LATEST NEWS 2019年9月6日

知と人材の集積を生かす Society5.0実現に向けた東大の取り組み

 AI、IoT、ビッグデータ解析などの新たな技術は人とモノのつながり方、ひいては社会全体の在り方を変革する可能性を抱いている。その中で政府は第5期科学技術基本計画で現在の情報社会に次ぐ新たな社会像としてSociety5.0を提唱した。この社会の実現に向けて東大の果たす役割とは何であろうか。未来社会協創推進本部の福田裕穂副本部長(理事・副学長)に聞いた。(取材・友清雄太)

 

福田 裕穂(ふくだ ひろお)理事・副学長 82年理学系研究科博士課程修了。理学博士。理学系研究科長・理学部長などを経て17年より理事・副学長。19年より特任教授。17年より未来社会協創推進本部副本部長を務める。

 

東大が実現リードへ

 

 Society5.0は、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に次ぐ新たな社会を指す(表1)。この社会では、AIやIoTなどの技術を用いてさまざまな知識やデータを共有・活用し、現実世界とサイバー空間を連結させ、今まで解決困難だった課題の克服が可能となるという。これらの技術は地域、性別、年齢、言語などの障壁を下げ、多くの人の社会参加も促す。これは2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)の「誰一人取り残さない No one will be left behind」の理念に合致する。

 

 現在、日本経済を取り巻く環境は厳しさを増している。「日本企業が生き残るためには新しいアイデアを出さないといけません。日本はモノ作りは得意ですが、Society5.0時代では知を統合する仕組みを構築し商品にすることが求められます」と福田副本部長は語る。そのような構造転換は産業界だけでは不可能で、実現には大学の知や人材、技術が求められる。「大学には多種多様な最先端の知見が存在し、それらを掛け合わせることで新たな知の創出が可能になります。利益を考慮する必要がなく、公共性を担保でき、知と人材が集積されている大学こそが知識集約型社会への変革を駆動する拠点にふさわしく、その中でも東大がSociety5.0の実現をリードする立場にあるのです」

 

(表1)社会の変遷とSociety5.0(日立東大ラボ提供)

 

企業との連携に力

 

 17年6月、東大は「地球と人類社会の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』の形成」を掲げ、指定国立大学法人に指定された。その際、五神真総長就任後に打ち出した「東京大学ビジョン2020」を踏まえ、Society5.0やSDGsの理念の実現に努めることを宣言する。同年7月には指定国立大学法人構想を実現する司令塔として未来社会協創推進本部(FSI)を設置した。

 

 FSIでは、SDGsの実現に貢献する学内の研究活動を募り「登録プロジェクト」として整理し、学内研究の可視化と学内外への発信に着手した。これは、シナジーを伴う社会的価値を生み出すことが狙いだ。登録プロジェクトの数は現在190を超える。例えば、高木健教授(新領域創成科学研究科)の「水中浮遊式海流発電装置の開発」や横山広美教授(カブリ数物連携宇宙研究機構)の「数物系女子はなぜ少ないのか」、石田浩教授(社会科学研究所)の「格差の連鎖・蓄積とライフコースに関する総合的研究」など登録プロジェクトは多岐にわたる(表2)

 

 FSIでは、これらの研究活動を活発にするための財源確保や企業との連携にも力を入れている。財源の多様化のために「未来社会協創基金」を設置し、研究活動や若手人材の育成に活用。企業との連携では全学を挙げて共同プロジェクトを行う「産学協創」を掲げ、日立製作所と共同で設立した「日立東大ラボ」やダイキン工業と締結した100億円規模の産学協創協定などがある。

 

 

学生の参加も促す

 

 「日本にはSociety5.0を実現できるだけの基盤インフラが既に整っている」と福田副本部長は語る。そのインフラとは、「SINET」と呼ばれる世界にも類を見ない超高速学術情報ネットワーク。これにより850を超える全国の大学、研究機関を結び、膨大な学術情報やデータを瞬時に全国各地に移動・共有できる。国立情報学研究所が主に構築・運用しているが、東大もその活用を構想中。「SINETを活用することで全都道府県にある国立大学がその地域でのSociety5.0実現のためのハブ拠点となり得ます」。Society5.0を目指す上でこうした基盤インフラの存在は日本の強みだ。今後はSINETが産業界などにも開放され、新たなビジネスチャンス創出につながる仕掛けを構想中だという。

 

