GRADUATE

2023年9月5日

震災直後の陸前高田で 一人一人と向き合い、人生をサポートする 在間文康さんインタビュー

 

 在間文康さんは、京都大学法学部、東大法科大学院を卒業後、東日本大震災直後に津波の痕も生々しい陸前高田にたった一人の弁護士として赴任し、何人もの被災者の人生と向き合ってきた。任期を終えて東京に戻ってきた今でも続く陸前高田との関係や災害時に弁護士として、また人としてどう被災地を助けるべきかを聞いた。(取材・石橋咲)

 

手を挙げなければ一生後悔する 陸前高田でたった一人の弁護士に

 

━━弁護士を志したきっかけを教えてください

 

 職業として意識したのは父親が弁護士だったからですね。仕事のことはほとんど話してくれない父親でしたが、中学生ぐらいのときに父親がサポートをした方が、子供の自分にまでお礼を言ってくださったことがあり、人に感謝される良い仕事だと思ったんです。高校生の頃に『家栽の人』(小学館)という漫画の世界観が好きになり、法曹の仕事に憧れを持って京都大学の法学部に入りました。

 

━━阪神・淡路大震災は地元の兵庫県西宮市で被災しています

 

 西宮市はかなり被害が大きかった地域で、自宅から自転車で10分くらいのところで高速道路が横倒しになったりしていました。当時住んでいたマンションは一部損壊で済み、生活を続けられる状態だったのですが、揺れがおさまって外に出てみると、一軒家や小さなアパートがかなり倒壊していました。近くの一軒家では2階建ての1階部分が潰されて3人が生き埋めになってしまっていて、父親と一緒に救出にあたりました。3人のうち2人は救出されて、1人は亡くなってしまったようでした。人が障子や板のようなもので運ばれていく光景は忘れられません。母校の小学校が避難場所になっていて、被災された方が教室に布団を敷いて休まれていました。荷物の運搬や炊き出しを町の人たちが自発的に手伝っていて、高校も休みになっていたので自分も手伝いに行っていましたね。阪神・淡路大震災の経験と今の仕事を直接的につなげて話すことはできませんが…。被災して困っている方を前にして「何かしなきゃ」という思いを持ちましたし、実際に手助けをすることで自己満足かもしれないけれど自分の存在意義を感じたんです。困っている人の助けになれたと思える仕事がしたいという思いは今に続いているかもしれません。

 

━━弁護士過疎の問題に関心が高まったきっかけはありますか

 

 司法試験合格後のガイダンスで、過疎地に赴任(ふにん)していた弁護士さんが、債務整理の依頼者の方から「先生に出会わなかったら一家心中していてもおかしくなかった、家族の命の恩人だ」と言われた話をしてくださいました。まだ若手の先生だったのですが、そのように人の人生を救うことができるのだと衝撃を受けました。依頼者の方が成功報酬のほかにうにやあわびを持ってきてくださって、お金よりよっぽど価値のあるうれしい物だったという話もされていて、人と人との距離が近い世界にも魅力を感じましたね。

 

━━震災直後の陸前高田に赴任したのはなぜですか

 

 司法修習は全国に割り振られるのですが、たまたま岩手県の盛岡市に配属されて。そこで初めて岩手に縁ができて好きになって、将来過疎地に行くなら岩手が良いなと思っていました。

 

 2011年、弁護士2年目でそろそろ赴任先を決めなければならないという時期に東日本大震災が起きました。大変な被害を受けた陸前高田に公設事務所を新設するという話を聞いて、それまでの経緯から自分が手を挙げるしかないと思ったんです。反面、なかなか決断はできませんでした。あれだけの被害があった場所で、当時結婚したばかりの妻も一緒に生活をすることが本当にできるだろうか、未熟な弁護士が飛び込んでいって役に立てるのだろうかと深く悩みました。そのさなかに、やっぱり現地に行かないと分からないからと、陸前高田や大船渡を訪れました。街はなくなっていましたね。ギリギリ津波から残った家に被災者の方が家財道具を取りに来ているところにたまたま通りかかって、その姿と阪神・淡路大震災の被災者の姿が重なったんです。もっと何か助けになれたんじゃないかとずっと引っかかっていたので、ここで手を挙げなければ今まで以上の後悔を一生抱えることになると思いました。不安はあるけれど、何とかなるだろうと思って赴任を決めましたね。

