インタビュー

2014年4月8日

東大には昔みたいな権威はなくなってきた 江川達也さんインタビュー

大学生の平均年齢を20歳とすれば、今の大学生が生まれたのは、およそ20年前。その頃の『東京大学新聞』でも、「大学とは、大学生とは何か」ということは、大きなテーマの1つだった。編集部員は、気鋭の作家や学者が発表した作品に刺激を受けると、取材を申し込んで話を聞き、記事にまとめていた。
この20年で、大学は、そして社会は、どう変わり、変わっていないのか――。20年前のインタビュー記事を、再度、そのまま掲載するとともに、当時取材した編集部員がもう一度、20年ぶりに、同じ人物にインタビューして記事にする。その2つの記事を読み比べたら、何が見えてくるのだろう?

egawa-3.jpg漫画家・江川達也さん

 最近は、テレビのバラエティ番組にも出演するなど、活躍の場を広げている江川さん。活動の拠点は20年前の吉祥寺から渋谷に移った。今回、改めてインタビューを申し込んだところ、快く応じて下さった。

『東京大学物語』を描こうと思った気持ち

――当時のことを思い返していただければと思って『東京大学新聞』のコピーを持ってきました。(20年前のインタビューは、こちら

江川 (写真を見ながら)いやいや、若いなあー。若いぜ。

――1993年なので、本当に20年前で、江川さんは32歳でした。ちょうど今の大学生が生まれた頃です。

江川 そうですね。でも、「マインドコントロール」とか、このインタビューの10年前から言ってたけどね。デビュー作(『BE FREE!』)からマインドコントロールと教育がネタだったんで。

――20年前、東大に焦点を当てて漫画を描こうと思った気持ちは覚えていますか?

江川 覚えてるよ、それは覚えてますよ(笑)。

結局、東京大学が日本の教育をダメにしているっていう視点は漫画家になる前から持っていて、それをより明確にしようと思って描いたっていうことですよね。東大神話がまだあった頃、「サンタクロースはいないんだよ」って話ですよね。

そういうことで最後は妄想で終わっているわけで、思い通りの終わり方にしたんだけど、読者はみんなとてつもなく反感を持ったっていう(笑)。まあ、それも計算通りなんですけどね。サンタさんを信じてた人たちに、「サンタさんはいないんだよ」って言うわけだから。

でも、自分が思っていたのとは違う受け取られ方をした部分もかなりありましたね。

――思っていたのと違う受け取られ方、というのは?

江川 だって、『東京大学物語』を読んで東大に入りたいと思って入ってきちゃった人たちもいるからねえ(笑)。どうなんだろうっていう。ちょっと、楽しそうに描いちゃったよね。つかみをしようと思って描き始めたらものすごくつかんじゃって、そういう方向で違うことになっちゃったんで。

でもまあなんだろう、昔みたいな権威はある程度なくなったかなっていうのは、ちょっとは頑張ったということなのかなと思うけど、そうは言ってもまだまだ東大は権威を持ってますよね。

20年で、東大は変わったか?

――20年たって、「社会の中での東大」は、どう変わり、変わっていないと思いますか?

江川 とりあえず、東大を出たからって就職はできなくなっていますよね。それは変わってきてはいるけど、俺のおかげではないっていう(笑)。それは単に社会が不景気になった。でもある程度は、昔の神話は徐々には薄れてる感じはしますけどね。

あと、この頃ですよね、オウム事件があったのは。

――このインタビューの後です。オウム事件があったのは。

江川 すごいね、俺。その10年前からマインドコントロールって言ってたんだからねえ。

あの時、いい大学を出た人がオウムに入ってるって問題になったけど、いい大学出の人だからマインドコントロールにかかりやすいんですよ。何しろ、文部省のマインドコントロールにかかっちゃった人たちですからねえ。それは、マインドコントロールにかかりなさいよっていう教育を受けて、かかっちゃった人たちが、いい大学に入ってるんでね。そうなっちゃいますよね、それはね。

