LATEST NEWS 2015年8月26日

【講演詳細】「平和学の父」ヨハン・ガルトゥング博士は日本で何を伝えようとしたのか

数多くの紛争調停に携わり「平和学の父」とも呼ばれるヨハン・ガルトゥング博士(84)の講演イベントが8月21日に開かれ、学生をはじめ約500人が横浜市の大さん橋ホールに集った。

博士の来日を企画したのは、国連が定めた国際平和デー(9月21日)に短編ドキュメンタリーの映像祭を開いている一般社団法人国際平和映像祭。同代表の関根健次氏(39)が「戦後70年、そして安保法案の審議、日本の平和がどうなっていくのかという重要なタイミング。国際平和デーから1ヶ月前の今日を、この横浜から平和が出港していくような日にしたい」と語ってイベントの幕を開いた。

未来を担う若者からのメッセージ

ガルトゥング博士による講演の前に、若者代表として二組の学生がスピーチをした。「高校生・戦後70年『未来』プロジェクト」に参加している坂口花錬さんと日比野和真さん(名古屋経済大学高倉高校)は、同団体の活動「全国高校生自転車ピースリレー」を紹介。広島県の「平和の灯」と宮城県の「がんばろう石巻の灯」を分火し、各地を巡りながら戦争や震災について学んだ体験を伝えた。「灯は平和に似ていると思います。守ろうとしなければすぐに消えてしまう。思いが込められた灯を運ぶことで、市民の無関心の壁を壊していきたい」と目を輝かせた。

大学生からは、NPO「『人間の安全保障』フォーラム」の学生事務局員有志代表の須田英太郎さん(東京大学大学院)が登壇。テロや災害など、一国家で対処できない脅威から人々を守る「人間の安全保障」という観点から、日本のすべき貢献について触れた。「国と国の戦争だけでない多様な暴力に覆われた現在の世界では、集団的自衛権強化は暴力に晒されるリスクを高める。今までも難民支援などの国際機関に援助をしてきたように、『人間の安全保障』への取り組みで平和に貢献することが日本の役割ではないか」と語った。
ガルトゥング博士は日本語通訳を務める夫人と共に壇上にのぼり、穏やかな口調で話し始めた。講演内容要旨は以下の通り。

* * * *

今の日本をどう見るか

まず、現在の日本では世界の平和には貢献できない。外交政策が米国の意向で決まり、独立できていないからだ。米国の関心は自国の勝利であって問題の解決ではない。米国が日本の軍拡を期待するのは、北大西洋条約機構(NATO)の国々とも軍事政策で一致していないためだ。米国はイエスマンの日本に慣れきっていて、IS対策でも日本とスクラムを組もうとしている。

ISが残虐なのは皆さんが思っている通りだが、(アメリカ等が)100万人を空爆で殺すことよりも(ISが)100人の首を切る方が残虐だ、と考える人達には同意できない。安保法案が通過したら日本国内でも復讐のテロが起きるかもしれない。もし自衛隊が武力行使するとしたら専守防衛に徹するべきだろう。

国を不安定化させる法“law of insecurity”(安保法案のこと)は、解釈改憲ではなく第9条に違反している。違憲行為は法廷で裁かれるところだが、日本にあるのは法の支配ではなくアメリカの支配だ。本当の独立国になるには、自立した振る舞いをしなくてはならない。

日本の平和運動は活発だが、9条に頼るあまり平和への新しい考え方を発展させてこなかった。野党や学術研究者も、実現可能な代案を出すことに長けていない。紛争を解決するアイデアをもっと生み出すべきだ。

 

 

「共同統治」・「北東アジア共同体」というアイデア

日本が独立した国家だとしても、北方領土、尖閣諸島、竹島といった領土問題がある。太平洋戦争中のトラウマ、未だに和解できない問題も残っている。北朝鮮や中国の立場から見れば、安保法案の成立は日本の軍備拡大の一歩であり、自分達も対応しようとする。軍拡競争が生じて、戦争の種をまくことになる。

戦争を避けるには、その根底にあるコンフリクトを明らかにして解決することだ。例えば尖閣諸島で、武力衝突が起こる前にどうすればいいのか。日中の共同所有 “joint property”はどうだろうか。どちらも領有権を主張しないで合同の管理委員会を作り、収益の40 %を日本、40%を中国と分け合い、残りの20 % を島の環境保全のための共有資金とする。このアイデアを南京で発表した時、国際法や歴史の専門家らは、今まで考えもつかなかったと言って拍手をくれた。中国当局は強硬策をとっていても、柔軟な考えができる市民はいる。

北方四島をめぐるロシアとの領有権争いも、互いに“It’s mine!”(我が国の領土だ)と言い合っている。解決策はやはり共同統治、 “joint sovereign” だ。だが四島のうち1つはアイヌの人々へ。