 

━━陸前高田では仮設住宅の巡回活動をしていたそうですが、被災した方々とどのような会話を交わしたのでしょうか

 

 仮設住宅の訪問は、僕が始めたものではなく、岩手や宮城の沿岸地域の避難所で、難民支援に携わっていたNPOや弁護士のグループが被災者向けに情報提供や法律相談をしていた活動がベースになっているんです。グループの1人が同期だったこともあり、僕も参加させてもらうようになりました。

 

  法律相談というと、個室で向かい合って一対一で話すというイメージだと思うのですが、そういうのはやめようという方針でした。ただ「法律相談をやりますよ」と呼びかけるだけでは、被災者の皆さんは「いやいやそんな相談するようなことはないから」と遠慮してしまって、お話を伺うことができません。元々地域に弁護士が少なく、弁護士への心理的なハードルが高いというのもあったと思います。だから、この活動ではまず紙芝居で生活再建の支援制度やもらえる補助金の話をして集まってもらうんです。

 

 紙芝居が終わったら「お茶っこ」(東北地方の言葉で「お茶会」のこと)をします。横に座ってお茶を飲みながら「私、弁護士なんです。さっきの話は分かりました?」と話を始めると「困っていることが実はあってね」とようやくぽつりぽつり出てくるような…。法律相談にそんなスタイルがあると初めて知って衝撃を受けましたが、見よう見まねで飛び込みました。一緒にお茶を飲んでくれる若いお兄ちゃんとして話してくれましたし、陸前高田で暮らし始めたことを話すと表情が変わって、歓迎してくれていると感じましたね。そこにいらっしゃる方はみんな家を流されているのに、来てくれてありがとうと言われたのは驚きました。交わす会話は、「家が流されちゃったけどローンって払わなきゃいけないの?」「家族が流されてしまって、何か受けられる支援ってあるの?」という話から雑談までいろいろでした。話の終わりに「困ったことがあったらいつでも相談しに来てくださいね」と言ったのを覚えていて、ずいぶん時間が経ってから事務所を訪ねて来てくださる人もいて。すごくうれしかったですね。

 

仮設住宅での「お茶っこ」の様子(写真は在間弁護士提供)
仮設住宅での「お茶っこ」の様子(写真は在間弁護士提供)

 

多種多様な法律相談 次の一歩を踏み出すサポートも

 

━━事務所に来る相談はどのようなものでしたか

 

 地域で一つしかない法律事務所なので、来る人の属性も案件も本当に多種多様でした。その中で類型として多かったのは被災ローンの問題です。家が津波に流されてしまってもローンは残るので、前のローンが足枷(かせ)になって新たにローンを組めず、家を再建できないという方が多くおられました。そのような被災ローンを減免してもらう制度があり、その手続きのサポートをする案件が多数ありました。それ以外にも、震災で亡くなってしまった方の相続や財産管理の問題、住宅再建時の建築関係のトラブルなど震災に起因する相談のほか、離婚や債務整理のような全国共通の相談などがありました。

 

 例えば、家を再建したいが思い通りにいかないというような悩みを聞いていくと、どこに問題の根幹があるのかが見えてきます。ローンが残っているというような純粋な法的問題の他に、被災者向けの支援金や補助金を再建の資金にしたいが自分がいくらもらえるのか分からないという相談もあります。支援金や補助金は、この地域の人はこの制度が使えるとか、ここに移る人にはこういうお金がもらえるとか、とにかく複雑なんです。一般的には弁護士が法律を使って解決する問題ではないと思いますし、司法試験で勉強する科目でもありません。とはいえ、弁護士は、制度の理解や情報の整理、状況の分析が比較的得意です。相談者の置かれている状況を整理して、制度も調べて、あなたにはこれぐらいの金額が給付されるから手元資金と合わせてこれぐらいの予算で建てられそうだというアドバイスができるわけです。あとは、根本に家族関係の悩みが潜んでいることもあります。お金の問題は解決の方法があるし、家族の問題はこういう話し合いをしたらどうかと提案するような人生相談のようなものになりますが…。被災者の方にとってはお金の悩みと家族の悩みが重層的になって、漠然とした大きな不安になっているんですよね。悩みや不安を整理することで、その人が次の一歩を考えるきっかけになるのかなと思います。

