インタビュー

2022年4月30日

結晶を超えた結晶を探して 木村薫教授退職記念インタビュー

 

 私たちがよく知っている固体のほとんどは「結晶」か「アモルファス」だ。例えば食塩やダイヤモンド、鉄の固体は原子が周期的に並んでいる「結晶」に分類される。一方、ガラスやゴムでは原子が不規則に並んでおり、このような固体は「アモルファス」と言う(図1)。

 

(図1)(a)結晶と(b)アモルファスの構造の例

 

 それでは図2(a)のように原子が並んでいる固体は何と呼べばよいだろう。

 

(図2)準結晶の構造のモデルである「ペンローズ・タイル」。(a)はペンローズ・タイルの構造の一つ。(b)のように、ペンローズ・タイルには同じ形の図形が無数に含まれている

 

 原子が周期的に並んでいないものの規則的に並んでおり、図2(b)に示すように同じ形の図形が無数に含まれる。このような構造は「準周期的」に原子が並んでいるといい、準周期的に原子が並んだ固体を「準結晶」と呼ぶ。第三の固体・準結晶を世界で初めて発見したダニエル・シェヒトマンは2011年にノーベル化学賞を受賞した。

 

 今回は、東大で準結晶を研究し、昨年度をもって退職した木村薫教授(東大大学院新領域創成科学研究科、昨年度当時。現NIMS特別研究員)に準結晶との出会いや数学・物理学・化学・材料学が融合するこの分野の面白さについて話を聞いた。(取材・上田朔

 

学生時代の感動が原動力に

 

──準結晶との出会いは

 

 博士課程3年生の頃(1983年)のことでした。研究室の4年下の後輩が『数学ゲームⅢ』(マーチン・ガードナー著)という本を持ってきました。

 

(図3)「マーチンガードナーの数学ゲームⅢ(新装版)」マーチン・ガードナー著、一松信訳(別冊日経サイエンス) なお、博士学生の木村教授が手に取ったのは1981年発行の旧版だった

 

 この本で紹介されたのがペンローズ・タイル(図2)です。結晶のように周期的に点が並んでいるわけではないのに、同じ形の図形が無数に含まれるという性質に強く興味を引かれました。私たちは当時アモルファスを研究していました。アモルファスには無数の構造が存在しますが、当時の指導教官はペンローズ・タイルが理想アモルファスのモデルになるのではないかと考えました。そして、本を持ってきた後輩が計算機を使ってペンローズ・タイルの上の電子(物質中で電気を担う素粒子)の状態の解析を始めたのです。

 

 原子が規則的に配列しているが結晶には存在し得ない対称性を持った金属固体を発見したとシェヒトマンが発表したのがその翌年、84年の11月です。翌月には理論物理学者によって「準結晶」の概念が提唱され、シェヒトマンが発見した金属は準結晶だと理解されました。本当にペンローズ・タイルのような構造を持つ物質がこの世にあると知って、ものすごく感動したのを覚えています。

 

──物質として準結晶にはどのような特徴がありますか

 

 一般的に、結晶の性質(電気の通しやすさ、熱の伝わりやすさなど)は結晶の対称性と深く関係しています。ペンローズ・タイルには、ある点の周りでタイル全体を72度回転しても元の図形と重なるという正五角形的な対称性がありますが、これは結晶には存在しえない対称性です。さらに、3次元の準結晶では正20面体的な対称性を持つものが見つかっています。正20面体は複数の軸の周りで72度回転しても元の形と重なるという高度な対称性を示す図形です。準結晶は結晶が持ちえない高い対称性を持つがゆえに、それまでの固体物理学の常識を覆すような物理的性質を持つことが分かってきました。

 

 その一つは、準結晶の構造を乱したときに起きる電気抵抗の変化です。普通の結晶では、不純物や構造の欠陥が増えるほど電気を通しにくくなるものですが、準結晶では欠陥を取り除くとかえって電気抵抗が大きくなることが分かりました。逆に圧力をかけることで準周期構造を壊してアモルファスにした場合には電気を通しやすくなることも分かりました。

 

 この異常な電気抵抗のふるまいには二つ原因があります。一つ目は準結晶が持つ「擬ギャップ」です(図4)。物質の中で電気を運んでいる電子はさまざまなエネルギーの状態を取ることができますが、物質の中で実質的に電気を運んでいるのは「フェルミエネルギー」というエネルギーを持つ、最もエネルギーの高い電子に限られます。ところが、高い対称性を持つ準結晶では「擬ギャップ」が生じ、フェルミエネルギーを取ることができる電子の個数が少なくなることが知られています。電気を運ぶ電子が少なくなった結果、対称性がないアモルファスよりも準結晶は電気を通しにくくなります。

 

(図4)「擬ギャップ」が生じることにより準結晶の電気伝導度が低くなる仕組みの概念図

 

