COLUMN 2017年10月29日

「偏向報道」 実態と原因 ネット普及で問われるメディアの在り方

 インターネット上でよく使われる言葉として「偏向報道」がある。テレビや新聞などのマスメディアが政治的に与野党のどちらかに「偏向」した報道を展開しているという指摘だ。実際にメディアは「偏向」しているのだろうか。事実だとしたら、その原因は何なのか。メディアの当事者とネット社会に注目する社会科学者に話を聞いた。

(取材・衛藤健)

 

枠組みとらわれ「角度」つけ報道

 

●既存メディアの問題点

 民進党の代表だった蓮舫氏の二重国籍疑惑は政局に大きな影響を及ぼした。その発端となったネットメディア『アゴラ』の編集長、新田哲史さんは既存メディアの最大の問題点を「従来の枠組みにとらわれている点」だと話す。「例えばある新聞では自民党政権批判という『社内の空気』によって、事実に対して独自の『角度』をつけた報道を展開しています」。このように「社内の空気を読んで」事実と意見が混在する記事を発信した記者が、社内で評価され出世につながるためだという。

 

 逆に、自民党政権を擁護する立場の新聞社もそれに拘泥するあまり両陣営が「ポジショントーク」に陥っており、新田さんは「最終的には既存メディア全体の信頼性を低下させてしまうのでは」と懸念する。

 

 新田さんはさらにこう続ける。「自社の報道内容に不都合な真実が出てきても、それを見て見ぬふりをすることが多い」。読売新聞が「イラクの大量破壊兵器保持」によるイラク戦争を支持し、それが事実ではなかったのにもかかわらず報道内容を検証しなかったこと、朝日新聞が「議員の二重国籍は海外で認められている」と主張しながら豪州で議員が二重国籍のため辞職した事実を黙殺しようとしたことを例に挙げる。

 

●ネットメディアの課題

 昨年の米大統領選以降、「フェイクニュース」という言葉が注目されるようになってきた。この流れを新田さんは「古くて新しい問題」と指摘する。ネットの普及によって多くの人が情報発信をできるようになったこと、一般人にも真偽を判断しやすくなったことは事実だが、これまでも新聞・テレビなどを通して「フェイクニュース」は少なからず発信されてきた。ただ「すでに成熟したメディアである新聞やテレビには一定の自主規制が存在する一方で、さまざまな団体が参入してくる過渡期にあるネットメディアにはルールがありません」。欧米の新興メディアでは、政治家の発言内容などを検証するファクトチェックの取り組みが増え、日本でも注目されているが、「新聞社は日常の紙面発行などに追われていて、ファクトチェックなどの『21世紀のメディアの在り方』を十分模索できていない」と指摘する。

 

 一方で、「自由に書ける」ことがネットにおける言論活動を活発にしているだけに、「自由」を制限することになる規制のバランスは難しい。あまりに厳しいルールだと、ネットメディアも既存メディアと同じように枠組みにとらわれてしまう可能性があるからだ。新田さんは蓮舫氏の二重国籍疑惑も「自由度の高いネットメディアだからこそ疑問を呈することができた」と振り返る。

 

●今後のネットメディア

 では、これからネットメディアはどのような展開を迎えるのか。新田さんは「一つ一つのネットメディアは資本力がなく、現在の新聞やテレビの機能をそのまま代替することはないでしょう」と分析する。代わりに小規模なサイトが分立し、現在のテレビ・新聞のように「ヤフーニュース」や「スマートニュース」のようなプラットフォームが網羅的に情報を発信する媒体として機能する(図1)

 

 

 このようにプラットフォームが寡占状態になると公共性が生じるため、より「中立」的な運営が求められるようになる。現状では「大手のプラットフォームでも、政治的な話題で一方に肩入れした報道を行うことがまれにある」という。その中立的な運営のためにも、相互チェックが可能なライバルが必要だ。ただ、先行者が優位に立つネットの世界では、プラットフォームの寡占は避けられない。「個々のジャーナリストが原点に立ち返り、ファクトとロジックに忠実に報道すること。プラットフォームの側は社会的責任を認識し、自浄作用を働かせる必要があります。『一強』はゆるみを生みますから」

 

新田哲史(にった・てつじ)さん

(『アゴラ』編集長)

 00年早稲田大学法学部卒。読売新聞記者などを経て、15年より現職。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。

 

ネット通じ保守的基盤が顕在化

 

●失われた「中立」の位相

 文化人類学を専門とし、95年以来ネット社会を研究している木村忠正教授(立教大学)は「『メディアは中立』という考えそのものが20世紀特有の思想だ」と指摘する。自由主義陣営と共産・社会主義陣営とに二分された中で、大衆に影響を及ぼすメディアは「中立」であることが求められた。しかし、80年代以降、「大衆」は価値観が分化することで「分衆」「個衆」へと分化。「さらにネットやスマートフォンの普及によって、より個化が進展しています」。価値の多元化、個化により「中立」の位相が失われたという。

 

 他方、ネット世論は「極端な意見を持つ人が声を挙げて形成されるもの」と認識されることが多いが、木村教授はこの考えは間違いだと断じる。「大手ニュースサイトのコメントなどを分析した結果、一部の過激な人の主張が拡散される傾向にあることは確かですが、95%以上の投稿者は穏当で、約7割の書き込みを占めており、ネット世論は多様な社会を相当程度反映しています」

 

●偏向報道が叫ばれる理由

 木村教授は自らの調査に基づいてこう指摘する。「『右傾化』といわれますが、文化心理学的観点からみると、政治的に保守的な人の方が社会の主流派なのです」。木村教授が調査に用いたのは道徳基盤理論(MFT)という文化心理学的議論だ。この理論では、六つの価値基準(図2)のうちどれを重視するかによって、保守・リベラルが区別できるという。保守を自認する人は六つの価値基準を全て重視するが、リベラルを自認する人は権威や所属集団への従順は低い反面、他者への思慮、公正さを重視(図3)。日本でMFTを用いた調査によると、約7割の人は保守に分類されるが、リベラルは約25%にとどまる。「これらの価値基準は人間に必要だからこそ根付いてきたもので、人類史の観点からみれば、保守が主流なのです」

 

 

 

 その上で、ネット上で「メディアは偏向している」という指摘が見られるようになった背景を、木村教授はこう分析する。第2次世界大戦の災禍を経験し、権威、内集団への服従という保守的価値観は社会的に抑制されていた。特に知識人層やマスメディアでは、リベラルな価値観が支配的であり、それに対する違和感が表出される回路も限られていた。「しかし、人類史的に見ればこれは例外的時代であり、戦後70年、冷戦後20年以上たち、保守的基盤が社会的に顕在化するとともに、ソーシャルメディアがマスメディアへの対抗言説の場として機能するようになりました」

 

 ただ、木村教授は、リベラル的価値、マスメディアが果たす役割の重要性を指摘する。「権威、内集団への過度の服従が破滅的事態を招来しかねないことを、人類は多大な犠牲を払って学んだはずです。マスメディアには、人類の持つ保守的傾向を十二分に踏まえながら、暴力、憎悪の暴走を防ぐ世論を形成する責務があると考えます」

 

木村忠正(きむら・ただまさ)教授

(立教大学)

 95年総合文化研究科博士課程単位取得退学。Ph.D.(文化人類学)。早稲田大学理工学部教授や総合文化研究科教授などを経て、15年より現職。


この記事は2017年10月17日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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