 

━━災害関連死や災害(弔慰)金などの問題にも取り組みました。行政側の対応に問題提起したこともあるそうですが

 

 避難所での生活環境が良くなくて、肺炎にかかって亡くなってしまったとか、災害の直接死ではなく災害がきっかけとなって亡くなってしまうケースを災害関連死といいます。災害関連死は、災害弔慰金の支給・不支給を巡って問題になります。災害が原因で亡くなってしまった方の遺族に対して災害弔慰金というものを支給する法律があるんですが、災害からある程度期間が経って亡くなった場合、災害によるものなのか否かの判別は簡単ではありません。災害関連死を巡っては、制度そのもの、運用にさまざまな問題があります。

 

 僕が直面した問題の一つに、ある自治体から遺族に渡された不支給決定の通知書に不支給となった理由が記載されていないというケースがありました。自治体側としては、具体的な理由を書くことでご遺族の心情を傷つけてしまうという配慮があったのかもしれません。しかし、ご遺族の声を聞いていくと、震災のせいで亡くなったということを公的に認めてもらうというのはすごく大きなことなんですよね。家族が震災後に苦しんでいた姿を目の当たりにしていたご遺族からすると、家族の死が震災と無関係だと判断されたときに、なぜそのように判断されたのかが納得できなければ、いつまでも前を向くことができません。また、具体的な理由が何も書かれていなければ、その判断を争うきっかけを失ってしまうこともあります。一見ご遺族を傷つけないようにする配慮が、傷ついた状態から回復できない状態に追い込んでしまっているんです。このケースを通じて、通知のあり方について問題提起し、その後の災害、別の地域での運用が改善されてきています。

 

 そもそも、災害関連死と言いますが、亡くならなくてよかった命なんですよね。災害の後にさまざまなサポートが足りなかったために生じているものがほとんどです。ですので、直接死に比べると、関連死はゼロに近づけやすいと思います。関連死をなくしていくには、過去の関連死の事例を分析して、どういうサポートがあればその人は亡くならなかったのかを考えていくのが第一でしょう。ただ、災害関連死の事例は過去に遡(さかのぼ)って統一的に収集されておらず、将来に向けての防止策を過去の事例から作り上げることはされていません。僕自身も問題意識を強く持っているのですが、なかなか変わらないところで、なんとかしなければと思っています。

 

2012年当時の陸前高田での事務所の様子(写真は在間弁護士提供)
2012年当時の陸前高田での事務所の様子(写真は在間弁護士提供)

 

「話してもらいやすくする」努力をしよう

 

━━困難はありましたか

 

 陸前高田市で唯一の弁護士で、担当する案件はとても多く、その傍らで仮設住宅を訪問する活動も続けるのは、忙しくはありましたが、若くて体力もありましたので、そこまで苦にはなりませんでした。しかし、負っている責任の重さで、ときどき押しつぶされそうな気持ちになることがありましたね。サポートした方やそのご家族が生活を取り戻せたという場面に出会えることは得難いやりがいでした。一方で、この地域で弁護士は僕しかいなくて、しかもそこでの仕事は1人1人の方の人生を背負うような形なので、何か失敗や病気をしたら、今頼ってくれている人の人生も狂わせてしまうとか、地域の司法サービスを止めてしまうと思うと時々逃げ出したくなるほど怖くなることもありましたね。

 

━━現在、陸前高田とはどのように関わっていますか

 