 今後の展望として福田副本部長は「学生を巻き込んでいく」ことを挙げる。「大学側だけで進めるのではなく、学生の参加も促すともっと面白くなっていくでしょう。主体的に学べる学生を育て、送り出すことで社会の好循環につながることを期待しています」

 

 

「産学協創」で理論と実践進展

 

出口 敦(でぐち あつし)教授(新領域創成科学研究科) 90年工学系研究科博士課程修了。工学博士。米マサチューセッツ工科大学客員研究員、九州大学大学院教授などを経て、11年より現職。

 

問題を数式的に整理

 

 現場では具体的にどのようなことが行われているのだろうか。日立東大ラボでプロジェクトリーダーを務める出口敦教授(新領域創成科学研究科)を取材した。

 

 日立東大ラボは2016年6月に「産学協創」の最初のモデルとして日立製作所と東大が共同で設立した研究組織だ。日立製作所が長年培ったインフラ技術やIT技術と、東大の多岐にわたる最先端の研究を融合。「エネルギーシステム」と「ハビタット・イノベーション」の二つのテーマからSociety5.0の実現を目指す取組みを進めている。後者はIoTで収集したデータや情報を知識に変換し、現実を動かすデータ駆動型で、居住からの変革を目指すアプローチとして五つの研究グループで構成される。出口教授はプロジェクト全体と都市政策・評価の研究リーダーを務め、Society5.0実現のビジョン構築に向けた研究を行っている。

 

 出口教授らは、Society5.0の概念を整理し、実社会への適用に着手した。その中で重視されるものの一つに「経済発展と社会課題解決の両立」がある。政策目標としてコストや生産力の主要業績評価指標(KPI)のみに注目すると、人々に我慢を強いて長時間労働をさせるなど生活の質(QoL)の低下を招く考え方に陥りがちだ。例えば、「CO2排出量/人口」は1人当たりのCO2排出量を減らす時に使われるKPIだが、この式のままでは人々の活動を抑制して排出量を抑えるように受け取られてしまう。そこで同ラボはKPIを三つの項に因数分解することで問題の整理を試みた。(図)のように整理することで、「CO2排出量/総エネルギー消費量」と「総エネルギー消費量/総活動量」を抑制し、「1人当たりの総活動量」の増加を促せば、QoLを向上させつつ「CO2排出量/人口」のKPIは改善されることになる。

 

 出口教授はKPI評価法の再考の他、都市計画における新たなPDCAサイクルの確立やデータ駆動型プランニング、Society5.0の都市像と課題解決方法を研究。Society5.0を社会実装するに当たっての方向性や課題の整理を行っている。

 

 ラボでは愛媛県松山市を拠点にSociety5.0の社会実装に向けたテスト実験を開始している。日立製作所が開発した「Cyber―PoC」という都市データを可視化するサービス事業シミュレータを用いた参加型の都市計画立案時の影響や効果の評価とPDCAサイクルモデルの試行を進めている。

 

 「ハビタット・イノベーションを通して多様で嗜好の異なる個々の人の満足度を上げる一方で、社会全体の課題を解決していくことを目指すことで、Society5.0の実現につなげたい」と出口教授。今後の課題としては積み上げた理論をいかに社会実装させるかを挙げる。「ハビタット・イノベーションがいかにして社会に受け入れられ、浸透できるかが課題ですね」。実社会のデータを使用するデータ駆動型の方法が社会の信頼を得て、生活に組み込まれていけるかが実現の鍵となる。

 

(図)1人当たりのCO2排出量のKPIの因数分解。項目別の項に分けることで取り組むべき課題と方針を明確化している(日立東大ラボより提供)

 

記者の視点 人間の幸福を考慮した変革を

 

 Society5.0は情報やデータを上手に活用することで成立する超スマート社会だ。その一方で、情報の寡占や悪用、それに伴う格差の拡大などで息苦しい社会になる可能性もある。あくまでSociety5.0が目指すのは「誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる人間中心の社会」(内閣府ホームページより)、つまり人間の幸福を最重視する社会だ。ホームレスや引きこもりなど、社会とのつながりが薄いために正確なデータを入手しづらい人もいる。データはあくまでも人間の行動を反映した結果であり、それを受けた効率化は内面の幸福に直接結び付くのかという疑問も残る。

 

 情報やデータは生活を豊かにするためのツールにすぎず、過信は避けなければならない。社会の合理化のみに目を奪われず、人々の幸福や生活の質を考慮できるだけの余裕を持って社会の変革に取り組む姿勢が求められる。


この記事は9月3日発行号からの転載です。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

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キャンパスガイ:武田直樹さん(文Ⅰ・1年)

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