学術ニュース

2025年12月2日

ダークマターの名を揺るがすガンマ線観測

 戸谷友則教授(東大大学院理学系研究科)はNASAのフェルミガンマ線宇宙望遠鏡(フェルミ衛星)が観測した直近約15年分のデータを解析し、天の川銀河を取り巻く広大なハロー領域から、20 GeVのエネルギーをもつガンマ線を検出した。検出されたガンマ線のもつ特徴は、ダークマターの候補として考えられている粒子(WIMP:Weakly Interacting Massive Particle)の対消滅時に放出されると予測されるものとよく合致しており、ダークマターの正体に迫る可能性を示した。成果は現地時間11月25日付で英科学誌『Journal of Cosmology and Astroparticle Physics』に掲載された。

 

 宇宙の質量エネルギーのうち、我々が親しむ恒星や惑星などの元素からなる物質が占めるのは5%程度で、27%を占めるとされるのがダークマターだ。その存在は90年以上前から予想されているものの、光を発さず直接観測ができないという性質から、ダークマターとして総称されている。銀河の回転速度や重力の影響を受けて光が曲がって進む重力レンズという現象などの理解から、ダークマターは銀河を取り巻いて存在すると考えられているが、ダークマターの存在を確かづける観測事実はこれまで得られていなかった。WIMPは基本粒子のクォークが組み合わさってできている陽子の10倍から10万倍程度の質量があると考えられている素粒子で、光を発さず弱い力と重力のみが作用するとされる。これは素粒子物理学におけるクォーク・電子などの基本粒子と電磁気・弱い力・強い力の関わりを説明する標準模型という枠組みを超えるため新粒子候補であるほか、存在を仮定するとダークマターに基づく現象を自然に説明できることから、ダークマターの有力候補としても注目されていた。

 

halo gamma ray
ハロー状に光るガンマ線放射の強度マップ。観測されたガンマ線強度マップから、ハロー以外の成分を除去して表示されている。天の川銀河を中心とする銀河座標が示され、銀経は銀河面方向に測った経度、銀緯は銀河面から測った緯度を表している。銀緯±10 度の銀河面領域は、天体起源の放射を避けるために解析から除かれている(中央灰色のバー)。

 

 WIMPそのものはこれまで観測されていないが、WIMP同士がまれに衝突することで生じる他の粒子や衝突に由来するエネルギー放射(対消滅)時に観測されると考えられている放射現象を観測できれば、WIMPの実在が確からしくなり、ダークマターの正体であることが判明することになる。こうした背景から、ダークマターの密集が予想される天の川銀河の中心方向などの対象領域とし、WIMPの対消滅で生じる可能性が高いとされるガンマ線(X線よりも強いエネルギーをもつ宇宙線)の探索が進められていた。戸谷教授は、2008年に打ち上げられたフェルミ衛星の直近15年分のデータから観測された宇宙空間からのエネルギー放射様態をエネルギーの強さごとに分析し、ハロー領域に20 GeVのガンマ線が観測されていることを発見した(図)。20 GeV付近のエネルギー放射は陽子の約500倍の質量をもつWIMPの対消滅から予想されるエネルギー放射の特徴と一致した。20 GeV付近を除くとエネルギー放射は等しく弱く観測され、天体起源のガンマ線はエネルギーの強さを問わず比較的均等に放射されるという特徴があることから、際立って観測された20 GeVのエネルギー放射がWIMPに由来する放射である可能性が高いと考えられた。

 

 ガンマ線の観測では宇宙線や天体に基づくものも多く得られるため、戸谷教授は銀河の伸びる面に沿った領域からの放射を取り除いてできる限りダークマターに由来する放射のみを考慮し、ハロー領域に由来するエネルギー放射形状の特徴を分析している。しかし、今回得られたガンマ線がWIMP由来かどうかを確かめるためにはハロー中にある矮小銀河からのガンマ線の検出や他の研究者による独立な検証が必要となる。今回の発見がWIMPという標準模型に含まれない素粒子の新発見に加え、物理学における巨大な難問であり続けるダークマターの正体解明に向けた第一歩として研究が加速することが期待される。

 

論文情報

 Totani, T. (2025). 20 GeV halo-like excess of the Galactic diffuse emission and implications for dark matter annihilation. Journal of Cosmology and Astroparticle Physics, 2025(11), 080.
 DOI:10.1088/1475-7516/2025/11/080

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