 もう一つの原因は、電子の広がり方にあります(図5)。量子力学によると、結晶の中の電子は1点に局在しているのではなく、波として結晶全体に広がっています。実はこのことも電気伝導を考える上では重要です。準結晶やアモルファスでは電子が結晶全体に広がらずに、一か所に局在しやすいことが理論的に分かっています。準結晶が電気を通しにくいのは、電気伝導に関与する電子が空間的に局在しかかってしまうせいだったのです。私はこれらの発見で94年の第8回日本IBM科学賞を受賞しました。

 

(図5)準結晶のフェルミエネルギー付近の電子が局在しがちになることで電気が流れにくくなる仕組みの概念図

 

──特に力を入れて研究してきた課題は

 

 絶縁体(電気を通さない物質)や半導体(金属と絶縁体の中間的な電気の通しやすさを持つ物質)の準結晶を見つけることです。実は、今まで見つかってきた準結晶は全て金属なのです(表)

 

(表)固体の電気的性質(金属・半導体・絶縁体)と、構造(結晶・アモルファス・準結晶)の対応表

 

 結晶では金属の結晶、半導体や絶縁体の結晶は全て見つかっています。アモルファスも同様です。ところが、準結晶だけは半導体も絶縁体も見つかっていません。「絶縁体・半導体の準結晶はあるか」という固体物理学の未解決問題を解明することが私のライフワークです。材料科学では熱を電気に変換する「熱電素子」の新しい材料が盛んに研究されていますが、半導体の準結晶は高効率な熱電材料として有望だと考えています。

 

 準結晶を研究する上で足掛かりとなるのが、準結晶と局所的に同じ構造を持つ近似結晶です。近似結晶では、単位構造であるクラスターが周期的に並んでいます(図6)。周期性を持たない準結晶に対しては結晶に関する従来の理論を適応するのが難しいのですが、近似結晶ではそれが可能になります。近似結晶のクラスターを大きくしていけば、準結晶の性質も分かるはずです。

 

(図6)近似結晶の一つ、Al22Ir8 1/0近似結晶の構造。図中には正20面体の構造を持つクラスターが8つ描かれている

 そこで、近似結晶の半導体を見つけることが目標になりました。図7のAl22Ir8という物質は金属に近い「半金属」の近似結晶ですが、バンドエンジニアリングという手法により、アルミニウム原子の一部をシリコン原子に、イリジウム原子を全てルテニウム原子に置き換えると半導体になるであろうということを突き止めました。私たちのグループは実際にこの物質を合成し、世界で初めて近似結晶の半導体を発見しました。他にも、ホウ素を含む近似結晶や準結晶の探索を行っています。こちらは超伝導体の材料として期待できるのではないかと予想しています。

 

 機械学習を応用した新しい準結晶の発見にも力を入れてきました。これまでに知られている準結晶は80個ほどしかないのですが、私たちの共同研究グループでは80個の準結晶・78個の近似結晶・10090個の周期結晶の組成を訓練データとして用意し、機械学習による新規準結晶の探索を行いました。この手法で新しい準結晶を4つ発見し、実際に合成できました。電気抵抗率の温度依存性のデータも学習させることで、半導体の準結晶の発見にもつながるのではないかと期待しています。

 

「井の中の蛙」になろう

 

──どのような研究室の環境を作ってきましたか

 

 私が指導していた修士の学生は博士課程に進学する率が高かったです。なぜなのかを考えてみると、私自身が研究室のメンバーと打ち合わせしたりディスカッションしたりするのが好きで、それを楽しみに毎日大学に来ていたことが学生にとっても良かったのではないかなと思います。

 加えて、研究室の中で「学融合」が可能な環境を得ることができたからです。「学融合」は東大新領域創成科学研究科の理念ですが、例えば物質系専攻では「物理学」「化学」「材料学」の3分野を融合させています。私の研究室には、この3分野から学生が集まって来ました。特に最後の6年間、物理学科卒の私に加えて応用化学科卒の助教とマテリアル工学科卒の助教がいて、一つの研究室の中で学融合ができる体制でした。だから本当に毎日のディスカッションが楽しかったです。

 

木村研究室 集合写真(2019年4月撮影)(写真は木村教授提供)

 

──学生へのメッセージを

 

 独創性は、他人とは違う経験を蓄積することで作られる直観から生まれます。そのためには、マイナーな分野に進むことをお勧めします。準結晶はマイナーな分野です。準結晶が初めて発見された直後には準結晶フィーバーが起きたのですが、その後、物質科学の世界では高温超伝導が発見されたりフラーレンが合成されたりして、多くの研究者の興味がそちらに移りました。私にとってものすごく幸運だったと思います(笑)。学生の皆さんも「井の中の蛙」になることを恐れずに、「大海を知らず、されど天の深さを知る」ので、他の人と違うキャリアパスを選んでみてはいかがでしょうか。

 

木村薫(きむら・かおる)NIMS特別研究員(物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点) 84年東大大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東大大学院新領域創成科学研究科教授などを経て22年より現職。

 

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