INTERVIEW / PROFESSOR 2018年8月30日

美術品の価値 保証し創造 東大生協の絵画破棄問題を機に考える美術館の役割

 2018年5月、東京大学生活消費協同組合(東大生協)が、本郷キャンパスの中央食堂に飾っていた著名な画家の絵画を廃棄していたことを認め、謝罪した。美術品の保存やその価値の共有の大切さを改めて示したこの一件。その作品の保存や、価値の共有に大きな役割を果たすのが美術館だ。現代美術史を専門とする加治屋健司准教授(総合文化研究科)と、東大出身で現在表参道のアートギャラリー「スパイラル」で展示会の企画などを行うキュレーター・加藤育子さんに、美術館の重要性や現状、課題について話を聞いた。(取材・児玉祐基)

 

予算と人手増やし環境充実を

 

加治屋 健司(かじや・けんじ)准教授(総合文化研究科) 2014年、ニューヨーク大学大学院美術研究所博士課程修了。Ph.D.(美術史)。京都市立芸術大学准教授などを経て、2016年より現職。

 

──美術館の存在意義とは

 美術館は社会教育、つまり学校や家庭以外、広く社会で行われる教育の一端を担っています。人類共有の財産である美術品を収集・保存・展示して、その価値を分かち合う場です。文化や芸術の継承や発展、創造を行い、社会とその発展に貢献しています。

 

 美術館は、美術品を収集するため、美術品の価値の形成に大きな役割を果たしています。価値の形成には、美術館以外にも美術批評家や美術史家、市場が大きく関わっていますが、美術館はその価値を保証している点で特に重要と言えます。

 

 しかし、近現代の美術家の中には、美術館は多数派の趣味・価値観を体現した施設だと批判する者も数多くいました。それに対して近年、美術批評家ボリス・グロイスは、美術館の外にある「新しい」ものが本当に新しいかどうかを見極めるためには、過去の創作物と比較しなければならないので、それらを保存している美術館が必要だと主張しています。社会に多様なイメージが流通している今日、美術館の重要性はますます高まってきていると言うこともできると思います。

 

──日本の美術館の現状はどうでしょうか

 国立、都道府県立(以下県立)、市立、私立など設置者によって異なりますが、厳しい状況に置かれている美術館は多いと思います。県立美術館や市立美術館の職員は、昔は県や市の職員でした。しかし2003年に指定管理者制度が導入され、県や市の美術館の運営団体を公募するようになりました。効果的・効率的な管理運営を目指した制度ですが、団体職員は任期があることから、長期的な企画や研究色の強い企画がしにくくなるという問題も生じています。

 

 また予算が少ないため、十分に作品を買うことができない公立美術館も少なくありません。高い学識や語学力、交渉力を持つ学芸員が、人手不足から雑用に追われているのが現状です。教育普及の担当者も不足しています。

 

──理想の美術館像は

 冒頭で述べたような原則を実現する美術館ではないでしょうか。詳しくは、2017年、全国美術館会議が「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」をまとめていますので、そちらをご覧ください。

 

 

展示で市民と価値を共有

 

加藤 育子(かとう・いくこ)さん (スパイラルキュレーター)2004年、人文社会系研究科修士課程修了。「生活とアートの融合」をテーマに掲げ、ギャラリーやカフェ、雑貨店やイベントスペースから成る複合文化施設「スパイラル」のキュレーターを務め、数々の展覧会を企画してきた。

 

──美術館の存在意義とは

 美術館に行くと展示に目が行きがちですが、それは氷山の一角です。展示室の裏で行われている、美術作品の価値を見定めるための収集・保存・研究も大事。2018年7月の豪雨で被害を受けた倉敷市の大原美術館では、予め水害を想定した設計がなされており、保存の重要性が注目を集めました。展示では、作品の価値を来館者に伝える説明を作品に付け加える工夫もされています。

 

──スパイラルが展示に当たり心掛けていることは何でしょうか

 らせん状のスロープという特徴的な空間を持ち、お客さんと作品の距離が近い会場だからこそできる展示の仕方を作家と共に考えています。まだあまり知られていない作家を取り上げることにも力を入れています。作家を評価する際は技術力、発想力、表現力を見るのですが、若い作家だとどれかが惜しいこともある。その場合は私たちキュレーターと展示方法を相談し、足りない部分を補う役割を担います。

 

──日本の美術館は十分に役割を果たせているでしょうか

 これは東大法学部の学生に口酸っぱく言いたいのですが(笑)、政策に大きく左右されているのが現状。美術館には長期的な戦略と予算が不可欠ですが、短期的な視点で運営せざるを得なくなっています。それは雇用に反映されていて、学芸員の多くが非常勤だったり、指定管理者制度の影響で常勤でも任期付きの方が多かったりします。長期的な視点を持たないとコレクションはできないですし、キャリアを積んだ専門家がいなくなってしまうと、作品の価値が判断できなくなってしまいます。それだと海外の美術館との、作品を借りるための交渉もままなりません。

 

──改善には何が重要ですか

 展示などを通じて美術館の価値・意義を広く理解してもらうことです。どこも予算が厳しく効率が求められる中、来館者の皆さんに美術館って大事だから予算を減らさずに活用していかなければ、と思っていただくことが重要。絵画の廃棄と同じで、大切だという共通認識がないと切り捨てられてしまう。価値を共有する努力が学芸の側にも求められています。

 

小金沢健人展「煙のゆくえ」(2016) 会場風景 撮影:加藤純平 ©スパイラル/株式会社ワコールアートセンター

 

学内の芸術品に関心を

 東大生協は5月、本郷キャンパスの中央食堂に飾っていた宇佐美圭司氏の絵画「きずな」を、食堂の改修の際に廃棄していたと発表し、謝罪した。この一件を2人はどう見たのか。

 

 加治屋准教授は、作品の価値の大きさについて次のように語る。「『きずな』は宇佐美氏の代表作で、人型を使った作品群の一つ。人型というパターンの組み合わせを通じて新しい表現を試みた知的な作品で、絵画の復権にも貢献している」。その上で廃棄に至った原因の一つを、芸術を享受する環境が大学に乏しいことだと指摘。「芸術論の講義だけでなく、芸術家による実技の授業を拡充するなど、芸術に触れる環境がもっと学内にあるべきだろう。大学側も、学内の芸術作品の情報を整理して、その存在を周知することが重要だ」と語る。

 

 加藤さんは「先人の学びが軽んじられている」と感じたという。学問や芸術に携わるには先人の思考が不可欠だ。「食堂の、食事を提供するという機能だけ考えると絵画の保存は省くべき『コスト』になる。しかしその結果、絵画の価値がなおざりにされていたのではないでしょうか」。廃棄された絵画以外にも、東大には明治時代からの価値ある品々が多く眠る。20年前に東大の120周年に合わせた事業で洗い出されるまで、誰も注目してこなかったという。「学生、教職員含めてもっと大学の資産に目を向けるべきだと思います」

 

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