学術

2017年6月8日

【はじめての論文】武藤香織教授(医科学研究所) 卒論執筆は医者への怒りが原点

 臓器移植や遺伝性疾患など、医療に関する政策について研究を進める武藤香織教授(医科学研究所)。学部生時代は家族社会学のゼミに所属していたという教授に、初めて書いた「卒業論文」について話を聞いた。

 

98年医学系研究科国際保健学専攻単位取得満期退学。博士(保健学)。米ブラウン大学研究員などを経て、13年より現職。

 

 武藤教授は慶應義塾大学文学部に所属し、社会学を専攻していた。元々ジェンダーに関心があり「幼い頃から男女間の役割の違いに違和感を感じていました」。大学入学後に一般教養の講義で社会学を学んだ際に「自分の感じるもやもやを解決してくれる学問かもしれない」と思い、専攻を決めた。

 

 学業に励む一方で「実は当時バンドをやっていて、将来ミュージシャンを目指していたんです」。バントではキーボードを担当しており、重たいキーボードを背負って電車など街中を移動していた。転機になったのは大学3年次の夏。ある日急に、キーボードを持ち上げられず、上手く歩けなくなった。体調を崩した武藤教授は、病院を受診。しかし何度検査をしても原因は分からず、医師から詳しい説明を受けないまま、次第に精密な検査に移行。検査費がかさみ、心理的負担も大きくなっていった。

 

 「ある日勇気を出して担当医師に『先生は私を何の病気だと疑っているんですか』と聞いたんです。そしたら声を荒げて『悪性リンパ腫だよ!』と言われました」。大病と言われたショックや、患者に何の確認も取らず検査を進める医師への不満が募り、武藤教授は別の病院を受診。これまでの経緯を話して診察してもらったところ、悪性リンパ腫ではなくただの感染症で、放っておけばすぐ治る病気だと診断された。

 

 この一連の出来事にショックと怒りを感じた武藤教授は、大学3年次に研究テーマを「医療専門職論」に決定。治療について裁量が大きく認められ、報酬も高い医師という職業に就く人はどうあるべきかについてまとめた論文を書いた。「怒りは論文執筆のすさまじい原動力になりました。ただ、自分の経験が基なので、主観を挟まないで論文を書くのは本当に難しかったですね」

 

 社会学と医学で違いを感じるのは「社会学では多様な価値観が受け入れられるのに対し、医学は病気の治癒に最大の価値が置かれること」だと言う。延命治療の是非など「病気を治すのはもちろん大切ですが、病気が治れば幸せかは一概にいえません」。社会学で培った視点は、医療の分野で新しい観点を提示する点で役立っているという。

 論文執筆を控える学生に向けて「重要なのは切り捨てるべきところを選ぶこと」と武藤教授。「たくさんのことを書きたくなると思いますが、卒業論文で書ける範囲は限られます。自分が確実に明らかにできることを上手く選び取り、執筆を進めてほしいですね」

 

(分部麻里)

新連載「はじめての論文」では、論文の執筆を控えた学生に向けて、東大にゆかりのある大学教員が書いた卒業論文を紹介します。


 この記事は、2017年5月30日号に掲載した記事を再編集したものです。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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