やっぱり、自分で疑問を持つよりも前に、知識をすっと入れ込む方が受験にはいいからね。「これウソじゃないか」って思っていちいち考え始めたら、勉強できないですからね。歴史でも何でも、「これ違うな」って矛盾点に気づいて、自分で文献調べてね、「明らかに違う」って言い出したら、もう大学受験は受からないですからね。数学もパターンですからね。自分のやり方で解こうとすると、そんなに簡単には解けないですもんね。

――当時、多くの東大生と会ったと思いますが、いま振り返ると作品を描く前と実際に東大生に会った後と、違和感があったのか、思っていた通りだったのか…。

江川 いや、俺、意外とバカだなと思いました(笑)。

――もっと期待していた?

江川 期待っていうか、自分を平均で考えるんで、毎回ちょっと人を高めに見てしまうきらいがあって。何か、伝えるわけじゃないですか。そうすると、「あれ、伝わってないぞ」っていう。

あとは、思っていたよりも純朴な感じがしましたけどね。

――その分、他人の言うことを素直に信じてしまうような?

江川 それもあるし、素直な分、そんなに深くものを考えないのかな、って思いましたね、東大生。逆に東大生の方があまり深く考えてないのかもしれないっていうか。

あんまり挫折がないじゃないですか。それで、他のことを知らなくて、自分が受けてきた世界以外のものがあるっていう疑いをあまり持っていない人が多かったですよね。

でもなんか、純粋な感じがした。意外に。もっと「俺は東大だ!」っていう人が多いと思ったけど、真摯なところが結構あって。

改めて『東京大学物語』のテーマを考える

――今回、『東京大学物語』をもう一度読み返しましたが、「妄想と現実を分けて考えなきゃダメだよ」っていうのが一つのメッセージだと思っていたんですけど、よく読むと、必ずしも妄想を信じちゃいけないということではなくて、「自分の頭の中の妄想が現実と違った時に、そこから目をそらさずに、自分の頭の中の妄想を修正していくことが大事なんだよ」っていうことが描かれていたのかなと。

江川 そうです。フィードバックですよ。要するに、本当の科学ってそうじゃないですか。科学も仮説があって、パラダイムができて、そのパラダイムが違ってたら、矛盾したら、また新しいパラダイムを作るっていう。

いわゆる形而上と形而下が固定化されるんじゃなくて、常に変化していって、いつまでたってもたどり着けないけど、たどり着こうという努力はするっていう、そういう非常にアカデミズムの基本を描いているわけですよ。

でも東大生は、そのフィードバックとか修正っていうものに対しては、なかなかできない人が多いのかもしれないなっていうか。東大を目指して入ったくらいだから、もともと修正する必要がなかったんだろうし、修正するもの自体がある種の妄想で、それが本当の現実を写しているかどうか、疑わしいものだったりするんだけど……。

――『東京大学物語』では、主人公の村上くんの「恋愛」の妄想の描写が相当出てきますが、自分を修正する必要がなく育ってきた東大受験生が、初めて自分の思う通りにならずに挫折するという、「自分の妄想が崩れる瞬間」の象徴として描いたんですか?

江川 妄想の象徴として恋愛を出しているんじゃなくて……。

まあ、これは俺の思想なんだけど、「みんなダメだからちょっと教えてやろう」みたいな気持ちがあって、その相手として、やっぱり若い人に伝えようと思って最初に描いたのが『BE FREE!』だった。でも、若い人に伝えようとしたんだけど、描いていくうちに「もう若い奴らはダメだ」と思って、「じゃあ子どものうちに教えてやろう」と思って始めたのが『まじかる☆タルるートくん』。でもそれもダメだ、子どもに言ってもわからない、伝えなきゃいけないのはその母親や父親なんだっていうところから、恋愛して、セックスして、子どもを産んで、育てるっていう流れをね、ストーリーとしてちゃんと描きたいっていう思いになったわけですよ。

