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2022年3月29日

「恐怖の中で思考し続けることが国際政治の分析だ」藤原帰一教授 退職記念インタビュー【後編】

 ロシアのウクライナ侵攻によって世界はどう変わるのか。国際政治研究はどうあるべきなのか。東大で30年以上国際政治研究に携わり、今年度で東大を退職される藤原教授のロングインタビュー後編。

(取材・円光門、撮影・中井健太)

 

藤原帰一(ふじわら・きいち)教授(東京大学大学院法学政治学研究科) 米イエール大学大学院政治学研究科博士課程留学を経て、84年東大法学政治学研究科博士課程単位取得退学。東大社会科学研究所助教授(当時)などを経て、99年より現職。著書に『平和のリアリズム』(岩波書店)、『国際政治』(放送大学教育振興会)、『不安定化する世界——何が終わり、何が変わったのか』(朝日新聞出版社)など。

 

【インタビュー前編はこちら】

「アイデンティティへの疑問がナショナリズム研究につながった」藤原帰一教授 退職記念インタビュー【前編】

 

──今回のウクライナ侵攻で、ロシアに対する大規模な経済制裁が行われています。これによりロシアが中国に依存せざるを得ない状況が訪れると、西側諸国と中露という二極世界が今後誕生する可能性は高まるのでしょうか

 

 ご質問は何というか、とても呑気な印象を受けます。現状はすでに、二極世界が誕生するかということを議論する状態ではありません。

 

 少し前までは、そういう議論は可能だったかもしれません。こういうシナリオを考えてみてください。ロシアはウクライナ東部で独立を唱えている2つの「人民共和国」にロシア軍を派遣、それらの独立を承認し、さらに自治共和国の外で武力行使ができる準備を行った。だが、それ以上の行動はとらなかった。この時点ですでにミンスク合意には違反しますが、こうしたシナリオの場合、論点はもっぱらウクライナ自身が進駐したロシア軍を排除するかどうかということで、今のようにNATOやEUの結束、ウクライナへの武器供与の拡大が急速に進むということはなかったでしょうし、中国とロシアの軍事的な連携が弱まるということもなかったでしょう。人道的な危機が起こりジュネーブ4条約違反だという議論にもならない。そうすると、ここから出てくる筋書きは冷戦なんです。すなわち、中露の結束が高まり、NATOやEUのロシアに対する非難は続くけど、NATOの中にもちろんいろんな矛盾があるわけですから、西側の弱さと東側の結束という、非常にクリアな冷戦の構図が生まれるわけですね。この場合は、ご指摘の、二極世界です。可能性としては高いシナリオでした。

 

 第二のシナリオは、ロシアが東部の「人民共和国」からウクライナ側に入ったところまで領土を拡大するというものです。こうなってくると領土の変更ですから、第一のシナリオとは違う。ロシアが緩やかにドニエプル川の東岸地域と黒海沿岸への影響を高めるということが懸念されるでしょう。しかしこの「懸念」という段階であれば大きな展開にはなりません。ウクライナ軍に対する支援はあっても、NATOが直接介入する可能性はほとんどないと言ってよく、世界は先ほど触れた冷戦の構図と近くなるわけです。

 

 これら2つのシナリオに対して、今回実際起こったのは全く違うことでした。ロシアはオデッサを含めた黒海沿岸を全部、それからキーウ(キエフ)までを攻略し、ドニエプルの東岸だけでなく西岸からの作戦も展開しました。第2次世界大戦のドニエプル戦争を覚えているでしょうか。ドイツがクルスクの戦車戦で敗北した後、ここに防衛線を築いていく。それをロシアが破っていく。当時スターリンは無責任にもキエフ奪回を優先するために戦闘を継続したわけですが、あの戦争は本当に悲惨なものとなりました。

 

 ロシアは今、まさにそれをやっているわけです。こうなると、話が全く違ってくる。これはナチスドイツのポーランド侵略と同じ問題ですから、黙って見ていたら戦禍がどんどん広がってしまうことになります。ナチスがポーランドを侵略した当時、イギリスは宣戦布告しながら対応が遅れ、その間にナチスはポーランド全土を制圧し、フランスを攻めて、連合軍はダンケルクから逃げ出すことになった。今回もそういう状況になりかねないから、これだけ大騒ぎになっているんです。

 

 ですから、ロシアが大規模な経済制裁によって中国に依存せざるをえなくなるだとか、二極世界が誕生するだとか、現状はそういうことを議論できる方向性にすでにないんです。

 

 

──では、今後どういう世界が誕生するのでしょうか

 

