教養

2021年11月12日

【研究室散歩】@身体情報学 稲見昌彦教授 自在化技術で「自分が遍在する」社会へ

 

空を飛ぶ2つの方法!?

 

 「ロサンゼルスオリンピックの開幕式でジェットパックを背負った男性が会場を飛んでいた光景が衝撃的でした」と語るのは身体情報学を専門とする稲見昌彦教授(東大先端科学技術研究センター)だ。技術の力で人間の身体の能力を高める、現在「人間拡張」とも呼ばれる研究分野に興味を持つようになったという。人体の仕組みを学び、サイボーグのような超人間を実現することを思い描いて修士課程まではバイオテクノロジーを専攻していた。しかし、大学時代は専門の勉強をする傍ら、商用化され始めたVRに熱中していたと語る。「初めてVRを体験したら居ても立ってもいられなくなって、関連する論文を読みあさり、色々なデバイスを友人と作ったりしました」

 

  空を飛べるようにするなど、人間ができることを増やそうとするには2通りの方法があると稲見教授は話す。一つ目は人の身体能力そのものを高めること。二つ目は、サイバー空間のように人が空を飛べるような新しい法則に基づく世界を生成すること。元々前者に興味があった稲見教授は趣味であるVRに没頭した結果、後者も自身の研究領域とした。多様なアプローチ方法により目的地へと向かっている。

 

自己の拡張と自在化技術

 

 稲見教授は、人が装着した機械なども含めた自分の「身体」をどう認識し、どう行動していくのかという認知心理や神経機構を情報学的な観点から理解を進めている。さらにその理解に基づき新しい身体の設計も行う。慶應義塾大学と共同で開発した「MetaLimbs」は、人に装着できる2本のロボットアームで、身体性の編集を試みている。ロボットアームはユーザーの左右の足に対応づけられていて、靴下型デバイスで足指の動き、つま先と膝に取り付けた光学式マーカで足の動きを計測することで作動する。これによりユーザーの身体認知は変化して、身体感覚が拡張するという。

 

MetaLimbs(提供:東京大学 稲見研究室&KEIO MEDIA DESIGN)

 

  稲見教授の研究室ではそのようなサイエンス、システムエンジニアリング的な研究に加え、新しい身体による新しい表現も模索していて、メディア芸術祭やアートフェスタに参加することもある。

 

 稲見教授は17年から、サイバー空間とフィジカル空間を縦横無尽に渡り歩き、超人的な能力を操る「ディジタルサイボーグ」の実現を目指す「稲見自在化身体プロジェクト」も率いている。超感覚、超身体、変身、分身、合体の5つがテーマだ。超感覚と超身体は人間拡張の一種で、人間の感覚と物理身体を強化する。超感覚には例えば人や物が透明になったかのように見せる「光学迷彩」という技術があり、超身体には「MetaLimbs」のようなロボットやアバターの設計が含まれる。

 

光学迷彩(撮影:Ken Straiton)

 

 後半の3つのテーマでは心と身体の新しい関係性について検討している。変身は人がアバターのような心と離れた場所にある身体を自分のものと感じ操作することで、その概念を拡張した分身と合体は1人で複数の身体を操ること、複数人で1つの身体を操ることを指す。

 

 心と身体の関係について検討するとき、どこまでを「自己」と捉えられるのか。稲見教授は「行為を自分自身の意思で行うことを自己と定義すると、意識せずとも勝手に動いてしまい制御できないものは他者に近い存在と言えます。体内では心臓や細胞などにおいて自分で認知・制御できない活動が行われていることや、人は他者の指示で行動する場面があることを鑑みると、身体には他者的な側面があり、反対に他者の中にも自己があるかもしれません」と話す。

 

 その意味では、自分の思い通りに動く機械も拡張した自己と捉えられる。しかし、サイバー空間や機械の装着により自己を拡張し続けたとしても、人が割くことのできる意識や注意の総量には限度があるだろう。そこで、常時は装置の操作を自動化し、思い立った瞬間に自分自身でスムーズに直接操作できることを稲見教授は「自在化」と呼び、自在化技術の開発を進めている。例えば「歩きスマホ」はユーザーが情報空間に没入して物理世界の身体を意識せず動かし、障害物が近づいた時などのみ意識を身体に向け操作するため、ある種自在化された行動といえる。自在化技術が発達するとユーザーは歩く代わりに自動走行する電動キックボードに乗り、情報空間でより複雑な活動をするイメージだという。「自在化が進めば、単一の肉体にとらわれず、思ったときに思った場所で思ったような行動ができます。自分自身が遍在したかのような生活になるかもしれません」

 

研究室内部活で交流を促進

 

稲見研究室(提供:稲見教授)

 

 稲見教授の研究室には社会人や他大学出身者、化学を専攻していた学生など多様なバックグラウンドの人材が集まっている。現在の研究室は、リビングラボ駒場と名付けられた広い空間が中心となっていて、異なる分野の研究者同士でも互いが何をやっているか目に見えて分かりやすいという。最近はコロナ禍で簡略化してしまった人間関係を重層化させるため、密に気を付けつつ古武術が好きな人やボードゲームが好きな人がそれぞれ集まる研究室内の部活のようなものを立ち上げた。学生から好評だと語る。

 

 稲見教授は「身体情報学は、自分をどう理解していくか身体面から情報学的にアプローチする学問です。人を理解するというと脳から研究するという話になりがちですが、身体は脳という情報世界と物理世界をシームレスにつなげる機能を持ちます。身体を介して人間を理解したい人、身体の使い方得意な人、あえて苦手な人、人や情報に興味がある人にはぜひ身体情報学を志してほしいです」と学生に呼び掛けた。(山﨑聖乃)

 

稲見昌彦(いなみ・まさひこ)教授(東京大学先端科学技術研究センター) 99年東大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。慶應義塾大学教授、東大大学院情報理工学系研究科教授などを経て、16年より現職。

 

 

 

 

 

 

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