 学校の勉強うんぬんかんぬんよりも、人間のありようとか、現実は、どう見ても、やっぱり、つがいになって子どもを産むっていうところで。昆虫の生態なんか見ると、だいたいセックスと何を食うかっていうことだけですからね(笑)。

学問とか受験勉強じゃなくて、人間っていうのは、生きるっていうのはそこが基本なんだけど、あまりにもみんな弱いんで、恋愛とセックスと出産の真実を描こうと思ったわけですよ。

あとはまあ、みんな気づいてないんだけど、漫画の中でパラダイムシフトを作ってるんですよね。だいたいの漫画っていうのは基本的に、「会って告白するまでの漫画」とかね、「告白してからエッチするまでの漫画」とか、必ずパラダイムがあるんですよ、その漫画の世界の。

サザエさんがね、マスオさんとセックスしてるシーンはないじゃないですか。あだち充先生の漫画でもセックスしてるシーンはないわけじゃないですか。お父さんとお母さん、絶対セックスしてるわけだけど、でもないんですよ。逆に、セックスばっかりの漫画に、出産シーンは出てこないわけですよ。

「世界は一つで、人生は連続している」

江川 結局は、世界は一つで、人生は連続してるんだけど、それに対してある部分だけを切り取った物語ばっかりでしょ。それは、言ってみればその物語の中のウソなんですよ。

その物語の中には要するに限界がある。枠内の、まさに形而上でも矛盾点の多い「閉じた空間」なわけでね、「閉じた空間」のものを見てるとみんなどんどん閉じていっちゃうわけだから。東大っていう世界も、いわゆる東大から見た世界の構造しか見えてなくて、それも閉じているわけですよね。

だけど、世界はそういう閉じたものじゃないってことで、いわゆる恋愛、村上くんの告白から始めて、遥ちゃんが大股を開いて出産して、子どもを育てるっていうところまで、全部一貫して見せたらどうなるんでしょうねあなたたちの精神構造は、みたいなね。そういう思いで、人生は連続していくってことを描いたわけです。

『東京大学物語』の中には、パラダイムシフトしていく瞬間が、ちょこちょこあるんですよ。構造分析すると非常にわかりやすくしてあるんですけど、そのパラダイムシフトに着いて行けない人は途中で脱落する。その脱落はあるなって踏んで、あえて脱落させてます。そういうのが新しかったんじゃないかなと思います。

――多くの読者が、あるパラダイムの中で話が終わってくれる漫画に慣れているなかで、そこで終わらずにどんどん次のパラダイムに移行しながら話が進んでいく、と。

江川 最初のパラダイムシフトは楽しいと思いますよ。「こんなかわいい子がエッチする」ってところではみんな着いてくるんですよ。だけど、そこから先はちょっとね、「見たくない現実社会」みたいなね。要するに、現実から逃避したくて漫画を読んでるのに、そこに現実より苦しい現実を与えた、っていう(笑)。まあでもそれは、さんざん苦しみを与えておいて、最後は快感でひっくり返すんだけど、それも徐々に過酷なものになっていくという、そういう感じですよね。そういうことも計算して、もうヒット作3作目なんで、全部計算して配置できるようにはなっていたかなっていう感じかな。

まあ、最終的には読者の反応は賛否両論っていうか、98%くらい否でしたけど(笑)。基本的にそれはデビューの時から覚悟してるんで。だいたい最初は売れるように描いていって、最後読者を陥れるっていうのは、最初からわかってやってますから(笑)。わかってやってもちょっとショックですけどね、精神的には。でもまあ、予定通りの、そうやってくさびを打ち込んでやるっていうのもネタっていうか、俺のやり方なんで。

江川達也(えがわ・たつや)
1961年名古屋生まれ。83年、愛知教育大学教育学部数学科を卒業。同年、名古屋市内の中学校で数学講師を経験。84年『BE FREE!』で漫画家デビュー。また、江川漫画研究所を設立、漫画を科学的に分析している。

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