報道特集

2025年12月24日

国の博士課程支援プログラムSPRING GX 生活費相当の支援金、留学生を対象外に

 

 文部科学省(文科省)は7月30日、今後の「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(SPRING)における研究奨励費(生活費担当)の支給対象を日本人学生に限定し、留学生への支給を行わないことを決定した。(執筆・大島蓮)

 

 「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(SPRING)とは、博士後期課程生に対してさまざまな支援に取り組む大学を国として支援する事業。経済面や就職への不安から博士後期課程へ進学する学生が減少していた状況を受け、2021年に開始された。 

 

 現在、SPRINGには東大を含む90大学(採択時点の大学数に基づく。複数大学による共同申請は1件としてカウント)が採択されている支援を受ける博士後期課程生は昨年度は10,564人、うち留学生は4,125人。各大学で採用された学生は最大で年間290万円の支援を受ける。この支援金は各大学に置かれる事業統括の裁量により、研究費、研究奨励費、キャリア開発・育成コンテンツ費、大学事務費に分類される。このうち、今回問題となるのは研究奨励費だ。研究奨励費は学生の生活費に相当するものとして、年間180万円〜240万円が支給され今回の制度変更により、外国籍の学生はこの研究奨励費を受給できなくなる。 

 

 SPRINGの実施主体である国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は、今回の国籍要件変更に関して、制度本来の趣旨にかなうよう正したものだとしつつも、留学生は日本の研究力向上に重要な存在であり、「国費外国人留学生制度」によって留学生支援は継続されるとしている。国費外国人留学生制度とは。優秀な留学生に国が給与の支給、入学金・授業料などや旅費の負担を行う制度で2023年度時点で9,182人が在籍している。また、文科省は検討の中で、留学生の多くが日本での博士後期課程進学を目的に来日し、私費で留学していることを指摘している。 

 

 現行のSPRINGでの支援について、採用された留学生の国籍の偏りを問題視する声もある。昨年度では、SPRINGの支援を受ける学生のうち、約40%を留学生が占めており、その約77%が中国語の学生、約94%がアジアの学生だった。今年3月24日の参議院外交防衛委員会の審議では今回の制度変更のきっかけともされる質疑が行われ、自民党の有村治子参議院議員がSPRINGでの留学生支援に言及した。有村議員は、現状のSPRINGでの留学生支援では国民の理解が得られず、安全保障上の問題も存在すると主張し、文科省に制度変更を求めた。 

 

 今回の制度変更の影響は、東大のSPRING採択事業である「グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成」プロジェクト」(SPRING GX)にも及ぶ。SPRING GXは、「地球環境をよりよく管理し。将来世代に引き継いでいくため」の社会変革を先導する人材の育成を目的とする事業。理工系か人文・社会かを問わず、全学の後期博士課程生を対象として、キャリア開発・育成コンテンツの提供や経済的支援が行われる。現在SPRING GXには、留学生を含む1,315人の博士後期課程生が参加している。東大には、検討段階でその方向性を通知する文書が6月26日付でJSTから送付されており、東大も対応の検討を迫られている。 

 

 東大によると、2025年度秋までにSPRING GXに採用された学生には、来年度以降も国籍にかかわらずこれまでの同様の支援が行われる見通しだ。一方で、来年度以降の新規の留学生支援については未定となっている。今回の制度変更に際して、東大は今後も留学生を含む全構成員が能力を発揮できる支援のあり方を検討し、多様性と包摂性を尊重する大学環境の維持に努めるとしている。 

 

留学生「私たちの多くは日本に留学しに来た『普通の人間』 SPRING GXの役割知って」

 

 今回の国籍条件の変更に関するニュースを留学生はどう受け止めたのだろうか。実際にSPRING GXに採択され奨学金を受給している博士課程の学生に話を聞き、指導教員からのメッセージも受け取った。(取材・岡拓杜)

 

──ご自身の経歴や研究について教えてください

 

 中国の東北地方出身で、2022年に来日しました。今は東大大学院新領域創生科学研究科メディカル情報生命専攻の博士課程に所属しています。研究テーマは、バクテリアの抗生物質に対する耐性です。具体的には人が病気になった際に、バクテリアの増殖を効率的に抑える方法を調べています。 

 

──東大に進学したのはなぜですか

 