“joint ownership”のもとで実質は市民社会が使うというのも良いアイデアだ。竹島の場合なら、韓国と日本だけでなく北朝鮮も入れて、NGOが島で青少年のキャンプをやるのもいい。領土をどう所有するかだけでなく、どう使うかを考えることも大事だ。

 

日本は独立した国としてアメリカと良好な関係を保ちながら、同時に東アジア諸国との共同体を考えるべきだ。1958年に発足したヨーロッパ共同体(EC)はそのモデルになる。ヨーロッパはアジアよりもさらに悪い歴史を重ねて来た。だが共同体(現在はヨーロッパ連合)のおかげで、もはやこの地域での戦争は考えられなくなった。

各国が平等に一票ずつを持って協議する「北東アジア共同体」を結成し、本部は東京でも北京でもない、特別な県である沖縄に置くべきだ。二国間の協議よりも多くの問題が解決できることに気づいていくだろう。国家でなくアジア地域としての安全(community security)を重視するようになる。

 

平和を創るアプローチ

平和の実現には、 cooperation(協力)、 equity(衡平)、harmony(調和)、empathy (共感)が欠かせない。これを邪魔するものが、過去から生じるトラウマと、和解に至っていないコンフリクトだ。その両方を解消するために、相手がどう考えているかを理解することが大切だ。全てに合意する必要はないが、互いの良い点を知ることだ。
では、紛争をどう仲裁するか。1993年に立ち上げたNGO「TRANSCEND」では、約35の紛争の調停をしてきた。紛争の当事者と対話をし、相手の考えを①ポジティブな未来、②ネガティブな過去、③ポジティブな過去、④ネガティブな未来の順に尋ねていく。

①のポジティブな未来には、例えば「どんな東アジアを見たいと思うか」と質問を投げかける。日本が鎖国していた江戸時代に戻ることが理想だと答えた人もいた。賛同はしないが、そのイメージを知ることは興味深い。

明るい希望を語るのは難しいが、②で何が起きたのか尋ねると、相手にされた悪いことをいくらでも話してくれる。ロシアは日露戦争での屈辱を忘れていないなど、過去のトラウマや相手に対して持っているネガティブなイメージがわかる。

③では過去の良いことも何か思い出せないかと問う。通常は口にすることを許されないが、日本人の中には、大東亜共栄圏でアジアを支配した頃のことを考える人もいるかもしれない。欧米の植民地主義とは違い、日本化して経済を発展させたという評価もできる。

④は日本人が得意なもので、ネガティブな未来、最悪のケースを想像してもらう。日本人は、中国が尖閣諸島をはじめ沖縄などを侵略してくることを懸念する。中国は、アメリカが日本から核で攻撃してくるのではと恐れる。それを聞いたら、「Ok, thank you」と言ってまた①に戻る。これを繰り返すうちに、問題の本質が見えてくる。
過去70年、日本がコンフリクトの解決に貢献した例はほとんどない。難民を救う人道支援によって紛争をなくすことはできない、難民を出している紛争の方を解消しなくては。日本は国内の矛盾を乗り越えることや、海外から取り入れたものと国内のものを結合させるのは得意だ。自立した国になれば、その適性を活かして国際問題の解決に役立てるだろう。

 

日々の実践で未来を築く

日本の市民社会、特に学生達は、日本が真の独立国になる日のためによく準備、勉強をしておきなさい。家族間など身近な問題の解決から経験を積み、複雑な紛争にも対応できる力をつける。平和教育は本だけでなく日常生活からの実践が大切だ。

私たちのNGO(トランセンド)では、幼少期から紛争の克服を経験できるよう、幼稚園の先生にトレーニングをすることもある。例えば二人の子どもが一つのテディベアを取り合った時、双方とも“it’s mine!”と言う。どうやって平和的に解決するか。先生は怒らずに、なぜ自分のものだと思うか尋ねてあげる。そしてこれは幼稚園の物だからと、奪い合わないためのアイデアを一緒に考える。テディベアに歌を聞かせてあげるでも、共有して一緒に踊るのでもいい。コンフリクトを平和な方法で乗り越える経験を積んだ彼らが、成長して日本と中国の外務大臣になったら。例えそれが領土でも彼らは決して“it’s mine”ではなく“it’s ours”と言えるだろう。

 * * * *

 柔軟な発想とユーモアのある語り口からは、ガルトゥング博士の温和な人柄が感じられ、聴衆を引き込んでいた。博士を招待しようという関根氏の呼びかけに、賛同した200人以上から寄付が集まって実現した今回の来日。来場者の高い関心と期待に応え、「平和学の父」は力強いメッセージを残した。

(文責 日高夏希)

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