INTERVIEW / OBOG 2019年1月16日

JAXA×大学講師×俳優×主夫? 多分野で活躍する東大OB・戸梶歩さんの素顔とは

 東大OBの戸梶歩さんは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の主任研究開発員であり、火星衛星探査計画(MMX: Martian Moons eXploration)プリプロジェクトチームの一員としてシステム設計を担当している。忙しい業務の傍ら、大学講師として教鞭をふるい、俳優として芸能事務所に所属。さらに、家庭では家事・育児をこなす主夫でもある。精力的な活動の原動力は何なのか。どのような生活を送っているのか。インタビューで素顔に迫った。

(取材・堂畑茉由 撮影・安保茂)

 

 

──JAXAの主任研究開発員としてどんなことをしていますか

 MMXは、火星衛星の観測とサンプル採取を行うために、2020年代前半の探査機打ち上げを目指し研究開発を進めています。現在は、ミッションを実現するために探査機にどういう機能・性能が必要か、それが実現できそうなのかという検討を行っています。

 

──どうして航空宇宙の道に入ったのですか

 小さい時から飛行機が好きでした。小学生の時に米国のスペースシャトルが飛び始めたこともあって、ロケット、人工衛星にも興味を持ちましたね。高校の時米国に行き、ワシントンD.C.のスミソニアン航空宇宙博物館とフロリダのケネディスペースセンターで世界最先端の航空・宇宙開発の現場を目の当たりにして、これだ!と。東大受験を決め、現役で理Ⅰに合格し、工学部航空宇宙工学科に進みました。その後、東大とスタンフォード大で修士号を取り、そのまま米国でエンジニアとして就職しました。

 

 

──いつから主夫業をやっているのですか

 東大で出会った妻と米国で結婚し、2002年に長男が産まれてから、妻が仕事で忙しかったので自然に私が家事・育児をやるようになりました。子供3人が小さかった頃は、夜泣きがすごくてほぼ眠れない日々が続き大変でしたね。2011年に日本に戻って会社に就職しましたが、仕事が忙しく、米国での生活に比べ子供たちと接する時間がかなり減ってしまったことに耐えられず、大学に戻ることにして2年で辞めました。

 

──俳優業を始めたきっかけは

 長男は2014年夏休みの歌舞伎体験教室で主役を務め上げたのをきっかけに歌舞伎役者を志すようになりました。歌舞伎界は血筋が大事なので、一般家庭から入るにはテレビのドラマなどに出演するなどしていわゆる芸能界で活躍し、人気を得ないといけないのではないかと考えたんですね。しかし、その当時の私には芸能界にはまったく縁もゆかりもなかったので、長男の手助けができない状態だったんですよ。そのため、自分も芸能界と関わりを持つためにはどうしたらいいかを考え、エキストラ事務所に登録して活動をしてみるという結論に達しました。

 初めは長男の夢の手助けが目的だったのに、お芝居のレッスンを受けるようになってから、気が付いたら長男よりもどっぷりとお芝居の世界にはまってしまいましたね(笑)。俳優としての活動は始めて2年強とまだまだ駆け出しで、CMや再現ドラマのチョイ役のお仕事がほとんどです。また、2017年は大小合わせて五つの舞台(あだちスマイルフェス「この声が、聞こえますか?」足立大炊助役(主演)、Studio D2公演「黒檀の馬 アラビアンナイトより」アラブの王様役他、など)に出演しました。

 

 

 

 

さまざまな舞台での演技に挑戦する戸梶さん(写真は戸梶さん提供)

 

──俳優業のために努力していることは

 俳優業に生かすために、さまざまな習い事をやっています(スケジュール表参照)。今後は、歌と踊りと楽器は役者をやっていく上で大事になるので、日本舞踊や、ピアノ、ギターなどの楽器をやってみたいです。時代劇で武将を演じたいので、昔習っていた乗馬も再挑戦したいですね。いずれは大河ドラマに出るのが今の大きな夢です。

 

一日のスケジュール

 

一週間のスケジュール

 

──忙しい生活が嫌になることは…

 ないですね。どれも自分が好きでやっているので。特に俳優業は、まさに自分が楽しんでやっていることです。

 