 東大は国際的な評価が高く、私が専攻する生物学分野でも優れた研究者が多く所属していることで有名です。研究環境も充実しているので、博士号を取得するのに最適だと考えました。実際に学んでみると、東大の中でもさまざまな地域から留学生が進学してくる研究室に所属しているので、その多様性に魅力を感じています。研究で最も重要なのはイノベーションですが、出身が同質だと考え方も似通ってしまうので、より多くのアイデアを生み出すためには多様性が欠かせないと考えています。 

 

──SPRING GXはどのようにして知りましたか

 

 先生に勧められたのがきっかけで大学の関連サイトを確認しました。経済的な援助だけでなく、研究の国際的な交流も提供されているので、若手研究者としては大きなチャンスだと思い。昨年応募して採択されました。 

 

──SPRING GXの国籍条件の変更に関するニュースを知ったとき、どう思いましたか

 

 残念でした。公的な奨学金としてはSPRING GX以外にも、日本学術振興会のDC1やDC2がありますが、採択率はいずれも15%前後です。また、民間の奨学金は高い日本語能力が求められる場合が多い印象です。外国人留学生が研究を続けるには厳しい現状があります。 

 

──現在支給されている生活費相当の支援金が停止されたとした場合、生活していくのは厳しくなりますか

 

 日常生活はかなり厳しくなります。普段は午前10時から午後6時まで研究し、その他の時間には論文を読む必要があるため、アルバイトをする余裕もありません。もし支援金がなくなったら、研究に割ける時間が減り、研究の進捗や質に影響が出そうです。そもそも博士課程生は研究者であるにもかかわらず、海外と違って給料が出ない現状は問題だと思います。 

 

──国籍要件を受け、大学から情報はありましたか

 

 すでに採択されている学生は生活費の支給が続くと聞きましたが、新規の学生がどうなるかは分からないようです。修士課程に同じく留学生の友人がいますが、博士課程への進学を諦めつつあります。そのまま就職することを考えているようです。米国やオーストラリア、シンガポールなどの大学は、博士課程学生に給料が出るので、そうした海外の大学に進学する人もいるでしょう。 

 

──留学生の増加に対し、安全保障上のリスクを訴える声もあります

 

 私たちの多くは日本に留学しに来た「普通の人間」です。ただ、現時点で日本に住む外国人の中に本当にスパイがいないかは私にも分かりません。それでも、大多数の人は「普通の人間」だと思います。外国人だからという理由で全ての留学生を排除してほしくはありません。確かに科学技術は根本的に軍事転用のリスクをはらんでいると思います。しかし、そもそも私の研究は全ての情報が全世界に公開されており、大学での研究が実用化されるには長い道のりがあります。そのため、大学の研究がそのまま特定の国のために軍事転用されることはほとんどあり得ないでしょう。 

 

──中国に戻る予定はありますか

 

 あまり考えていません。現状では日本の方が中国と比べて就職しやすいです。博士課程を修了したら日本で研究キャリアを続けたいと考えていましたが、経済的に不安定な状況を踏まえると、再考せざるを得ないかもしれません。日本の企業に就職するか、海外の大学で研究ポストを探すことになるでしょう。 

 

──今回の変更は今後、日本の研究力にどのような影響を与えると思いますか

 

 国外からの優秀な留学生にとって障壁になることで、国際性が低下し、ひいてはイノベーション全体にマイナスの影響をもたらすと考えています。昔はアジアで1番だった東大の世界大学ランキングも徐々に順位を下げています。研究資金の不足が背景にあるのではないでしょうか。資金がなければ論文も出せません。今回のSPRING GXの条件変更も、研究への投資の観点から研究力に打撃を与えると捉えられます。SPRING GXが果たす役割をより多くの日本国民の方に知ってもらいたいですね。 

 

指導教員からのコメント

 

 私の研究室ではこれまで多くの優秀な留学生を受け入れ、彼らが日本国内外で研究者・専門家として活躍してきました。留学生は研究に多様な視点と新しい発想をもたらし、日本人学生にとっても貴重な刺激となっています。 

 

 外国人博士課程学生への補助打ち切りは、こうした国際的な学術交流の循環を断ち、日本の研究力や学問の国際的存在感を損なう恐れがあります。東京大学が「世界に開かれた大学」であり続けるためには、優秀な人材が安心して研究できる環境を維持。発展させることが不可欠です。 

