が中心となる東大生にとっても、普段はあまり関わる機会がない学外の人々と関わり、日々の学習の成果などをアピールする貴重な場だ。東大生が学外との関わりを考える機会は案外少ない。来場者としても、東大生と社会との関わりについて、あまりイメージが湧かないのではないだろうか。しかし、卒業後は社会との関わりは欠かせないし、大学生のうちから社会にどう働きかけたいのか意識して学習や活動を行う方が良いはずだ。東大生はこれから社会とどのように関わるのが良いのか。どのような貢献ができるのか。弁護士や政治家として多様な人と関わってきて感じたことや、五月祭の思い出などについて、現在自由民主党副幹事長を務める塩崎彰久さんに話を聞いた。(取材・田中莉紗子、撮影・宇城謙人)
東大は、自分を成長させてくれる面白い仲間に出会える場所
━━東大、そして文Iを受験した理由は
高校生の時に米国に留学していて、帰国時には受験まであと半年だけで、迷う暇もなく。間に合うか不安でしたが、一番難しい大学には一番面白い人が集まるのではという期待だけを理由に受験しました。
法律はいろいろな仕事に通じると考え、選択肢を広く残したくて文Iを受けました。当時は、自分が何になりたいかは全然分からなかったんです。
━━東大の良さや強みは
東大での大学生活の最大の魅力は、大人になっても支え合える仲間に出会えることだと思います。卒業後20年経った今、本当に感謝していて影響を受けているのは、同じ時間を過ごした仲間です。僕はテニスサークルに所属していましたが、同じサークルの先輩と後輩が国会議員をやっていたり。霞が関に広げればもっといます。一緒にテニスをしたり、お酒を飲んだり、共に楽しんだ仲間に、今は仕事で助けてもらったり、一緒に多くのことに取り組んだり。自分を成長させてくれる面白い仲間と会える場所という意味で、東大の最大の魅力はコミュニティーだと思います。
━━在学中に司法試験に合格していますが、司法試験に挑戦しようと思ったのはなぜですか
弁護士は非常に人を助ける力があるから、とりあえず法学を勉強してみようというところからのスタートでした。でも勉強するうちに、法学には世の中を変える力があると思いました。
弁護士はかなり幅広い仕事なので、弁護士になると言っているだけでは、何をするのかほとんど定義してないに等しいんです。最初は主にM&Aをしましたが、後半はコンプライアンスと危機管理をしました。就職後も、自分がやりたいことを探し続ける気持ちはありましたね。
━━大学での活動と司法試験の勉強を両立する上で心掛けたことや、モチベーションの保ち方は
切り替えをすごく意識しました。朝、テニスコートで練習して、テニスの格好のまま図書館で勉強して。そして授業に出て、夕方は試合をし、練習にも出て。その後さっと着替えて予備校に行って、夜はまた勉強する。そんな生活を送る中で、その時々に目の前のことを全力でするのを意識しました。その代わり、さっきまでテニスをしていても、次の瞬間には憲法のテキストに集中するというように、切り替えも全力でやることが大切です。
また、テニスで疲れているから勉強はいいやとか、司法試験の勉強をしているから、今回の試合はダメでも仕方ないといった言い訳はしないようにしました。自分が好きで欲張っているので。むしろ、欲張っていろいろしているけど、両方できたらすごいじゃん俺、と自分に負荷をかけ、モチベーションにしました。
しんどい時は明確な目標を立てるのも大事です。僕はすぐ怠けてしまっていたので、いかに自分を怠けさせないかを心掛け、客観的に自分を管理しました。大会があったら、3カ月前からどういう練習をどういうスケジュールで、どんなメニューでやるのか。司法試験の短答式試験があったら、スケジュールを考え、その週勉強することを表に書き出しました。大きな目標を一日一日の行動に分割し落としこむことで、怠けないようにしました。
━━五月祭の思い出は
五月祭も駒場祭も大好きでした。学園祭ではサークルでうどん屋を出しました。おそろいのジャンパーで、どの麺やだしを使い、いくらで仕入れいくらで売るのかといったことを、みんなで企画し考え、時には泊まり込んで作業して。一緒に企画を立て、最後までやり切る良い経験をしました。
僕にとっては、自分が主体的に企画を運営できるのが学園祭の魅力ですね。学生が主体となって、全責任を持ってやれるという意味では、学園祭は実社会に出てからのシミュレーションとしても、学びの多い経験なのでは。
━━今年の五月祭のテーマは、「心を駆動する。」です。ご自身の心を動かし価値観を形作った体験はありますか
