文化

2025年10月13日

【東大CINEMA】『三島由紀夫 vs 東大全共闘 50 年目の真実』 令和の時代に問い直される「真の議論」

 

 『三島由紀夫vs東大全共闘50年目の真実』は、1969513日に東大駒場Iキャンパスの講堂900番教室(900番講堂)で行われた討論会の映像と、当事者や文化人の語りを組み合わせたドキュメンタリー映画だ。当時、世界各国が政治の季節に突入しており、日本でも自分たちの手で国を変えようとする学生運動が激化していた。その中、無党派学生らが各大学で結集してつくった運動組織が全学共闘会議(全共闘)だ。反戦や大学解体などのスローガンを掲げ、次第に反権力を唱える新左翼学生の集団となっていった。その年の1月に東京大学大講堂(安田講堂)が陥落し勢力を失いつつあった東大全共闘は、右翼的思想で知られる作家・三島由紀夫を公開の場で論破することで巻き返しを図ろうとした。東大全共闘からの申し入れを受諾した三島は、1000人を超える学生が待ち構える900番講堂に、警視庁からの警護の申し出を断り単身で乗り込む。右翼的で天皇主義者として知られていた三島由紀夫と東大全共闘の思想は相いれないものと見られ、「右翼対左翼」の闘いと評された。

 

 印象的だったのは、学生に真摯(しんし)に向き合う三島の態度だ。初めに、三島は反知性主義的立場を表明し「知識人のうぬぼれを叩き割ったという功績は認める」と学生運動を一部評価。劇中で思想家・内田樹は、「三島は本気で1000人を説得しようとしている、学生を困らせ言い負かそうとは全くしない」と賞賛している。「学生側も三島にリスペクトされていると感じた」「本当に憎んでいたら会話なんて必要ない」という元全共闘の橋爪大三郎と芥正彦の言葉から、三島の態度に学生も親和的な印象を感じていたと分かる。相手に敬意を持ち行われる「議論」よりも相手のミスをあげつらい自身の優位性を示そうとする「論破」がはやる現在、この態度は見習うべきではないだろうか。

 

 20歳で終戦を迎え、太平洋戦争を生き延びたことが三島の思想に与えた影響も興味深い。冒頭で三島は、「言葉の有効性があるのかどうか試しに来た」と述べる。作家・平野啓一郎は、「三島は自分の言葉が現実に働くかどうかを気にしていた、認識と行動の二元対立にこだわった」と語る。「三島には『認識が先だと言っている人たちはウダウダ言って戦争を生き残ったではないか。行動が先であるべき、いつまでも認識を語っているだけでは結局現実に触れない、だからこそ自分は生き残ったのではないか』との思いがあったのでは」という。内田は、「三島と同じ問題意識を持っているのは1930年頃に生まれた人たちが多い。彼らは戦争で死ぬことを自然に受け入れていて、国運と個人的な運命が完全にシンクロしているという経験を子供の頃持っていた。それが終戦で突然消滅し、国は主権すら消失した。それをどう取り戻そうかという思いがあったのでは」と語る。戦争で死ぬことへの憧憬(しょうけい)は、『仮面の告白』にも表れていたように思う。

 

 三島は「イデオロギーや筋や論理なんかどうでもいい、とにかく社会の当面の秩序が大切だ、という機運がまんえん日本に蔓延している」と苦言を呈した。この言葉は、日常生活にすぐに直結せずとも対処すべき本質的な問題をないがしろにし、その場しのぎの意見がもてはやされているような現代を生きる我々に、重くのしかかる。

 

 三島は、「諸君の熱情は信じます」と結び、のちに「大変愉快な経験であった」と評価した。内田は「左翼と右翼の対立と解釈するのは本質的ではない。両者の本質は反米愛国運動であり、共通するものを持っていた」と語る。しかし、天皇に関して両者は相容れず、両者の共闘は成立しなかった。

 

 討論会は三島の自決の1年半前に行われた。三島が残した「非合法の暴力」を肯定する予言めいた言葉にも注目だ。

 

 本紙8月号の昭和100年を節目に、4人の東大教授に昭和100年を振り返ってもらった記事にある「昭和は言葉が現代語とそう変わらないため、当時作られたものに気軽に触れやすい。それらを通じて、昭和という時代に向き合ってほしい」との山口輝臣教授(東大総合文化研究科)による言葉に刺激され、記者はこの映画を視聴した。作品を通じ、明日にでも革命が起こるのではないかという期待と不安が社会に渦巻いていたこと、ベトナム戦争反対運動の学生運動へのつながり、テレビの影響力など、昭和ならではのものが感じられた。こういった作品を昭和を振り返るきっかけにしてほしい。【莉】

 

討論会の会場となった900番教室(駒場Iキャンパス)

 

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