昨年11月、東大が所蔵していたハワイ先住民の遺骨10体、今年6月にはオーストラリア先住民の遺骨7体が、返還された。今年6月には一部メディアが東大の遺骨返還の在り方が「最も差別的」だったと報じた。東京大学新聞社の取材に、ハワイ先住民組織と東大当局が答えた。
先住民組織「人質交渉のような過程」
ハワイ先住民組織「HuiIwiKuamo’o」によると、ハワイ先住民の遺骨返還の契機となったのは、帝国大学医科大学(現・東大医学部)教授だった小金井良精(よしきよ)の記録だったという。小金井は1901年にハワイ・ホノルルを訪れた際に頭蓋骨4体を研究目的で持ち出したと自らの日記に記している。当時のハワイ王国の刑法では、墓地から遺骨を持ち出す行為は違法だった。
2023年、同組織は小金井の日記で言及があった4体のみを返還の対象として東大に正式に返還を要請。東大は当初「所蔵品の全容を確認するには時間がかかる」として、即時の返還には応じなかったという。この件について同組織が相談した米ハワイ大学マノア校の人類学者マイケル・ピエトルセフスキー教授は、過去の調査をもとに「10体の遺骨が存在する」と証言したが、東大は認めなかったとしている。教授は1990年代に東大に滞在し、10体の頭蓋骨を調査した経験があったため、同組織は教授の知見を踏まえ、詳細な目録を東大に提出した。「人質交渉のような過程」を経て、東大側は今年4月の返還を提示したが、同組織は「人道的な観点から即時返還が望ましい」と主張。協議の結果、返還は約半年前倒しで実現した。
昨年11月の返還式典では、東大側が正式に謝罪することはなかったという。組織の関係者は返還に至るまでの東大側のプロセスについて「我々の先祖を人としてではなく、骨学的資料と言及するなど、文化的な配慮が全くなかった」と振り返る。「大学側が謝罪すべき相手は我々ではなく、眠りを妨げられた祖先だ」とも話した。東大から返還にあたって大学名や関係者名を公表しないよう求められたとも証言した。
東大側「不快な思いをさせ、反省」
東大本部コミュニケーション戦略課は、返還先組織の意向を確認する必要があることを理由に、返還された遺骨の具体的な収集経緯やどの学部が所蔵していたのかといった詳細は明らかにできないと説明した。返還方法や返還後の取り扱いは、返還を受けた先住民組織の意向に委ねられるべきものであり、協定などの取り決めは存在しないとしている。人骨研究は現在でも世界中で行われているとした上で、基本的人権の尊重と文化的配慮の観点から返還は必要であるとの立場を改めて強調した。
ハワイの遺骨返還が今年6月に報道で明らかになるまで、実際の返還時期(昨年11月)から半年以上かかった点について、これまでも遺骨の返還について個別に報道発表を行っておらず、今回も従来と同様の対応をとったと説明。意図的に事実を伏せていたわけではないとした。
一部報道で返還にあたっての大学の対応が「差別的である」と批判されたことに対しては、「ご不快な思いをさせてしまった点について反省しております。今後、先方との信頼関係を再度築いていくために、真摯(しんし)に対応いたします」と述べた。
今年6月にはオーストラリア先住民の遺骨7体が返還された。東大への取材によると、23年にオーストラリア政府から問い合わせと返還要請を受け、大学は返還に同意。その後、日本政府とオーストラリア政府が返還の方法と時期を協議し、実現に至った。東大は保有を確認できたオーストラリアおよびハワイ先住民の遺骨はすべて返還済みだと説明している。
ハワイやオーストラリア以外の先住民遺骨の返還については、学内で検討中だとし、「検討結果に基づいて真摯に対応いたします」と回答した。小金井の銅像の撤去をめぐっても同様にさまざまな意見を基に学内で検討を進め、結果を踏まえて真摯に対応すると述べている。
大学は相手方団体が強い不信感を抱いていることを報道で知り、当時の経緯の事実確認を進めていると説明。対応方針を固めた上で、改めて相手方団体に連絡する考えを示した。大学は「遺骨返還についてはより主体的に取り組む必要がある」とし、関連分野の専門家を中心とした体制を整備したと明らかにしている。
国際的な遺骨返還の動き
国際的には、1990年に制定された米国の「先住民墓地保護・返還法(NAGPRA)」をはじめ、各国で返還の制度化が進む。国連も2007年に「先住民族の権利に関する宣言」を採択し、文化財・遺骨の返還を尊重する姿勢を打ち出している。
日本では18年に文部科学省が「大学の保管するアイヌ遺骨等の出土地域への返還手続に関するガイドライン」を公表。国内の遺骨返還に関して東大は、ガイドラインを踏まえ、「アイヌの人々による尊厳ある慰霊の実現に向けて対応を進めてまいります」と取材に答えた。同ガイドラインはハワイやオーストラリアなど国外での返還については適用対象外。
今回、返還を受けた先住民組織の関係者は「大学側の対応は不誠実であったが、返還に応じたこと自体は前進である」と強調する。今回の事例が他の大学や博物館の姿勢に前向きな影響を及ぼすことを望んでいるという。