 一言で言えば、米ソ冷戦の時代に結局起こることがなかった米露間の戦争が起こる可能性がある状態です。今直ちにそうなると言っているのではありません。むしろそれはできる限り起こるべきではないし、ウクライナが持ちこたえる可能性は実はかなりあります。ロシア軍が自滅していますから。キーウ(キエフ)が陥落しない可能性さえあるというべきでしょうか。軍事的に考えればキーウ(キエフ)が陥落して不思議ではないんです。だけど、更にその先があるわけで、たとえキーウ(キエフ)が陥落してもウクライナ政府は西に動いていく。西との連絡は保たれているし、まだ国境をロシアがコントロールできていませんから。

 

 今後アメリカやNATOの直接介入があると決めつける必要はありません。だけどその可能性があることを考えなくてはいけないんです。無条件爆撃のもたらす被害を各国の国民がテレビで見るわけです。こんな人殺しが続いているのに見殺しにするのかという議論が必ず出てきますよ。キーウ(キエフ)が陥落してゼレンスキー政権が西部に移っていく段階で、少なくとも飛行禁止区域の設定——これは実際NATOの直接介入になりますから——がなされることは避けられないだろうと思います。

 

 この緊張感はぜひ頭に置いてもらいたいですね。ですから、この期に及んで「二極世界が誕生するか」などというあなたの質問は、すごく呑気です。もはやそういう話ではない。国際政治の怖さを是非知ってもらいたいです。

 

──国際政治の怖さとは

 

 さまざまな選択がまだある状況で、最悪の事態を考えていくという怖さです。ロシアがウクライナに侵略する可能性は前からありました。今に始まった話ではありません。去年の春先、ミュンヘン安全保障会議の後に多くの兵隊を送っていました。だからその時すぐにでもやる可能性があったわけです。しかし結局その後国境兵力を少し減らし、秋になるとまた増やしていきました。その都度ロシアがどういう軍事行動を取るかによって、その後のシナリオが全然異なってくることがお分かりでしょう。状況が激変し、突然自分が座っていた場所が崩れていくような恐怖の中で思考し続けることが国際政治の分析だと思っています。

 

──中国はどう対応するでしょうか

 

 なぜ中国はロシアと結びつくのかを考えましょう。ロシア軍は、通常兵器でいえば、現在に至るまで、古臭い言い方をすれば「大砲に頼る軍隊」あるいは「戦車に頼る軍隊」です。空軍力の近代化といっても、今回スホーイの最新鋭の戦闘機が撃墜されたわけでしょう。ですから、ロシアが頼ることができる兵器があるとすれば核兵器なんですよ。十分な核弾頭を持っていて、そのためにアメリカの行動を抑えることができるということが、通常兵器を使った戦闘を許すということでもあります。これが、中国にとってロシアと結びつく合理性を作るわけですね。というのも、中国は海軍力と空軍力の刷新を進めながら核戦力においては劣っているからです。

 

 とはいえ、今、中国は国内の報道を徹底的に抑えていますが、ヨーロッパとアメリカがウクライナ侵略でこんなにも激しい反応をするとは思っていなかったはずです。驚愕しているし、今でもまだ理解できていないんじゃないかな。ただ、はっきりすることはプーチン政権に勝ち目がないということです。とにかく、こうした状況から考えれば、中国はロシアと連携を深めていくという路線を変えざるをえなくなるでしょうね。しかしこのことが、西側との協力に中国が転じることにつながるかというと、そうではなく、むしろ中国は独自に自分たちの権力と防衛を強化しなければいけないと考えるようになるでしょう。結果的に中国がさらに内向きになっていく可能性はあると思います。

 

──なぜプーチン政権に勝ち目がないと言えるのですか

 

 第一に、ウクライナの占領支配ができないからです。これだけでも決定的ですが、軍が機能していない。第一次世界大戦のロシア軍のようです。そして国内にも戦争反対が広がることは避けられない。ロシア国内の反戦デモ隊はどんどん逮捕されていますが、あんなものは逮捕しきれるわけがない。ロシア兵士の物語は伝わる。何より彼らはトラックに穴を開けて壊れたからという理由で脱走しているでしょう。そういうことをやっている軍隊は結果的には崩壊するし、本国も崩壊する。仮にそこは乗り越えても、長期的には占領で失敗します。そもそもソ連時代のアフガニスタン統治は破綻していました。今、それをまたもう1回やろうとしているわけですね。この愚かさについては、どういう言葉を使ったらいいのか分かりません。

 

 

──先生は1998年の論文(注1)で、「いかにもパワーとして軍事力と経済力を駆使する可能性の大きい中国は、まさにパワーであるからこそ、国際政治の主体としては制度的地位を持つことが未だに認められていない。世界秩序に新しく参加する主体に関していえば、パワーを持たなければ参加を認められ、パワーがあれば認められないという、およそ倒錯した事態が生まれているのである」と書いています。ロシアや中国が現行の秩序に対して抱く不満も、ここから説明できるでしょうか

 

