インタビュー

2016年5月17日

選んだ選択肢の中で最大に楽しめ DeNA執行役員小林賢治さん後編

 前編では、様々な思想を相対化し自分とは異なる立場への想像力を得るために、人文学は大いに役立ちうるという話を聞いた。ビジネスの様々な意思決定の場面においても、そうした教養を持っていることで多様なオプションを考えることができるようになるということだった。

 後編では、ビジネスの内外における小林さんの生き方をどういった思想が貫いているのかに焦点を当てた。

 

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世の中に100%嫌なことなんて無い

 

――人文科学を学んでいる学生や、これから学ぼうかなと考えている1、2年生に対してなにか、ビジネスという観点からアドバイスはありますか。

 

 「これが得だからこの学科に行こう」とか、あまり思わない方がいいですね。別に情報理工学であろうが、経済学であろうが、法学であろうが、全ての学問において、優れた研究者の視野は広いと感じますし。トップクラスの研究者では、タコツボ化している人なんてあんまりいなくて、むしろめちゃくちゃ面白い人ばかりです。なので、自身が本当に面白いと思うものを選んだ方がいいと思いますね。

 

 ぼくはもともと楽器をやっていて、それで演奏というものに興味があって、「それを研究できる学科が東大にある、マジで!?」みたいな感じで美学藝術学に入った。その程度の話なんですよ(笑)。興味も無いのに就職に有利だからだとか、ナントカ研究室は楽だからとか、そういう理由で進学先を決めると楽しい大学生活にはならないと思います。

 

 でも、特に1、2年の頃は、自分がなにに興味あるのかわからないと思います。恥ずかしながら、ぼくも美学なんて存在すら知らなかった。食わず嫌いはやめといた方がいいです。ぼくが教養学部時代に真面目に受けてた授業はほんのわずかでしたが、いずれも面白かったんですよ。「へー、そんなのあるんだ」と思ってそれが後の考えに活きたりするので、選り好みすべきではない。

 

 そもそも、仕事始まったら選り好みとかしてらんないんですよ。「ぼくこのお客さん嫌いなんでとか、あの株主嫌いなんで」とかいうことはありえなくて、基本的に選べないんですよ。だから、状況に文句を言うよりも、どんな状況でも楽しめた方が得で、環境のせいにする暇があったら楽しむ方法を考えた方がいい。

 

――楽しいものを見つけるコツはありますか?

 

 楽しもうという意識を努力して持とうとはしています。これは仕事観とも通じているんですが、世の中に100%嫌なことって無いんですよ、そんなに。一方、100%楽しいってこともあんまりない。なにかある事象が目の前に現れたときに、「うわこれ嫌だな」と思うのと、「もしかして面白い側面があるんじゃないか」と思って取り組むので、全体の受け止め方が大きく変わっちゃいますよね。

 

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 例えばぼくの大学の先輩で、ライフネット生命の岩瀬さんという尊敬する方がいらっしゃるんですが、岩瀬さんがインターンの方に、名刺を打ち込んでおいてくれと言ったと。そしたら二週間後くらいに、「ぼくは名刺を打ち込みにインターンに来たわけじゃない」ってその子が辞めたいといってきたというのが一時期話題になってたんですよ。

 

 そこでぼくがまず感じたのは、企業の社長がもらう名刺なんてまず見られないんだっていうこと。すごい情報かもしれないんですよ、「えっ、こんなところにネットワークあるの?」とか。そう思ったら、楽しくて仕方ない仕事かもしれない。確かに作業自体は打ち込みばかりでつまらないだろうけど、でも、想像力を働かせたら、もしかしたらすごい仕事にできる、かもしれない。すごい営業のタネがあるかもしれない。これを、つまらない仕事やらせんなよって思ったら、その人の人生はつまらないですけど、「社長の名刺全部見れんの?マジで!?」と思えたら、楽しくなる。だから、何をやるにしても「もしかしたら何か得るものがあるんじゃないか」って思いながらやるのがいい。

 

 

小林さんが意思決定を最適化するためにしていること

 

――積極的に物事を楽しもうという努力をしているということですね。では、なにか計画から外れたり、ミスしたりしたときに、そのことについてどう思いますか。

 

 二つありますね。この間東大でやっていたベンチャーのカンファレンスで、ラグビー日本代表のエディヘッドコーチと一緒にやっていた中村さんというコーチが話していたんですが、日本代表が重視していた言葉の一つに「フォーカス・オン・ナウ」というものがあったそうなんですね。

 

