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2020年4月16日

ジェンダー教育を考える 価値観の違い乗り越え共存へ

 2000年以来東大の女子比率は横ばい状態であり、2割の壁を越えられない。特殊な性比にある環境の問題に意識が向かない者もいる。学生の間のジェンダー教育が重要だが、十分浸透していないのが現状だ。ボーカロイド音楽論を開講している鮎川ぱて非常勤講師(教養学部)と筑波大学附属高等学校で長年保健体育を担当してきた貴志泉特任准教授(大阪教育大学)に、ジェンダー教育における取り組みや、その在り方について話を聞いた。

(取材・趙楠)

 

学生への配慮忘れず

 

 「東大は共学とはいえ、男女比が極端で別学出身者も多いために、異性を過剰に意識し、結果的にセクシズム(男性/女性はこうすべきという考え方)が温存されるリスクがあります」と話すのは16年から「ボーカロイド音楽論」(通称ぱてゼミ)を担当する鮎川非常勤講師。記号論、ジェンダー論、精神分析などを用いてボーカロイド音楽を分析する講義を行う。

 

 「開講前に偶然、東大生によるジェンダー差別的な発言を直接聞いたことをきっかけに、講義におけるジェンダー論の割合を当初予定より増やしました」。ぱてゼミの他に、瀬地山角教授や清水晶子教授などがジェンダー論の講義をしているが、講義数の少なさや定員のために、授業でジェンダー論に触れられるのは学年の3分の1にも満たない。ぱてゼミでは、ボーカロイド音楽との関係でジェンダー論が出てくるため、それまであまり興味がなかった人にもジェンダー論を届ける狙いがある。

 

 ジェンダー論一つとっても、ジェンダーイクオリティやセクシュアルマイノリティなど多くのトピックがあり、研究者によって考え方が分かれることもある。「考えが同じ場合でも、限られた時間の中でどこに重心を置くかは先生によって変わります。なので、一大学の中にも複数の講義が開講されているのが望ましい。学生には複数の議論に触れることを強く勧めています。一つの講義がフィットしなくてもジェンダー論に幻滅しないでほしい」。

 

 自分の性について語ることの負荷は、マジョリティとマイノリティでは決して対等ではない。「実際に周りの人が差別していなかったとしても、本人が恐怖を感じているなら、その感情は尊重されるべきです。講義が、クローゼット(自身のセクシュアリティを公表していない状態)の学生にとってアウティングリスクになることさえある。ぱてゼミは特にそのような問題に慎重な姿勢を取っています」。鮎川非常勤講師はボカロカルチャーで知り合ったさまざまなセクシュアルマイノリティ当事者との対話を通して理解を深めてきた。理論だけでなくその現場経験から、当事者学生が疎外されないための場所としてぱてゼミを組織している。

 

 大学の講義では、受講者の学力にばらつきが小さい上に、既に一定の興味を持った上で受講している学生が多い。その条件下でさえも、学生に誤解なく伝えるためには内容以外にもテクニックが要求される。鮎川非常勤講師は、ジェンダー教育を中高生に広く提供することに賛成しながら、同時に、それを行う学校教員の教育を徹底する必要があると強調した。学生を傷付けない伝え方の方法論化と共有が求められる。

 

鮎川 ぱて非常勤講師(教養学部) 鮎川非常勤講師はルックス担当とルックス以外担当が分かれており、写真はルックス担当のもの

 

「正しさ」ない教育

 

 「男らしさ・女らしさ」を取り巻く認識の問題をどのように高校生に伝えているかについて、筑波大学附属高等学校で長年ジェンダーの授業を続けてきた貴志特任准教授に話を聞いた。貴志特任准教授は1984年から性教育について研究する民間団体の幹事として活動した経歴を持つ。

 

 

 「男女共同参画」政策の構想など、日本では90年代初頭にジェンダー政策が飛躍的に前進したが、その反動として00年代に入るとジェンダーフリーや性教育に対して大きなバッシングが起きた。「教科書の性に関する部分が差し替えられるほどでした。この頃に、性の授業に先行してジェンダーを学ぶ必要性を感じ、NGOを呼んだり、学生に学習成果を発表させたりして、授業をリニューアルしました」

 

 今の教科書でも、男らしさ・女らしさがある前提で違いを認め合い、お互いの尊重をうたっているものがある。「男らしさ・女らしさは本来持っているものではなく、社会的に作られたものが多いです。それを剥がさない限りは男女が対等な関係になれません。価値観や考え方の違いは男女の違いではなく、個々人の問題なのです」

 

 実際にジェンダーの授業をする上で価値観の対立が生じてくる。人によっては自分の生き方が否定されたように聞こえるかもしれない。「ジェンダーの場合、価値観の他に固定観念も関わってくるので大変です。単にその人の構築したジェンダー観が失敗だと言うのはあまりにも横暴です。そのジェンダー観の下で失敗したと感じたらやり直してほしい。どの考え方を選んだら正しいというわけではないです」

 

 授業のレポートも、授業の内容をまとめる部分と、自分の意見を書く部分に分かれている。意見の部分に関しては評価が下されることはなく、教諭と異なるからといって点数が引かれるわけではない。「価値観がぶつかるのは構わないのでジェンダーの勉強だけはしてください。その結果どうするかは自分で決めてください。また、どの教科もそうですが、先生の言ったことが絶対的に正しいとも限りません。全く逆なのは困りますが、過度に傾倒してくるのも困ります」

 

 このように、ジェンダー教育は本来さまざまな価値観を包含すべきもので、絶対的な正しさが存在しない。教育の現場でも柔軟な対応が必要だ。この性質故に、教育課程の基準を一律に定める学習指導要領に盛り込むことが困難である。「本当は保健の教科書に載っていないことなので、先生の裁量で自由に授業できない学校は大変。ジェンダーのまなざしは自然に覚えるものではなく、学ばないと得られないものです」

 

 性別の枠組みを超えてさまざまな価値観が共存し、皆が同じ方向を向かないのが社会である。価値観が異なる人とも、尊重し合うところは尊重し合い、ぶつかるところはぶつかることで、共存していく道を模索することが大事なのではないだろうか。

 

貴志 泉特任准教授(大阪教育大学)

この記事は2020年4月7日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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