 

生活費支援廃止に教員や学生が反対表明「なんて愚かしいんだ」 「あとどれだけ差別に耐えれば共生できるのか」

 

 SPRINGに採択された外国人学生への生活費支援を廃止する方針を文科省が示したことに対し、反対する集会が7月11日駒場キャンパスで開かれた。主催は学生有志の団体「国籍に基づく不当な措置の撤回を求める駒場学生の会(AUTUMN)」。集会では、東大総合文化研究科などの教員や外国人学生、日本人学生から新たな方針を懸念する声が相次いだ。(取材・平井蒼冴)

 

 開会にあたって東大大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コースの博士課程に所属する学生が司会としてあいさつした。あいさつではSPRINGの支援が学問に専念するための経済的・精神的な支えだったと明かした上で、排外主義などにより多くの国で移民や社会的に周縁化された人々への締め付けが強まっていることに危機感を表明。学術の現場もこうした流れに巻き込まれることは見過ごせないと述べた。 

 

 同コースの修士課程2年の学生は今回の方針変更の問題を指摘。今回の変更では①日本で生まれ育った外国籍や在日コリアンの学生の扱いが見落とされている②文科省は、優秀な学生が経済的不安と職業的な不安定さを理由に博士課程へ進学しない課題の解決を目指しているとするが、外国人への支援打ち切りでこの課題を解決しようとするのは、因果を取り違えた排外主義的対応③留学生は研究継続に必要な情報へのアクセスや就職がより難しい2026年度からの廃止が予定されているがSPRINGの採択を見込んで出願した学生もいると考えられ、少なくとも激変緩和措置が必要─と問題点を整理した。 

 

 その後、福木玄弥准教授(東大教養学部附属教養教育高度化機構)が登壇。今回の変更方針に強く抗議し、国籍による線引きは高校授業無償化制度の対象になる予定だった朝鮮学校の排除にみられる制度的レイシズム(人種主義)の再演で、ナショナリズムに基づく排外主義だとした。博士課程で研究を行うには経済的支援が必要であり、SPRINGは国籍を問わず生活費の支援を行なってきたと強調。最後に、東大は多様な出自や民族的背景を持つ人々に支えられており、「教育や研究の分野を共に生きる場として守るために、声を上げ続けたい」と話した。

 

 続いて有志団体「JST-SPRING国籍要件反対アクション」の代表者がスピーチ。東大大学院理学系研究科化学専攻の日本人学生は、現在SPRING-GXに採択されているという。修士2年の段階でSPRINGなどの支援を受けつつ、博士課程への進学を決める人も多い中、SPRINGの制度や博士課程学生の実態が十分に知られないまま排外主義的な制度改変がなされていることに危機感を覚え、反対運動に参加したという。その上で、研究力向上に必要なのは博士課程に進学したくなる環境づくりであり、留学生の排除ではないのではないかと問題提起した。 

 

 さらに表象文化論コースの自治団体「表象文化論コース学生生活・研究協議会」の「SPRING制度への国籍要件導入問題に関する臨時委員会」の委員長もスピーチ。表象文化論は文化事象を時代や地域を問わず、文学や芸術などの表象を学際的に考察する営みだと述べ、外国籍の学生を排斥し多文化的な視点を排除することは、根本的な矛盾を有するとした。

 

 その後、総合文化研究科の教員を中心にスピーチが続いた井芹真紀子特任助教(東大教養学部附属教養教育高度化機構)は、英国留学時に奨学金が得られず、生活費をアルバイトで稼ぐ中で研究との両立が難しくなり途中で帰国せざるを得なかった経験を紹介。この明白に不当な状況に対し、日本にとって、学術にとって価値のある存在だからと留学生を援護する形ではないやり方で。どのように声を上げていけるか考えたいと話した。 

 

 森元庸介教授(東大大学院総合文化研究科)は、自身を保守的な研究者だと紹介した上で、社会が反動化すると保守的な研究もできなくなり、声を上げざるを得ないと述べた。自身の留学生との交流の体験を交え、今回の変更は、日本がアジアで数少ない人文学を学べる国だという、世界の国から学生が集めている。文化資産、外交資産を自らの手で完全に破壊する恐策だと語った。

 

