学術

2021年8月30日

【研究室散歩】@宗教学 藤原聖子教授 「宗教学が実現させる多様性」

 

 「全ての宗教について語りたいという野望がある」。そう語るのは、藤原聖子教授(東大大学院人文社会系研究科)だ。藤原教授は学生時代から宗教学の理論研究に携わってきた。研究対象を一つに絞らず、さまざまな宗教に触れたかったからだという。その後アメリカの大学院に留学し、帰国後、仏教系の大学で教えつつ、世界各国の学校で宗教がどのように教えられているかを比較研究するプロジェクトのリーダーを務めた。その中で、世界宗教史をマクロな視点で見たとき、宗教学内部の専門的研究は細分化が進む一方で、日本の学校教育においては宗教史の語られ方が3、40年前からあまり変わっていないことに問題意識を覚えた。そこで、再び世界宗教史を大きく捉え直す研究の必要性を踏まえて、現在は複数のプロジェクトを行っている。
 

 その一つが「日本人は無宗教だ」という言説についての調査だ。昨年度のゼミで、いつごろから日本人は無宗教だと言われるようになったのか、そして日本人の宗教観の語られ方はどう変遷してきたのかを、明治時代から現代までの新聞記事から検証した。明治時代には、日本の近代化を進める上で、国民が宗教を持たないことの是非が議論されていた。戦後は、日本人は環境を大切にするアニミズムの宗教を持っている、または「空気を読む」という宗教を持っている、などと言われるようになった。その後オウム真理教が地下鉄サリン事件など一連の凶悪事件を起こすと、個人が「私は危ない人ではない」という意味を込めて「私は無宗教だ」と言うようになった。

 

 また、藤原教授は宗教の理論研究のまとめにも取り組んでいる。近年、宗教は盛んに「社会貢献」を求められるようになっているという。宗教の公益性という観点から、およそ1世紀前の草創期の宗教学や社会学、心理学の古典を再読し、公益性や公共性と言った概念を見直すことを試みている。

 

 藤原教授が所属する宗教学・宗教史学研究室では、さまざまな方法を用いて、宗教に関連するあらゆることを研究することができる。一口に宗教学・宗教史学と言っても、研究対象は多岐にわたる。仏教やキリスト教などの世界宗教の研究から、古代の宗教や新宗教、さらには自己啓発や陰謀論といった一見宗教の範疇(はんちゅう)に入らないように見える分野も、宗教学の対象になる。また、宗教そのものではなく、現代社会での宗教の役割など、宗教にまつわるテーマを定めて研究することもできる。卒業論文のテーマも、宗教学理論や世界の伝統宗教、現代社会の宗教性などと、実に多種多様だ。所属する教員もキリスト教神秘主義や近現代日本の慰霊など多様な専門を持っており、その中で藤原教授は主に比較宗教学、理論研究を専門としている。

 

 宗教学の研究室といえども、自覚的に信仰を持つ学生は少数派だ。ただ「どうしても一般社会ではデリケートに感じられ話しづらい宗教に関する話題も、研究室内ではざっくばらんに話せるオープンな雰囲気があると思います」

 

 日本社会では宗教に対して固定観念を持つ人が多いため、苦労もある。例えば「宗教は本来平和を希求するものだから、テロを起こすような宗教は宗教と言えない」というものや、反対に「宗教は人が人を支配するために作りだした装置だ」というものだ。このような誤解を解くのは大変だが、偏見を解消させることができると、やりがいを感じるという。世間から「危ない」ものだと思われやすい宗教についてあえて研究することは、ダイバーシティーやインクルーシブが重視される現在で、意義のあることだと藤原教授は考える。
 

 卒業生は、民間企業から公務員まで、多様な進路を歩む。ある卒業生は、経済産業省に入省し、世界のさまざまな文化に暮らす人々の考え方の根幹を成す宗教を学んだことを生かして、世界に日本のインフラを広める活動をしている。国際社会では、抵抗なく宗教の問題に対処できることは大切だ。日本が海外から多様な宗教的背景を持つ人を受け入れるとき、政治の世界や社会の中で、東大の宗教学・宗教史学研究室の卒業生が果たす役割は大きいと藤原教授は語る。神学とは異なり客観的な視点で宗教を学べるからだ。「宗教学的な、客観的なものの見方を持つ人が増えてくれることを願います。そうすれば社会はダイバーシティーをよりよく実現できるでしょう」。多様性のある社会はさまざまな意見を包含し、柔軟に変化に対応できるだろう。

 

 特に宗教学を志望していない学生も「何か宗教学の授業を取ってみて」。多くの学生にとって宗教学は未知の領域だろうが、まずは触れてみることで、宗教に対する認識が変わるだろう。(井田千裕)

 

藤原 聖子(ふじわら・さとこ)教授(東京大学大学院人文社会系研究科)95年東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。Ph.D(宗教学)。大正大学教授などを経て17年より現職。

 

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