キャンパスライフ

2021年6月11日

【研究室散歩】@建築構法学 松村秀一特任教授 「もし、新築が0になったら」

中学校の校舎をリノベーションしたアートセンターでの松村特任教授の著作『2025年の建築 七つの予言』を題材にした連続セミナー(HEAD研究会提供)

 

 「近代社会が蓄積してきた建築物のストックが十分にある現在、建築学は新たな局面を迎えています」。そう語るのは、建築構法学を専門とする松村秀一特任教授(東大大学院工学系研究科)だ。建築構法学では建築物の構造だけでなく、建築に関わる素材産業、設計業、建設業、不動産業の組織の在り方など、建築の一連の過程も分析する。

 

 「建築学」というと新築の建築方法を考えることがイメージされるのと同様、松村特任教授も当初はおのずと新築に興味を寄せていた。学部時代は学業に熱心に取り組んでいた方ではないが、修士課程で実際にさまざまな建築関係の仕事をする人たちと関わる機会が増えると、建築学と社会のつながりを強く感じるようになったと話す。「町中に溢れる建築物の一つ一つに設計者、技術者がたくさん関わっていて、さらにそこに人々の営みや歴史があります。一度興味を持つと、エンジニアリングから人の生き方まで、世界がとても広がりました」。一級建築士の資格も取得したが、研究が性に合っていると感じ大学に残ることにしたという。

 

 松村特任教授の研究テーマは1990年代中頃に大きく転換する。既存の建築物(ストック)の量が十分だと感じ、新築の必要性に疑問を持ち始めた。実際に新築の需要は減っていて、例えば国土交通省が公表する新設住宅着工戸数は、90年代半ば以降現在まで減少傾向にある。古い建築物は全て取り壊して新築するべきだという考え方もあるが、資金や廃棄物に関する問題があり、また質的に取り壊す必要がないものも多いという。「新しい分野の研究をするならできるだけ遠くに球を投げろ、という友人の助言から『もし、明日から新築が0になったら』と仮定して研究を進めるようになりました」

 

 新築ではマンションやオフィスビルの場合、利用者と利用方法の詳細が未定のまま設計・建築されることが多いため、利用者がその後どのように過ごすのかとは関わりが薄くならざるを得ない。一方、ストックの場合は既にそこで暮らしている人々がいるため、リノベーションの際にはその人々のことを真っ先に考える。新築からストックへのテーマ転換に伴い、建築物自体よりもそこでどのような営みが行われるかが大切だと考えるようになったと話す。近著『空き家を活かす 空間資源大国ニッポンの知恵』(朝日新聞出版)では、考えるべき対象が「箱」から人と建築物の関係である「場」に変わったとし、一冊を通して建築技術には触れず、ストックを活用して「リノベーションまちづくり」をする人々の取り組みを紹介・分析している。

 

 

 新築よりストックに、「箱」より「場」に重点が置かれるようになれば、建築産業には何が求められるのか。ストックを前提とすると、その主役は生活者である。壁紙の張り替えなど、簡単なリノベーションは生活者自身が行うことも多い。加えてインターネットの普及や流通網の拡大により、建築に関する知識や資材を一般の人々が手に入れやすくなっている。このような状況を松村特任教授は「建築がひらかれている」と呼ぶ。建築の専門家が一般の人々を導く時代は終わり、活躍の領域が今まで通りではなくなりつつある。

 

 松村特任教授はオランダの建築家ニコラス・ジョン・ハブラーケンの言葉を借りて、「建築家は庭師を目指すべき」と語る。庭師は樹木そのものを作れないが、土壌を整えたり施肥したりすることで樹木を育てることはできる。同様に建築家も「場」そのものを作れないが、「場」を育てていくことはできるという。具体的には、アクセスしやすくなったとはいえ一般の人々が得るのが難しい、各種の建物診断や劣化部分の補修、耐震補強、居住性改善の方法などの専門知の提供やその判断をすることが挙げられるという。他にも現在一般的な工務店や住宅メーカーに対する一括発注方式ではなく、依頼者がさまざまな専門業者に直接発注できる分離発注方式を支えることも考えられる。松村特任教授自身は、オーナー公認の空きビルや空きフロアを実践的な事業計画の題材として演習を行い、リノベーションとそれによるまちづくりを担う人材を育成するリノベーションスクールに携わってきた。

 

北九州でのリノベーションスクールの一場面。まちの人に開かれた最終講評会。演習の題材となったビルのオーナーも熱心に耳を傾けている。(北九州家守舎提供)

 

 「やることを大きく変えなければならない時期にきています」。近代以降確立された専門分化に身を委ねていればいい時代が終わったのは学問一般に通ずる話だが、ひらかれつつある建築学では顕著にその傾向があるという。松村特任教授は建築学科への進学を考える学生に対して「新しいチャレンジができ、活躍の幅が広がっています。何を研究すれば豊かでワクワクするような暮らしに結び付くかを考えるのが面白いですよ」と呼び掛ける。(山﨑聖乃)

 

松村秀一(まつむら・しゅういち)特任教授(東京大学大学院工学系研究科) 85年東大大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東大大学院工学系研究科助教授(当時)、教授などを経て、18年より現職。

 

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