インタビュー

2014年10月21日

日本の人工知能が、Googleに勝つ唯一の方法 松尾豊准教授インタビュー2

最先端のITは、私たちの社会を、ビジネスを、そして未来をどのように変えていくのか?
今回のテーマは、いま最もホットな分野のひとつ、「人工知能(AI)」。Gunosy創業者も輩出した研究室を率いる、東京大学の松尾豊准教授に話を聞いた。

第一回では、人工知能研究の歴史を振り返り、人工知能界のイノベーション=ディープラーニングについて紹介した。第二回となる今回は、ディープラーニングが私たちの社会・ビジネスをどう変えるのか? 日本の人工知能研究が海外で戦うにはどうすればよいのか? その2点について話を聞いた。

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人工知能の4つのレベル

まず、人工知能の現状を正確に把握する上で、松尾教授は、「人工知能」という言葉の定義に注意する必要があると指摘する。議論を整理するため、「人工知能」のレベルを、4つに区分してもらった。

レベル1は、例えば、「人工知能搭載の◯◯」といった、マーケティング用語としての人工知能のことを指す。これは、一過性のブームによって使われるだけで、人工知能の本質とは何ら関係がない。レベル2は、「弱いAI」とされるもので、「知的な課題を解くもの」がこれに該当する。レベル3は、人間の知能獲得を目指す「強いAI」である。ディープラーニングは、さらに一段階上の、「強いAIの壁を突破する(かもしれない)もの」を指している。

この、レベル4のAIは、私たちの社会をどのように変えるのか?

AIによる新しい社会

まず、「既に実施されている」と指摘する領域が、インターネット企業におけるマーケティングだ。実際に、GoogleやFacebookは、機械にユーザー行動を学習させることで、より最適な広告を表示できるよう工夫を重ねている。将来、マーケターという職業は、人工知能に取って代わられるかもしれない。

まもなく始まる分野としては、画像を用いた医療診断を挙げる。画像認識の精度が飛躍的に向上したことで、画像のみで患者の様態を診断することが可能になるという。

続いて変わることが予想される分野は、防犯・監視システムだ。音声やセンサー情報を認識させることで、今よりも効率的かつ高精度に、防犯システムを構築できるようになる。このことは、警備会社や警察といった組織に、体制の見直しを迫ることになるだろう。

その後に来る変化として、自動運転や農業の自動化といった、よりリアルな世界に人工知能が入ってくると予測する。Googleの自動走行運転がかなりの成功を収めている現状を見ても、現在のディープラーニングは、技術的にはこの段階まで達していると言える。

さらに高次の抽象化が可能になると、家事や介護といった、人間の複雑な仕事すらも代替できるようになる。

最終段階では、人工知能と言語の紐付けが進んでいく。ここまで来れば、翻訳業務のほとんどは機械で実行可能になる。そして最後に訪れるのが、ホワイトカラーの仕事の代替だ。知的生産性が劇的に向上し、新しい産業革命を生む可能性もあると指摘する。

白熱するディープラーニング研究

このようにディープラーニングは社会に大きなインパクトを与えることが予想される。それを裏付けるかのように、既に世界の名だたるIT企業が、ディープラーニング関連の企業買収を積極的に進めている。松尾教授曰く、こうした動きは「面白い」を超えて、「かなりヤバい」と述べる。

Googleは、これまでにディープラーニングに関連して、2つの企業を買収している。ひとつは、トロント大学のHinton教授と学生が立ち上げたDNNresearchだ。Hinton教授は、ディープラーニングのパイオニアとされる研究者で、この買収は「主に同教授を獲得するためだったとのではないか」と、松尾教授は指摘する。今年2014年に入っては、推定6億5000万ドルで、イギリスのディープラーニング企業DeepMind Technologyを買収した。

Facebookは、ニューヨーク大学のYann LeCun教授を所長に招き、人工知能研究所を2013年に設立した。2014年に入ると、人工知能のベンチャー企業Vicarious社に対し、約4000万ドルの投資ラウンドに参加したことを明らかにした。

こうした流れは、決してシリコンバレー企業だけに限らない。中国の検索大手Baiduも、2013年にはシリコンバレーにディープラーニングの研究所を設立した。そして2014年には、スタンフォード大学のAndrew Ng教授を研究所所長に迎え、300億円を研究予算として投資している。

このように、最先端の人工知能研究は、もはや大学とビジネスの垣根が無くなっていると言っても過言ではない。松尾教授も、「大学で研究することと、Googleに入社することは、あまり変わらない状況になりつつある」と語る。

日本の産業政策を考えると、この事態は決して望ましいことではないかもしれない。松尾教授は、こう主張する。

「Googleといった海外の企業に、『データ』を抑えられた上で、さらに『知能』まで取られてしまうと、日本としてはもはや成すすべがない」

しかし同時に、松尾教授はこう続けた。

「逆に、データを抑えている企業に先駆けて『知能』の部分を開発できれば、勝負になる。GoogleやFacebookを、データベンダーにすることができるからです」

日本はどう勝負する?

それでは、人工知能、ディープラーニングの研究競争に、どうやったら日本は勝つことができるのだろうか?

単純にお金の勝負になった場合、日本の勝ち目は「ほぼない」と松尾教授は断言する。GoogleやFacebookは人工知能の学習精度が1%向上するだけで、売上が数百億円増加するビジネスモデルになっている。これほど、人工知能の精度に対する強烈なインセンティブを持つ会社は、日本には存在しないからだ。

勝つ可能性があるとすれば、「人材しかない」と、松尾教授は語る。実のところ、日本の人工知能研究者のレベルは、「かなり高い」という。日本の人工知能研究は、1982年に始まった第5世代コンピュータプロジェクトの下で、多くの優秀な研究者を輩出してきた。その研究者たちが、今や自分の研究室を持ち、学生を指導する立場にいる。

「日本の優秀な人工知能研究者を一箇所に集め、集中して研究に取り組んでもらう。そういう環境をつくることができれば、勝ち目があるのではないか。むしろ、それしか勝ち目はないと思う」

そう松尾教授は主張する。

「ディープラーニング研究の一線で戦える研究者は、日本国外で100人ほどしかいません。さらに、研究をディレクションできる立場にいるのは、5人にも満たない。しかし日本には、この5人レベルの研究者が、実はゴロゴロいる」

人工知能の分野は、既に熾烈な研究競争のまっただ中にある。日本の人工知能は、どこまで戦うことができるのか? ひょっとすれば、その答えすらも、人工知能が導き出す日が来るのかもしれない。

(文責 荒川拓)

この記事は、NewsPicksとの共同企画です。

2015.8.10 タイトルを変更いたしました。

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