 例えばなにかミスをしたとしましょう。ボールをポロって落としちゃったとか、スクラムが上手く組めなかったとか、それでマズイ状況になってしまったと。そのとき、「やっべー、なんで俺あんなことしちゃったんだろう」って思ってもしょうがないんですよ。なので、どうリカバリーするかしか考えない。これから先に実施できる変数だけ考えるんです。まずそうすると、くよくよしない。やっちゃったものはしょうがないんで、次に起こす行動で変えていくしかないんですよ。これからできることに集中すべきだっていう話が一つ。

 

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 とはいえそうすると開き直り人生みたいになるので、自分が誤りを起こすときの癖っていうのは認識しておいた方が良いです。ぼくはよく一年の終わりに個人的にやることがあって、「今年の意思決定はイケてたかイケてなかったか」ということを自分で振り返るんですね。

 

 意思決定において一番良いのは、「やろう」と思って、かつ成功したときですね。二番目は、「やろう」と思って、結果が外れたとき。一番悪いのは、「やったほうがいいかも」と思いながら、スルーしたやつですね。要は意思決定しなかったときのものです。自分がどういうときにサイコロを振るタイプなのか、まずそれをしっかり把握しておくこと。意思決定の結果としてうまくいくいかないという差が出たとしても、ソリューションそのものはその時その時で違ったはずなので、それ自体を振り返りから万能なシルバーブレットが出て来るわけでもない。

 

 でも、意思決定の“癖”は知っておくと良い。こういうとき自分は意思決定を見送りがちとか、こういうとき独善的になりがちとかっていうのをわかっていると、意思決定の大きな間違いは減らしていけると思うんですね。なのでそういった癖を認識する努力はしています。といっても年に一回ほどですが。

 

「その意思決定、悔やむ必要ありますか?」

 

――なるほど。それでは、これはもしかしてそうなのではと思ってお訊きするのですが、個人の意思決定においてミスをした際に、その状況を楽しむといったことはありますか?

 

 個人的な意思決定で「ミスった」という考えに至ることがあまりないんですよね。なぜなら、ミスったっていうのは、ミスらなかったという可能世界があって、そっちよりダメだと思ったってことですよね。いま選んだ選択肢より良いものは多分なかったんじゃないかくらいに思っておけば、「あー、俺意思決定ミスったなー」なんて一々思わないで済む気がします。

 

 例えば、ぼくは中高一貫校出身なんですけど、実は中学のときの受験で、第一志望には落ちているんですね。その時、なんで俺は第一志望に落ちたんだとかあんまり思わなくって、逆に、第二志望だったけどこの学校めちゃくちゃ良いじゃんってことに、進学してからから気づいたわけですよ。多分人生って殆どそういうもんじゃないかと思います。

 

――先ほどの「楽しんだ者勝ち」という話に通じるところがありますね。

 

 だって今の選択肢を取ったから得られたものたくさんあるでしょう。進学振分けで第一志望に落ちて、違う学科行ったとして、それで全てがおかしくなったかっていうと、そうではないでしょう。

 

――実は私も進学振分けのとき成績が55点くらいで、かつ留年もしていたんです。それでも自分の人生を、ニーチェのいう超人のように何周でもできますか?と問われたら、もちろんと答えます。

 

 でしょう?ぼくも大学院の時に留年しましたけど、留年したときになにやってたかっていったらオンラインゲームでサーバーを牛耳っていたんです(一同笑い)。

 

 でもそのときに、めちゃくちゃオンラインコミュニティーって面白いなって思って、それが今の仕事に多少なりとも活きているわけですよ。それって、「留年なんて悪だ!」っていう人生だと捉えていたら、「なんでこんな選択をしてしまったのか……」ってなると思うんだけど、それならそれで一流のオンラインゲーマーになろうじゃないかみたいな感じでやっていて、結果、数年越しで今に活きる面が出てきたといった感じですね。

 

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 小林さんの後半のお話を聞いていると、きっとこの「なんでも楽しむ」という姿勢も人文学を学ぶことで得られるものなのだろうと感じられた。様々な価値観を知っているからこそ、一見つらい出来事に対しても、「こういう楽しみ方があるじゃないか!」という風に捉え直すことが可能になるのだと。

 

 いまなら面接官の心無い質問に対しても胸を張って答えられる。人文学を学ぶことにしてよかった。

 

 そうして私は、就職し社会に出て頑張っている同期の皆を横目に、今日もまた大学に通うのであった。

 

(取材・文 千代田修平)

 

 

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