学術

2020年11月2日

【研究室散歩】@理論脳科学 岡田真人教授 脳の仕組みに物理で迫る

脳の仕組みに物理で迫る

 思考や感情は脳の働きで生じる。脳は無数の神経細胞で情報を処理するが、個々の神経細胞は電気信号や化学物質で情報を伝達しているに過ぎない。神経細胞が結びつくとどうして心の働きが生じるのだろう。岡田真人教授(東大新領域創成科学研究科)は物理の手法でこの問題に取り組む。

 学部時代の岡田教授は分子・原子などが従う物理法則から物質の性質を解明する「統計力学」に興味を持っていた。「無数の神経細胞の活動から意識や感情が生じる仕組みは、ミクロな世界の法則からマクロな性質を導き出す統計力学の枠組みで考えられるのです」

 脳との出会いは「ニューラルネットワーク」に関する雑誌記事だった。ニューラルネットワークは脳の神経回路を基に考案された数理モデルだが、実は統計力学で研究されてきた「イジング模型」という磁石のモデルと深く関係している。

 イジング模型では鉄を小さな磁石(スピン)の集合と考える。スピンの向きがばらばらだと鉄は磁石に引き寄せられないが、スピンたちは互いに同じ向きになろうとするため、低温下でスピンの向きは一方向にそろってゆく。その結果、鉄は磁石に引き寄せられる。

 全てのスピンが同じ向きになろうとするのではなく、スピンを同じ向きにしようとする力と反対向きにしようとする力が混在していたら何が起こるだろう。この物理系は「スピングラス」と呼ばれ、低温下で落ち着いてゆく安定な状態(アトラクター)が複数生じることが知られている。

 米国の物理学者ホップフィールドはスピングラスが記憶と関係していることを指摘した。神経細胞は活性・不活性の状態をとるが、これをスピンの上向き・下向き状態に対応付ける。スピン間に働く力は、神経細胞が他の神経細胞を活性化したり抑制したりする作用に対応している。すると、スピングラスがあるアトラクターに収束するように、神経細胞の発火パターンがある「記憶パターン」に収束する。これを脳が記憶を思い出す過程だと解釈できるのだ。

 岡田教授は記憶には階層構造があることに着目した。実際、私たちは生物を動物や植物に分類し、さらに動物を犬や鳥などに分類して認識している。岡田教授はこのような階層構造を持つ記憶モデルを理論的に研究してきた。

 例えば牛の姿を想起する時を考える。私たちはホルシュタイン種や黒毛和種などの牛のイメージを脳内に持っているが、これらの一つ一つがアトラクターになっている。したがって、発火パターンはそのうちのどれかに収束してゆく。実際、牛の姿を思い浮かべようとすると、最終的には特定の品種の牛の姿が頭の中にイメージされるはずだ。

 全ての牛の記憶パターンを混合した状態もアトラクターになることが知られている。これは「牛の概念」に相当する記憶パターンだ。牛を想起する時、神経細胞の発火パターンは一度「牛の概念」に引き寄せられ、次に特定の品種の牛の記憶パターンに到達することが数値計算で示された。

 岡田教授はこの脳の挙動を実験データから実証することを試みた。実験ではサルに顔の画像と顔でない図形を見せる。顔の画像は2人のヒトと1匹のサルに分類でき、さらに表情別に分類できる。画像を見せたときに起きるサルの神経細胞の発火パターンを調べた。

 神経細胞の発火パターンはまずサルの顔・ヒトの顔・それ以外に分離し、次にヒト別や表情別に分離していった(動画)。発火パターンが大分類から小分類へと分かれてゆく過程は、モデルの計算結果と一致する(図)

モデルから計算された発火パターンのシミュレーション。発火パターンはまず三つのクラスター(ξ1,ξ2,ξ3)に分かれ、次に各クラスターに対応する「概念」に引き寄せられた後、小分類(ξ1,1,ξ1,2,ξ1,3など )に引き寄せられる。(岡田教授提供)

 研究室選びでは「教育観と研究観に共感できる指導教員を選ぶことが大事」と話す。研究テーマを選ぶ時や研究に行き詰まった時、教員の助言に納得できるかは相性次第だからだ。「研究室を訪問して、そこの教員がどんなことを面白いと思う人なのか知ることをお勧めします」(上田朔)

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岡田研究室ホームページ

岡田 真人(おかだ まさと)教授(東京大学新領域創成科学研究科) 91年大阪大学大学院後期博士課程中退。博士(理学)。大阪大学助手などを経て04年より現職。

この記事は2020年10月20日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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