 阿古智子教授(東大大学院総合文化研究科)は香港留学時の経験を語った。余裕のない家庭の出身だったが、奨学金を得て、研究者への道が開けたという。さらに、留学生特有の問題として、メンタルの不調による休学でビザ更新が困難になるリスクを指摘し、こうした日本人学生と扱いの差や、時に差別を受ける留学生へのサポートが充分でない現状に疑問を呈した。また、医療保険制度での外国人優遇の議論に対し、実例を出し、客観的なデータに基づく議論の必要性を訴えた。自らを「どちらかというと左寄り」としつつも、中国共産党政権に批判的な発信を行う中で普段から「いわゆる右寄り」の人とも対話しており、自身のSNS投稿の例を示しながら、異なる考えを持つ人にも考えが伝わる方法を考えたいと述べた。 

 

教室で演説をする教授(左)とメモを取る学生ら(右)の写真
(写真)集会で演説をする清水教授(左)

 

 清水晶子教授(東大大学院総合文化研究科)は自らの90年代末の英国留学経験を紹介。当時はフェミニズム研究で留学を志しても国や日本国内の奨学金団体から奨学金がもらえなかったが、ブリティッシュ・カウンシル(英国の公的な国際文化交流機関)や英国政府の奨学金を受けられたという。今では英国でも財政的な切り詰めが行われているが、当時の充実した支援には、優秀な学生を英国にとどめることで、大学院の研究力を維持し、英国への理解者を作る戦略があったと分析。米国政府が現在。高等教育機関を圧迫する中、世界中の教育機関が米国から流出する留学生の獲得競争を繰り広げている一方で。日本が留学生支援を打ち切るのは「なんて愚かしいんだ」と語った。この変更は日本が排外主義を制度上組み込んでいく一環だと考えるべきであり、この事態に東大がどう向き合うか問われると発言。その上で、清水教授は、藤井輝夫総長が就任以来推進してきた東大のグローバル化とD&I(ダイバーシティー&インクルージョン)の観点から、大学としてこの変更に批判的な態度表明を行うべきではないかと主張した。 

 

 表象文化論コース所属の教員が多く発言する中、地城文化研究専攻の高橋英海教授(東大大学院総合文化研究科)は外国籍の学生と日本人学生との連携を保つ必要性に言及。広域科学専攻の四本裕子教授(東大大学院総合文化研究科)も神経科学者で心理学者として、研究が国を越えて行われるのは前提状態で、それが崩されることに憤りを示すとともに、つらさを感じる学生に向け、東大の学生相談所を紹介した。 

 

 集会後半では、日本人学生の他に自国でフェミニズムやクィア理論などの学問を学べない留学生など。参加者からの発言も相次いだ。 

 

 クィア(性的少数者)だという中国出身の学生は、母語である中国語で安心して考えを表現できたことがないと話す。(クィアへの抑圧を強める)中国共産党政権への愛着はないが、20年以上過ごした中国の文化への複雑な愛着は消えないという。そうした複雑な背景は「中国人」「留学生」とひとくくりにされてしまうと嘆いた。本件に関する文科省の方針発表に合わせて、JSTが行った発表を読んだ際に、この発表はまるで「日本人のためのお金が入ったままの財布を開けた状態で机に置いて席を離れていたら、外国人が財布から金を抜き取っていたから、気付いた時に慌てて財布を閉じただけ」だと言っているように感じたとやゆした。東大で学んだ知識により、差別を見抜く力を得られた一方、差別こそが社会の実態だと教えられたと話す。最後に「私は、あとどれだけの差別に耐えれば、この社会と共に生きていけるのだろうか」「『研究』という門は、いったい誰のために開かれているのだろう?」と問いかけた。 

 

 イタリア人の留学生は日本人学生らの無関心や、ようやく得た奨学金が打ち切られようとしている不満を語る一方、学科ではこの問題に関心を持つ学生は少ない現状を指摘。ドイツの牧師マルティン・ニーメラーのナチス時代の警句を引用し、外国人への支援縮小はやがて日本人学生にも向かい得るとほのめかした。 

 

 集会の最後で司会の学生は「今、声を上げること、延問を共有すること、他者とつながることには確かな意味がある」と話し、「今日の対話をそれぞれがそれぞれの場所に持ち帰って考え、周囲と話し、動きを広げていけたら」と締めくくった。

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