学術

2021年8月6日

【研究室散歩】@人工生命 池上高志教授 生命とは何か?~物理×アート×哲学~

 

21世紀のダ・ヴィンチを目指して

 

 生命とは何か。この一見シンプルな問いに対し、複雑系と人工生命の手法を使って迫るのは、池上高志教授(東大大学院総合文化研究科)である。

 

 一般的には生命について考える研究分野として、生命科学がある。だが、池上教授は生命科学でなく、物理学において生命を解明しようとする。生命科学が対象を分析的に観察するのに対し、物理学における複雑系やその一分野である人工生命を用いれば、生命を「過程」として動的に捉えることができる。「生命を『もの』ではなく『こと』として考えたいと思いました」と池上教授は語る。

 

 人工生命とは、複雑系の理論を利用してコンピューター上に作った仮想生命のこと。すでに存在している物を説明するのではなく、むしろ動きをプログラミングした人工的な生命をコンピューター上に作り、それを観察することによって、現実をより良く理解できるのではないかと池上教授は語る。

 

 「知識と『分かる』の間にはギャップがあります。しかし分析系の研究では、両者にギャップがあると認めない。複雑系では、そのギャップを認識した上で、モデリングやシミュレーションを行うことで『分かり方』そのものを探そうとしています」

 

 池上教授によると、2010年以降、従来の「現象を単純化し『物語』のように語る」ストーリー・テリング型の科学から、大量のデータによって現象が説明・生成されるデータ駆動型(Massive Data Flow)の科学へと変貌したという。一言で言えば、大量のデータが科学を支配するようになったということだ。これにより複雑系の科学もまた大きく変化してきた。この変化の中で、従来のストーリー・テリングにおける思い込みから解放されてデータの中から新たな分かり方を探究することが進行しつつあるという。

 

 池上教授の研究の特徴は、これらの数理系の議論と並行してアートを取り入れていることである。

 

 「ごちゃごちゃとシミュレーションをやっているうちに、たまたまうまくいくことがあります。でもそれを再現しようと思うと適切な変数が見つからない。再現できない以上、科学ではありません。しかし、生命の進化などを考えると偶然性も重要です。こうしたまれにしか起きないことがアートだと生きてくるのは、とても面白いですね。格好良く言えば、アートとサイエンスの二刀流としてのダ・ヴィンチが理想です」

 

 科学では、今でも論文を書く際には文章や図表などに表現が限定される。一方、アートではどんどん新技術が取り込まれ、多様な表現が可能となり、言語を超えたものを生み出すことができる。こうして、科学でこぼれ落ちる部分をアートで拾っていくことができる。

 

 池上教授は、さらに哲学を研究に貪欲に取り入れていく。

 

 「科学をやることの意義は、認識論を更新していくことにあります」。個々の事実や理論を見つけることの面白さもあるが、その背後にある世界の見え方が分かった時に面白さを感じるという。物体の振る舞いが決定論的で規則が簡単であるにもかかわらず未来の予測が難しいカオス理論や、確率によってしか記述できない量子論といった分野は、まさにそうだ。それらの登場によって、自由意志の在り方や人間の存在の仕方にまで思考が広がっていった。これはまさに哲学の扱う問題でもある。哲学は認識の枠組みを問う学問だからだ。こうして池上教授は、哲学の議論を科学に取り入れ、また逆に科学を哲学に取り入れるといった、両者の合わせ技をアクロバティックに展開する。

 

文理を超えて学ぶ

 

 学生時代は、高校までと違ってやるべきことが決められておらず、青天井で自由に授業とは関係ない勉強をしていたという。物理や数学については、周りの友人に刺激を受けつついろいろな本を読んで勉強した。その一方で、興味は哲学や文学にも。廣松渉や井上忠といった哲学者の議論を学びつつ、文学では萩原朔太郎などを読んでいたそうだ。

 

 当時はまだアートには取り組んでいなかったという。のちに池上研究室に渋谷慶一郎などいろいろなアーティストが訪問するようになり、そのなかで刺激を受けてアートに取り組むようになった。

 

 池上研究室には、自主的で面白い研究をしている学生・研究者が多いという。近年の主な研究テーマは、集団知とアンドロイド。並行して、ALTERNATIVE MACHINE INC.という会社を作り、SNSの自動進化やVRシステムといった先端的なテーマについて共同研究をしつつ、社会への還元も行っている。

 

 今後は、アンドロイドをより人間に近づけることを目指す。人間と接することでアンドロイドは「心」を得るのではないかと考えているという。また、Massive Data Flowによる新しい認識論=「世界の見え方」を作り上げたいと語る。「さまざまな共同研究も進めており、生物学者だけでなく、哲学者や言語学者とも新しい認識論の構築に向けて取り組んでいるところです」

 

池上教授が大阪大学の石黒浩教授と共同制作する人工生命『Alter』。石黒教授による人間を模倣したアンドロイドに、池上教授の自律性をベースとした人工生命のソフトウェアを装着。生命らしさを表現する。第20回文化庁メディア芸術祭アート部門受賞作品。現在日本科学未来館にて常設展示されている(写真は池上教授提供)

 

動画:『傀儡神楽 Alter the Android KAGURA アンドロイド × 能』。Alterと能を組み合わせる。池上教授監修(動画は池上教授提供)

 

 東大生に対しては「文理の枠にとらわれずに面白いことをやってほしい」とエールを送る。20代のうちは、別の分野の学部に入り直すなど、何度も新しい勉強をやり直すことができる。「文系であっても理系であっても、垣根を超えてどちらの分野にも取り組んでほしいです」(川田真弘)

 

 

池上高志(いけがみ・たかし)教授(東京大学大学院総合文化研究科) 89年東大大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東大大学院総合文化研究科助教授(当時)などを経て08年より現職。

 

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