COLUMN 2020年5月29日

コロナに揺れる日本経済 東大教員が分析する今までとこれから

 新型コロナウイルスによる混乱の中、医療だけでなく経済における対策も肝要となる。日本政府は経済対策を講じているものの、国民の不満の声も少なくなく、SNSではさまざまな意見が飛び交っている。経済を専門にする東大教員はこれまでの経済政策をどう評価するか、またアフターコロナの日本経済をどのように推測するのか取材した。

(取材・本多史)

 

経済対策、脆弱な労働者へ

 

 日本政府は新型コロナウイルスによる経済的な被害を最小限に抑えるため、現金給付や企業の資金繰り支援策などを講じている。

 

 政府は当初、所得減世帯への30万円の現金給付を考えていたが、所得制限を撤廃し一律10万円の現金給付に方針を変更した。所得減世帯への給付の方が必要な人にお金が行き渡る政策だが、一方で、給付世帯の選別による給付の遅れと虚偽申告による正確性の問題がある。

 

 渡辺努教授(東大大学院経済学研究科)は一律現金給付の場合、何らかの形で差をつけることが必要だと語る。「東日本大震災後には復興特別税が導入されました。今回も収束後の増税が考えられますが、その際に世帯所得に応じて税負担に差をつけることなどが考えられます」

 

 楡井誠教授(東大大学院経済学研究科)も「給付金付き税額控除制度の導入を検討するなど、所得再分配政策で負担をならし、苦しみを分散させることが大事でしょう」と話す。

 

 具体的にどのような層が大きな被害を受け支援を必要としているのだろうか。4月末に発表された北尾早霧教授(東大大学院経済学研究科)らの論文では、新型コロナウイルスが日本の労働市場に与える影響について、産業や労働者のタイプごとに分けて分析している。その結果、コロナショックによって低所得者層が大きなあおりを受けることが分かったという。 特に接客業など在宅勤務が困難な職業に従事する労働者への影響が大きい。そういったカテゴリーに属している就業者は、女性、非大卒、非正規雇用といった所得水準が相対的に低い層に集中している。雇用形態別の推計では、最も脆弱なタイプの仕事に就いているのは正規雇用者のうち17%であるのに対して、非正規雇用者では44%にも上るという大きな差異が見られた。このままでは労働市場における格差が拡大する可能性があるという。

 

 

 北尾教授らは、短期的にはコロナショックの影響が大きい個人への迅速かつ大規模な支援が、中長期的にはコロナショックで打撃を受けた産業への支援が必要になると結論付ける。

 「休業要請と補償はセット」という言葉のように、緊急事態宣言などの感染対策との兼ね合いも考慮に入れなければならない。12日、感染症の専門家から成る諮問委員会に経済の専門家を加えると報道されたが、報道前に渡辺教授も同様のことを提案していた。「新型コロナ対策には医療と経済の両方の知見が必要になるので、専門家同士のコミュニケーションがより活発になってほしいです」

 

 今月初めには緊急事態宣言の5月末までの延長が決まった(15日時点で39県で解除)。楡井教授は宣言解除のタイミングが難しいことも指摘。「発令当初は医療崩壊を防ぐという目的意識が強かったですが、経済的な困窮者も増えてきました。医療と経済のバランス判断が難しく、コンセンサスを取りづらいです」

 

変容する消費とデジタル化

 

 新型コロナウイルスによる経済ショックの分析は規模と性質の二つの側面に分けられる。規模という側面では、2008年のリーマンショックや29年の世界恐慌と比較できる。しかし性質という側面では、人為的な原因による経済危機よりも、偶発的で、より被害が迅速に拡大する自然災害の場合との比較の方が適切だ。

 

 渡辺教授はコロナショックによる消費行動・物価の変化を東日本大震災と比較して分析している。新型コロナウイルスの経済への影響は、需要側と供給側で反する要因がある。需要側ではソーシャルディスタンス(社会的距離)への配慮によって、交通、宿泊、イベント業などを中心とする対面サービスの需要が減る。

 

 一方供給側では、リモートワークによる生産性の低下や、感染による労働力の減少が供給の低下を引き起こす。100年前のスペインかぜの際は、世界総人口の約2%が犠牲になり、その年齢層も働き盛りの世代に偏っていた。ただし、現代では医療が発達しており、感染者の年齢層も高齢者に偏っているため、労働力への影響は限定的と言える。

 

 物価を考える際に問題になるのは、需要と供給のどちらが支配的な要因であるかだ。もし需要の冷え込みが支配的であれば物価は下がり、供給の縮小が支配的であれば物価は上昇する。

 

 新型コロナウイルスによる消費者の買いだめ行為やそれに伴う物価の変動のような短期的なデータは、東日本大震災の時のデータと非常に似ている。ただ、東日本大震災の時にあった資本ストックの棄損が今回はないため、今後の経済指標の推移は大きく異なってくると予想される。

 

 

 渡辺教授は世界的な感染状況を見て、今後国内の物価は上昇すると予測する。「日本は食料品の多くを輸入品に頼っているため、供給側の問題は日本だけでなく海外の感染状況にも依存します。供給側の問題の解決は時間がかかるのではないでしょうか」

 

 物価の上昇に対する政府の対策としては「補助金などによって国内の農業を支援して食料自給率を上げることも視野に入れた方が良いでしょう」と話す。

 

 コロナショックによる大きな変化の一つにデジタル化がある。楡井教授はコロナショックによって、日本が他国に比べてICT技術の導入が未熟であることが浮き彫りになったと指摘する。中でも、これまでデジタル化が疎かにされがちであった教育・医療のような公共セクターにおいて、コロナショックによる新技術への移行が今頃になって行われている。

 

 デジタル化は産業にも影響を及ぼすが、問題は一時的な変化とは限らない点だ。例えば、コロナショックによって人々がNetflixなどの配信サービスに満足するようになってしまうと、新型コロナウイルス感染終息後の映画産業に影響が出てくる。

 

 渡辺教授は、金融機関が企業に融資をする場合、経営の悪化が一時的なものか、それとも感染終息後も続くものか見極めるのが大事だと語る。アフターコロナの日本経済では、消費者の行動も産業の構造も大きく変わりそうだ。

 

渡辺 努(わたなべ つとむ)教授(東京大学大学院経済学研究科) 82年東京大学経済学部卒。93年米ハーバード大学でPh.D.取得。一橋大学教授などを経て、11年より現職。19年より経済学研究科・経済学部長。
楡井 誠(にれい まこと)教授(東京大学大学院経済学研究科) 94年東京大学経済学部卒業。02年米シカゴ大学で博士号(経済学)取得。カールトン大学経済学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター准教授などを経て、19年より現職。


この記事は2020年5月19日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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