 「パワーを持たなければ参加を認められ、パワーがあれば認められないという、およそ倒錯した事態」というのは、今でも続いていることだと思います。認められるか、認められないかの一つの基準は、ある戦争が終わった後に作られる国際制度にあります。第二次世界大戦後から現在に至るまで続いている国際制度はサンフランシスコ体制であり、国際連合であるわけですが、国連が創設される際に考えられていた中国というのは弱い中国であり、国民党政権であり、中国全土を支配することができない中国だったわけです。現在の中国ともちろん違う。日本などからすれば、中国は拒否権を持っているからいいじゃないかと思うわけですが、中国としては現在の自国のパワーが国際制度によって十分に承認されていないと考えるわけです。そして、パワーを承認されない側が、それに不満を持ちパワーを行使する可能性は常にあります。冷戦の負け組であるロシアにもそういった不満があるわけです。

 

 より精神的な側面から言えば、屈辱(humiliation)からの解放という点で、習近平の言う「中国の夢」やプーチンの言う「国民屈辱コンプレックス」は基本的に同じものだと思います。こんなくだらないことで戦争をするのかという気持ちはありますが、それはその国をメンバーとする国際制度に正統性があり、その中で自分のパワーが十分に承認されているという前提が成り立っていないからなんですね。こうした不満が、戦争の勃発の条件です。

 

 そして、不満というのは極めて主観的な認識の問題ですから、抑止できると思ったら大間違いなんですよ。こっちの方が強いから相手は行動できない、という状況にはなりません。

 

──ということは、戦争は合理的に説明できないということでしょうか。近年の国際政治研究では「領土侵略は割に合わない」という議論が多く見られますが

 

 「領土侵略は割に合わない」という一般的な議論は正当かもしれませんが、そもそも戦争は非常に稀な事象です。まして領土の変更は、それがいかに正当化のための理由を称しながらのものであるとしても、ジュネーブ条約に反するものであり、だからこそ領土侵攻がもたらす意味は大きいわけですが、これは数量化できるものではありません。不合理な行動だからです。あえて申し上げれば、不合理な行動がなぜ起こるのかを考えるという倒錯した課題が国際政治学では避けて通ることができないのです。「割に合う」「合わない」という利得を基礎にして戦争を合理的に解釈することが、結果的には、不合理な行動が現実に持つ効果を過小評価することになると思います。

 

 とはいえ、不合理な行動というのは分析しやすい対象では決してありませんから、この問題を学者が取り扱うということは、自分の首を絞めることなんですよ。誰が言い始めたのかは分からないのですが、こういうジョークがあります。

 

 街灯の下で探し物をしている男がいた。通りがかった人がその男に「お前、いったい何を探しているんだ?」と尋ねると、男は「財布を落としたんだ」と答えた。「財布をそこに落としたのか?」と聞くと、「落としたのはあっち側なんだけどね」と言う。「あっちに落としたのになぜこっちを探しているんだ」と聞くと、「馬鹿だなお前。こっちの方が明るいからに決まってるじゃないか」と男は言った。

 

 このジョークが示しているのは、政治学者の現実です。結局、分かりやすいところしか探していないではないか、分析しやすい対象しか扱っていないではないか、ということなんですね。

 

 

──フォーマル・セオリー(注2)のような合理的行動理論は戦争を十分に説明できないということですか

 

 フォーマル・セオリーは、何が起こって何が起こらなかったかという現実の説明を提供するものではありません。だからこそ学問の体系性を保証してくれるアプローチたり得るのですが、それは逆に、個々に生起する事象を説明することから離れることにもつながってしまいます。

 

 戦争という個々の事象に注目した国際政治の議論はどうしても記述的になりますし、その意味でフォーマル・セオリーより外交史の方が有利なんですよね。フォーマル・セオリーから国際政治を研究したいのであれば、戦争によって左右されるような領域で論文は書かない方が良いと思います。

 

──長時間にわたるインタビュー、ありがとうございました。最後に、東大生へのメッセージをお願いします

 

 語りたいことが多すぎて一言で言うのには苦労しますが、そうですね……。皆さんの授業をこれ以上担当することがかなわないのは残念ですけれども、自分の中にある力を信じて、形にならない問いに形を与えるという作業に喜びを見出していただければ幸いです。

 

(注1)藤原帰一(1998)「世界戦争と世界秩序——20世紀国際政治への接近」東京大学社会科学研究所編『20世紀システム 第1巻』東京大学出版会、26-60頁

(注2)ゲーム理論をはじめとした、数理モデルを用いて政治現象を解明しようとする理論

 

【記事修正】2022年4月1日午後8時16分 誤字を修正しました。

 

【インタビュー前編はこちら】

「アイデンティティへの疑問がナショナリズム研究につながった」藤原帰一教授 退職記念インタビュー【前編】

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