文化

2023年5月22日

【漫画×論評 TODAI COMINTARY】「なんか好き」を愛する雨宮さんの世界  あらゐけいいち ・『雨宮さん』

雨宮さん

 

 今や日本が世界に誇る文化となった漫画。東大新聞編集部員がぜひ読んでほしいとおすすめする漫画作品(Comics)を、独自の視点を交え、論評(Commentary)という形(Comintary)でお届けする本企画。今回は、『雨宮さん』(あらゐけいいち)を取り上げます。

 

「なんか好き」を愛する雨宮さんの世界

 

 新しい靴の匂い。将棋のこまの「パチッ」という音。バスに入った時に冷房に身を包まれるひんやりとした感覚。主人公の雨宮さんは、そうした言語化できない「なんか好き」を愛する女の子だ。感性豊かで天真爛漫(らんまん)な彼女のキャラクターにひかれる読者も多いはず。

 

 今作『雨宮さん』も従来のあらゐけいいち作品と同じく、キャラクターやイラストの唯一無二のかわいらしさと何でもありな世界観が絶妙にマッチした作品となっている。冒頭、おじいちゃんの家に引っ越してきた雨宮さんを出迎えるのは特に説明もなく謎の技術により登場するおじいちゃんのホログラムだし、雨宮さんの転校先のクラスメートは人間だけではなく、オバケやメドゥーサ、お侍など個性豊か。さらにはひょんなことから雨宮さんのことを付け狙う秘密結社が登場したりと、1巻の時点でドタバタ劇を繰り広げながらもどこかほのぼのとした雰囲気にシュールな笑いが加わった独特の世界が描かれる。

 

 前作『CITY』(講談社)では特に顕著だが、あらゐけいいちの描く作品では、多様な登場人物たちが複雑に絡み合ったり、はたまたすれちがわなかったりしながら独自の世界が作りあげられる。共感されないからと自分の好きを周りに秘密にしている雨宮さんとクラスメートがどのように関係を結んでいくのかなど、これから作中で展開される人間(?)関係にも期待したい。

 

 あらゐワールドがふんだんに盛り込まれた作品である『雨宮さん』だが、従来の作品とは大きく異なる点がある。雨宮さんが明確な主人公として設定されていることだ。『CITY』や代表作『日常』(KADOKAWA)でも中心人物は存在するが、別キャラクターのみで展開される話も多かった。一方今作では、視点となる人物が違うことがあるものの、1巻時点では全ての話に雨宮さんが登場し雨宮さんを中心に世界が描かれている。今までとは異なり、名詞ではなく人物名をタイトルとした作者の意図が見えてくるのではないか。あらゐけいいちファンは従来の作品との違いにも注目しながら読んでみるのも面白いかもしれない。

 

あらゐけいいち『雨宮さん1通常版』
あらゐけいいち『雨宮さん1通常版』小学館、税込み715円

 

 雨宮さんの、うまく言葉にできない「なんか好き」を共有できる人を見つけたいと考える場面が、作品のかわいらしさと荒唐無稽さを壊さないように挿入されている。かわいさとシュールなギャグと誰もが共感する素朴な気持ち。単なる「ギャグ漫画」で終わらない『雨宮さん』を読んでみれば、その言語化しがたい多面的な魅力に「なんか好き」となること間違いなし。【佐】

 

 

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