──研究に専念したいとは思わなかったのですか

 私の所属していた研究室では私の学年は悲劇の学年(笑)で、1学年下には小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャである津田雄一さんがいたのですが、彼の学年から初めて研究室で衛星を作るようになったんですね。私自身がとてもやりたかったことなので、すごくうらやましくて、正直悔しかったです。もし1学年下だったら、今の津田さんのような立場で研究一筋だったかも。

 ですが、そうしたら私は主夫にも俳優にもならなかったでしょう。どっちがより幸せな人生だったのかは分かりません。よく「順風満帆な人生だね」と言われますが、実はこのような挫折も経験しています。米国で働いていた会社をクビになったり、米国で立ち上げたビジネスは運営がうまくいかずやめたりもしました。

 

 

──どうやって両立しているんですか

 タイムマネージメントとコミュニケーションを重視しています。例えば、撮影で抜ける時間分の仕事を早朝などに仕事時間を確保してカバーしたり、撮影が入る日は事前にJAXAの上司・同僚に伝えるようにしたりして、JAXAの仕事も俳優としての仕事もおろそかにならないようにしています。また、家族、特に妻とのコミュニケーションも大切にしています。若い学生の皆さんにはまだ実感がないかもしれませんが、結婚相手の理解を得ることは、お互いの仕事や家庭生活をスムーズに行っていくための必須条件で、常に相手を思いやる言葉を掛け合うことを忘れてはいけません。

 

──異なるフィールドで働いて気付いたことは

 それぞれ求められる能力が違うようで、実は共通する部分も多いです。そして、異なるフィールドで働くことがお互いにいい効果をもたらしています。俳優としてはJAXAで働いていることは差別化要因になり、トークショーなどでJAXAの話をすると会場がざわつきますね(笑)。主夫業では、JAXA職員と俳優やっていますというのは、子供たちや他のお母さんお父さんと話す時にとてもいい話のネタになります。JAXAの職員としては俳優としてトークショーに出た時などに、JAXAの活動をアピールすることができ、一般の方に知識を広める貴重な機会を得られています。また、一つのフィールドに専念していたら絶対に関わることのなかった人たちとの交流が大きな刺激になっていますね。

 

──東大で得たものは何だと思いますか

 東大で学んだ知識以上に、同期や先輩方とのつながりが人生に大きな影響を与えています。東大で仲間たちと切磋琢磨(せっさたくま)する体験は、何事にも代えられないとても価値のあるものです。

 

 

──人生のモットーを教えてください

 端的に言うと「やらずに後悔するより、やって後悔したほうがいい」ということですね。私の場合は、とりあえず俳優やってみよう、がその最たるものです。とりあえずやってみると、意外にできることが多いです。私は、お芝居を全くやったことがない状態から、2年で芸能事務所に所属できるまでにはなりました。うまくいかなくても命までとられることはないですし。 失ったお金はまた稼げばいいが、過ぎた時間は取り戻せないので、やりたいと思った時にやるべきです。今が一番若いのですから。

 

──最後に、東大生にメッセージをお願いします

 東大は一生の財産となる先生方、先輩方、そして同期の友人たちと出会える場所です。自分よりも優秀な方たちがたくさんいることに衝撃を受け、落ち込むこともあるかもしれませんが、そんな方たちと切磋琢磨することのできる環境は東大をおいてほかにはないと思います。そのような環境にいられることに感謝して思う存分自分の好きなこと・興味のあることに没頭してほしいです。

 一方で、もし私が東大でしか勉強せずに、新しいことを学ぼうとしなかったら、俳優としての私は存在しなかったでしょう。東大で学ぶことはもちろん大事ですが、東大を出た後も、新しいことにどん欲に挑戦して学ぶ姿勢を持った人になってくれればと思います。

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戸梶歩(とかじ・あゆむ)さん(JAXA主任研究開発員)

 1999年工学系研究科修士課程修了、2001年スタンフォード大学大学院修士課程修了。慶應義塾大学大学院特任講師などを経て、2018年2月よりJAXA主任研究開発員、11月よりMAHALO Entertainment所属。

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