二つあります。一つ目はテニスの団体戦です。3年次、サークルのキャプテンをやっていました。関東団体戦という、関東中の大学のテニスサークルが集まる大会で、初めてベスト16になり、ベスト8をかけて慶応義塾大学の強豪のサークルと戦うことになりました。団体戦で、4勝4敗で最後僕に出番が回ってきて、キャプテン同士で戦うことになったんです。1セット目を取られて、もうだメかと思いましたが、コートの両側に仲間がみんな並んで、必死に声を出し応援してくれて、勇気をもらって、2セット目を取り返して。そして日が暮れ、延長戦になり。翌日もう1回コートに並んで、みんなが来てくれましたが、ファイナルセットで負けてしまいました。やっぱり漫画のようにはいかないなと。プレッシャーの中で、悔しい思いをしました。でも、結果は負けでも、みんなと心を一つにし、一緒に笑って、泣いて、夢中になった、一つのことを大勢の人に支えてもらいながらやった経験はかけがえのないものです。1人ではできないことでも、仲間に助けてもらうと思いもよらない力が出ることもあるし、リーダーとして仲間からの期待に応えられないこともある。そんな時、どう受け止め前に進むのかというのも大きな経験になりました。今でも思い出すと、胸が痛くなります。
二つ目は、2年次の日米学生会議への参加です。日米の大学2〜4年生が約20人ずつ、夏に1カ月近く共に過ごし、議論するプログラムで、米国にも行きました。例えばハーバード大学とかスタンフォード大学とか、僕たちがすごいなと思うような大学の学生と話し合う中で、日本が世界に負けちゃいけないと思いました。また、米国のトップ大学の学生も、しょせん同世代の学生で、互角にやれると自信も得ました。海外の大学の方がすごいという先入観を持っている人も多いかもしれませんが、そんなことはなくて。同い年なりの悩みや苦労もあったり。それでもおのおの頑張って成長しようとしていて、夢もあって。そういうことを知れたのは大きかったです。
大学では徹底的に自分の人格を鍛えて
━━現在のお仕事の内容について聞かせてください
今は、自民党の副幹事長をしていて、仕事は大きく三つに分かれます。一つ目は、国会での仕事です。国会では、厚生労働委員会と総務委員会という委員会に所属して、法律を議論し通す仕事をしています。二つ目は、党での仕事です。副幹事長として幹事長のサポートをしています。幹事長が、政策、党改革、組織作りや、野党との交渉といった戦略を立てていて、それを支えています。三つ目は、地元の愛媛県松山市での政治活動です。地元に戻り、地域の皆さんといろいろな集会を開き、暮らしで何が困っていますか、一番の悩みは何ですかと聞かせていただいています。米価が上がって食費や生活が大変だとか、医療制度がこのまま保てるか心配だとか、いろいろな声を聞かせていただくと、政策作りのヒントになります。
━━元々弁護士として仕事をしていました。政治家になろうと思った動機は
弁護士の仕事は大好きで、天職だと感じていました。ただ、新型コロナウイルスの流行が起き、学校や仕事に行けなくなり、家族や友人にも会えず、高齢の家族が亡くなったり、プライベートなところまで影響が及ぶのを目の当たりにしました。政治が少し間違えるとこんなに影響があるんだと実感しましたね。こういう国家的危機の時、弁護士としての危機管理の経験が生かせるんじゃないか、誰かがやるべき仕事なのではと考え、自分にしかできない役割があると思い立候補しました。
━━今の仕事で、やりがいを感じるのはどんな時ですか
取り組んだことに対し、お礼を言われた時ですね。今国会では高額療養費の自己負担上限額を上げるかどうかが大きな議論になりました。自民党では僕が最初にあの問題について取り上げて、閣僚に質問しました。2月に松山市のがん患者団体の副代表が訪ねてきて、「高額療養費制度の自己負担額を引き上げるとの政府方針が出ているけど、ちょっと待ってください。これで毎月の自己負担額が上がると、とても治療を続けることができないという声がたくさんあります。どうか私たちの声を聞いてください」と訴えられました。それを受け、予算委員会で質問を福岡厚生労働大臣にぶつけさせていただき、患者団体の声を聞いてくださいと伝えました。すると福岡大臣から、がん患者など当事者の声も受け止めながら合意形成に努めるという答弁を引き出せました。実際に患者団体の人々に会っていただき、議論の末今回の案は凍結することになりました。そうしたら副代表が事務所に来て、「彰久さんの質問のおかげで、本当に多くの患者の皆さんが安心することができました。ありがとうございました。」と言っていただけて。一人一人の命と暮らしに最も大きな影響を与える仕事をさせてもらっている責任があるので、その分やりがいも大きいですね。
━━逆に大変さを感じるのはどういう時ですか
良かれと思ってやっていることでも、なかなか世間に理解してもらえなかったり、報道にねじ曲げられたりする時ですね。最近はSNSで全く事実に基づかないフェイクニュースが広まったりして、同僚の議員が攻撃されている時はしんどかったです。日本の将来が良くなるように、誰かのためにやっている政治家がほとんどなので。もっと僕らの仕事やその意図を分かりやすく伝える努力をしなければと思います。
