インタビュー

2021年3月31日

波長変換技術を事業化 湯本潤司教授退職記念インタビュー

 毎年恒例の退職教員インタビュー。東大での教員生活を終える今、自身の研究生活や多彩な活動を振り返りつつ、思いの丈を語ってもらった。「光」を活用したさまざまな技術を民間企業・大学で開発してきた湯本潤司教授(東大大学院理学系研究科)にこれまでの研究の軌跡やこれからの大学・産業界に求めることを聞きました。

(取材・上田朔)

 

波長変換技術を事業化

 

  東大で教職に就く以前はNTTで研究してきましたが、どのような成果がありましたか

 

 光を使った技術を研究してきました。その一つは、ある波長の光から別の波長の光を発生させる波長変換装置の作製です。特殊な結晶で作ったデバイスの中を2本の光が通ると、それらの光の周波数の和や差の周波数を持つ光を発生させることができるのです。

 

 最初は通信技術への応用を目指していました。光通信ではCバンドという周波数帯(波長1530~1565ナノメートル)の光を使って情報を送ります。しかしデータの流通量が増加すれば、より波長の長いLバンド(波長1565~1625ナノメートル)の光も使う必要があります。

 

 NTT研究所では、ファイバーを伝わる100以上の周波数が異なるCバンドの光を、波長変換装置を用いて一括でLバンドに変換することに成功しました。ところが、この成果が出た2001年当時はITバブル崩壊の影響で「超高速・大容量通信技術は不要」ということになり、計画の見直しが迫られました。

 

 そこで私たちは波長変換技術を他の領域に転用することにしました(図)。通信に使う光の波長は1550ナノメートル前後ですが、私たちの目に見える光の波長は400~800ナノメートル程度。そこで、可視光より波長の長い光をさまざまな色の可視光に変換する装置を作ったのです。

 

(図)湯本教授らが開発した波長変換レーザー。二つの光通信用半導体レーザーから出た光が波長変換モジュールを通ると、さまざまな色の光に変換される。(図は湯本教授提供)

 

 このデバイスは最初は顕微鏡の光源に採用されていましたが、最近になって応用が広がってきました。量子力学を応用した安全な通信技術「量子鍵配送」に波長変換が使われるようになった他、香取秀俊教授(東大大学院工学系研究科)の開発した300億年で1秒も狂わない「光格子時計」の部品としても使われました。20年間仲間たちが逆境に耐えながら続けてきた基礎研究が、私の東大退職前になって予想外の領域で実を結んでいるわけです。

 

  東大ではどのような研究をしてきましたか

 

 東大では、ピコ秒、フェムト秒と呼ばれる1秒の1兆分の1さらには、その千分の1という非常に短い時間幅のパルスレーザー光と金属、半導体、誘電体などの物資との相互作用の基礎研究と、それを応用したレーザーによる加工技術や3Dプリンターの開発を行ってきました。最初はフォトンサイエンス研究機構で教授に就任しましたが、その後みるみる仕事が増えてゆき、最終的に理学系研究科物理学専攻と二つの研究機構で複数のプロジェクトを担当しています。

 

大学・企業の横のつながりを

 

  ベンチャー企業フォトンテックイノベーションズの創業にも携わりました

 

 東大の研究成果を事業化することが設立の目的です。大学の研究室で開発された汎用性の高い技術を事業化しようとしても、それが100億円規模のビジネスになるのでなければベンチャーキャピタルはお金を出してくれません。若手研究者にはなかなかそのハードルが乗り越えられないので、我々が研究の支援をしたり、事業化の代行を行ったりしています。

 

 一般に、ある研究者が持っている技術を別の研究者が使う場合、共同研究という形になります。しかし、技術を商品として利用できれば使う側も気軽に利用でき、その分野全体の研究の発展が加速するはずです。

 

  これからの大学と産業界に求めることは

 

 レーザーのような実験装置やさまざまな計測機器を国内で開発する努力が必要です。現在、日本では量子技術が脚光を浴び、海外勢と比べれば少ないとはいえ100億円規模の投資が集まっています。問題は、そのお金を使って研究者が買う実験装置のほとんどが海外製なのです。これでは論文を書くことはできても、将来産業としてはものにならないのではないかと危惧しています。

 

 市場の大きさを狙った事業化は必要ですが、その実現には市場規模が一億円か十億円といった地味な技術が必須です。この20年、日本は、市場の大きさばかりに目を奪われ、地味ではあるが根幹となる技術の育成をないがしろにしてきたと思います。

 

 企業や研究機関の間の人事交流が活発でない点も改善すべきです。私がNTT関連企業の米国法人で社長を務めていた時、ニュージャージー州のベル研究所を訪れたことがあります。ノーベル賞を何人も輩出した民間の研究所ですが、現在では基礎研究から手を引き1万人もの研究者は大学や通信会社に散らばりました。しかし、大学・企業を越えたベル研究所出身者の太い横のネットワークができたことで、米国全体の技術競争力が強化されました。

 

 例えばシリコンバレーではいくつものハイテク企業が活動していますが、これらの会社の間では人事交流が活発で、どの会社の人とも技術的な話が通じるようです。同じことが、例えば日本のメーカーは苦手です。ここが、日本の非常に弱い点だと思います。

 

 イノベーションは、ただお金を出せば動くというものではなく、人のネットワークを作ることが一番のポイントなのです。

 

湯本潤司(ゆもと・じゅんじ)教授(東京大学大学院理学系研究科) 84年慶應義塾大学大学院博士課程修了。博士(工学)。NTT物性科学基礎研究所長などを経て現職。
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