COLUMN 2020年10月14日

【研究室散歩】@統計物理学 島田尚准教授 生態系はなぜ崩壊しないのか

 

生態系はなぜ崩壊しないのか

 

 地球上では無数の生物種が互いに影響し合いながら共存し時に大絶滅を起こす。ところが誰かが生態系を保守管理しているわけでもないのに、現在まで生態系の多様性は維持されてきた。我々の社会や経済も、こうした「複雑なのに崩壊しないシステム」の例に挙げられる。島田尚准教授(東大工学系研究科)は物理学を通じてこれらのシステムの統一的理解を目指す。

 

 島田准教授の大学院生時代の研究テーマは「非平衡現象」だった。物質中を温度が高い方から低い方に熱が伝わる「熱伝導」も非平衡現象の一つだ。熱伝導は日常的に目にする現象だが、熱伝導が起きる仕組みを物質中の各原子が従う運動法則から理論的に説明することは容易でなかった。

 

 膨大な数の構成要素から成る対象全体が示す性質を、個々の構成要素が従う法則から理解するための方法論が統計物理学だ。島田准教授は熱伝導の研究の後も、統計物理学と計算機シミュレーションを道具に生態系や経済系、土や砂から成る粉体系などに研究対象を広げてきた。「助教だった頃、客員研究員として海外大学を含めてさまざまな研究室を訪れたことで研究の視野が広がりました」

 

 

 現在の研究テーマはこれらのシステムの「複雑性」と「安定性」の関係だ。例えば生態系では、生物種間に共生関係や食う食われるの関係があるが故に連鎖的な大絶滅が起きることがある。「生物種間にどのような相互関係があれば生態系は崩壊せず存続できるのか」という問題は理論的にも盛んに議論されてきた。

 

 島田准教授らは相互作用と新種の出現に着目して生態系をモデル化した(図)。矢印は「種」から「種」へ影響が及ぶ方向を表し、正の数が付いた矢印は生存を有利に、負の数が付いた矢印は生存を不利にする。ある種に向いた矢印の数の和が負になると、その種は絶滅するというわけだ。時間が進むごとに新種が追加され、その度に他の種との相互作用がランダムに決められる。

 

生態系のモデル。安定な状態(a)に新種が追加されることで(b)では既存の種が絶滅する。他の種に影響が波及して(c)では連鎖的な絶滅が起こり、新たな安定状態(d)に達する(図は島田准教授提供)

 

 生態系モデルを利用して調べたのは、この過程の繰り返しによって生態系が崩壊することなく成長できるかどうかだ。シミュレーション結果によると、生態系の発展の様子は一つの種が持つ相互作用の本数によって大きく変わる。

 

 まず、相互作用が4本以下の場合は生態系は有限のサイズまでしか成長できない。相互作用の本数が少な過ぎると、一つの種が絶滅したときにその種と関係を結んでいる他の種の絶滅リスクが大きくなるためだ。

 

 しかし、相互作用は多ければ良いというわけでもないことが分かった。相互作用が5本以上18本以下なら生態系は無限に大きく成長できるが、19本以上では再び有限のサイズまでしか成長できなくなったのだ。これは、相互作用が多いほど個々の種の絶滅確率は緩やかに減るものの、一つの種が絶滅した場合の影響が広範囲の種に波及し、生態系全体が脆弱になるためだという。この新しい転移現象の解析と理解には、統計物理学の手法が役に立ったと島田准教授は言う。

 

 現実の生態系では、生物種が出現してから絶滅するまでの時間(種の寿命)の分布がモデルから計算した結果とよく一致することが分かっている。他の研究者の調査によると、コンビニの商品の陳列寿命分布も同じ分布になったという。今後は土壌微生物群集や社会・経済系などでモデルを検証する予定だ。

 

 

 島田研究室は2019年度に発足した。研究室の学生は既存のプロジェクトに参加するのでなく、自分で研究テーマを見つけることを基本としている。「チームワークも必要ですが、理論の研究室では自立して研究することが大事です」。自分が本当に興味の持てるテーマに熱中してほしいと語った。(上田朔)

 

島田尚(しまだ たかし)准教授(工学系研究科) 03年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。博士(工学)。工学系研究科助教などを経て現職。

 


この記事は2020年9月22日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

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