━━学生時代の経験やそれを通じた学びや気付きで、今の仕事に生きていることは
まず、法学を学んで得た、法的に物事を考える姿勢は、学生の頃から共通して自分の一つの背骨になっていると思いますね。相談を受けた時に、それは法的にどういう仕組みなのか、こういう条文があるはずではと考え、気付き、問題解決の糸口を探す姿勢です。これは今の仕事に役立っていると思います。
もう一つ、不公平なことは良くないという正義感は、自分の価値観として大事だと感じています。いじめられる、虐待を受けるといった、不当な権利の侵害を受けている人がいた時に、おかしいと感じることは、学生の頃や弁護士時代に経験があって、今に通じています。
だから、皆さんは今は気付かないと思いますが、10年、20年経ってから、人格形成や価値観の構築に大事な核を、大学時代の仲間との触れ合いや、教室での学びからつかんだんだと思うようになるのではないかな。多感な大学の4年間はアイデンティティーが作られる時期だと自覚し、徹底的に人格を鍛えてもらえたらと思います。

感謝から生まれた、社会に恩返ししたいという気持ち
━━これまでさまざまな人と関わってきた中で、東大生・東大卒とそれ以外の人々の違いについて感じたことは
東大生は、良くも悪くも学歴をあまり意識せずキャリアを進む方が多いと思います。逆に、世間には学歴に重きを置く方もいる。だから、東大卒・東大生だというアイデンティティーをあまり意識しないが故に、人を傷つけてしまうかもしれない。そこは気を付けるべきです。逆に、東大生は学歴へのこだわりから解放されて、のびのびと挑戦できる。何に対しても、引け目を感じず挑戦してほしいです。
━━東大生の取り組みが社会にもたらす価値として期待するものは
各分野を自分がリードするという気概を持っている人が多いと思うので、新しい価値を世の中に生み出す気持ちで新しいことに挑戦し、人類を前に進めてほしいです。
━━今のお仕事でそういった取り組みはしていますか
今国会で審議されているAIに関する法律は、1年前に僕が中心となって、党内で草案まで作ったんです。AIが社会の仕組みを根底から変えるかもしれない時代に、AIに関する法規制が何一つないのはおかしいと、仲間と議論し、AI時代に社会の革新と安心をどう両立させるのか考えて作った法律です。こだわりを持って作りましたし、AIがますます社会に浸透していく中で、もっと進化させたいです。
━━東大生はこれから社会とどのように関わるのが良いですか
多くの人と一緒にプロジェクトをやる経験を学生の頃にできると良いですね。学んだ知識や技術をどう使い、社会にどう影響を与えるかも考え、自分の人格形成をしてほしい。積極的にいろいろ試して経験も積んでほしいです。人生はトライアンドエラーなので。やりたいことが分からないからと動かずにいても、やりたいことは見つかりません。起業するのも、インターンをするのも良いですね。嫌だったら止めても良いから、いろいろ現場で体験してみる。その中で感動したり、逆にしんどいと思ったりして、自分を発見してほしいです。
━━東京大学新聞社が今年度の新入生に実施したアンケートでは、エリート意識を持っていると回答した人は44.7%でした。社会をリードする存在であるエリートだと思うことが大事なのか、そういう枠にとらわれずにのびのびと物事に取り組むのが良いのか、どちらでしょうか
日本ではエリートという言葉がネガティブな、上から目線なニュアンスを持ってしまっているところがあります。でも、自身をエリートだと思うのはむしろ、自分が恵まれていることへの感謝の現れだと、前向きに捉えたいですね。感謝の気持ちがあれば、それに伴う責任も果たそうと思うのでは。
そして、社会をリードすることとのびのびとやることは対立する理念じゃなくて、むしろ自由にやれるからこそ社会をリードできるんじゃないかと。自分の好きなものを見つけるのは難しく、長い時間をかけて見つける人も多いし、それで良いです。慌てなくて大丈夫。自分探しは一生付いてくるものです。だけど好きなものは、のびのびと挑戦して見つかるんです。そして、好きなものだからこそ、社会を変える力が生まれるんだと思います。
━━塩崎さんも学生時代の頃から、感謝の気持ちがあったのですね
とても恵まれていると思いましたよ。最高の仲間と最高の環境で過ごせて、時間もたっぷりあり、好きなことをできるって。そうじゃない同世代の人も多い中でチャンスをもらった分、社会に恩返ししなくちゃと思いました。その思いは今も変わってないです。
━━東大生へのメッセージをお願いします
東大を、あくまで通過点だと思ってほしいです。僕も、卒業後二つの大学院に行ったし、司法研修所でも勉強しました。学部の4年間というのは、人格形成や自分探しをしていく上で、まだ入口にしか過ぎないんです。ここから自分を発見する楽しい旅がスタートするんだと思っていただきたいです。いろいろなことに挑戦してみてください。