 1カ月から2カ月に1回、1泊2日程度で行っています。僕の事務所は各地に支店を置いていて、その中の一つとして陸前高田があるんです。陸前高田には5年ほどいたので、今でもお付き合いがある方や僕に相談したいという方がいて、相談を受けたりお手伝いをしたりしています。また、現在陸前高田で1人で頑張っている若手の弁護士のサポートもしています。

 

 陸前高田は施設や設備などのハード面ではかなり復旧しましたね。市役所も再建されて、住まいもおおむね安定化はしました。ただ、人口減や少子化、高齢化など震災前からある問題が、震災後に人が離れていってしまうことで加速度的に進行している面があるのではないかと思います。これはおそらく多くの被災地で共通している問題で、それぞれの自治体でいろんな取り組みがされていますが、あれだけのダメージを受けて、1回ガクンと人口が減ってしまったところを戻すのは簡単ではないし、答えもないから、大きな課題だと感じますね。

 

2022年3月の陸前高田の様子 建物は見えるが「街の復興」は依然道半 ばだ(写真は在間弁護士提供)
2022年3月の陸前高田の様子 建物は見えるが「街の復興」は依然道半ばだ(写真は在間弁護士提供)

 

━━災害が起こったとき、弁護士としてどのようなことができますか

 

 一つは、当たり前ですが、被災者の方への法的側面からのサポートです。例えば、被災ローンの問題や相続問題など、深刻な問題に直面している方に法的側面からサポートをすることです。大切なのは、それに限定せずに、困っている人に対して、一人の人間として何ができるかを考え、自分のできることをためらわずにすることだと思います。そもそも、法的な問題というものに明確な境界はありません。例えば、相談者の方が悩みを整理できず混乱しているのだとしたら、まずは悩みをよく聞いて、問題点を整理し、それを解決するにはどうすれば良いかを一緒に考えていく。弁護士は経験上、問題を分析して、解決策を検討し、それを説明するというのが得意です。体力のある人ががれきの撤去や泥出しで活躍するのと同じように、被災者の悩みを丁寧に聞いて問題の整理、解決策の検討のお手伝いをするだけでも、役に立てるのではないかと思います。

 

 また、被災者支援制度を改善していくというのも、弁護士が携わることのできる重要な役割だと考えています。弁護士は幅広く、いろんな方から整理されていない状態で話を聞くから、より生の声を聞ける立場だと思います。そうすると、一人一人の方の問題解決をする中で、制度そのものの問題も見えてくるんですよね。災害関連死の問題を始め、被災者支援制度には多くの仕組み上の問題があります。その仕組みを変えていくには、法整備を目指したり、日本弁護士連合会や所属している弁護士会を通じて政治やメディアに働きかけたりすることも必要になってきます。

 

━━将来、弁護士や行政側など、さまざまな立場で災害支援に関わる東大生もいると思います。どのような姿勢が求められるのでしょうか

 

 何かのタイミングで「あの人東大出てるらしいよ」という話になってしまうと「そんな人にこんな話をするのは恥ずかしい」となる方もいるんですよね。周囲から必要以上にハードルが高く見られてしまうことがありますから、話してもらいやすくする努力や工夫が必要になるのだと思います。東大の学生さんは、能力がすごく高くて、知識や思考力、分析力があると思います。だからこそ、能力を生かすために「話を聞く」ことのもう一つ前として「話してもらいやすくする」ことは大事ですね。困っている人の役に立ちたいと思っている学生さんには特に意識してほしいです。

 

 

在間文康(ざいま・ふみやす)さん 京都大学法学部・東大法科大学院卒。2009年、弁護士登録。12年、岩手県陸前高田市にいわて三陸ひまわり基金法律事務を開所。16年、陸前高田や奄美をはじめ全国各地の弁護士過疎地に支店を持つ弁護士法人空と海 そらうみ法律事務所を開設し、東京事務所に勤務

 

【関連記事】

関東大震災から100年 8月号「震災特集号」の見どころを一挙紹介

koushi-thumb-300xauto-242

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit

   
           
                             
TOPに戻る