インタビュー

2016年8月31日

8月、被爆地から考える平和 東大卒の広島県知事はオバマ大統領の訪問をどう見たか

 8月6日の「広島原爆の日」、9日の「長崎原爆の日」、15日の「終戦の日」―。日本の8月は戦争や平和に関する記念日が多い。今年の5月27日にはオバマ氏が米国の現職大統領として初めて被爆地・広島を訪問した。世界から国際平和への大きな一歩と捉えられた訪問が実現した一方、現在の世界はテロの多発などで動揺している。8月の終わりにあらためて平和について考えるべく、広島県出身、東大法学部を卒業し現在広島県知事を務める湯﨑英彦さんにオバマ大統領の訪問に対する考えなどを聞いた。

(取材・撮影 矢野祐佳)

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直に知らしめる原爆の実態

――オバマ大統領の広島訪問は、広島から国際平和を訴えることにどのような意義があったのでしょうか

 「核兵器の廃絶」という、私たちの最終目標を実現する土台作りのきっかけになったと思います。「核兵器はひどい、非人道的」とはよく言われていますよね。広島に来て原爆ドームを訪れたり被爆者の声を聞いたりすれば、核兵器が「なぜひどいのか」「どう非人道的なのか」を概念にとどまらず身をもって知ることができるんです。原爆を落とした当事国かつ現在も最大の核保有国である米国の現職大統領が広島に来て、原爆が現実に及ぼす影響をその目で見たことには非常に意味があります。

 

 米国の現職大統領という、ある意味世界で最も広島を訪れにくい立場の人が訪問したことも重要です。今後の米国大統領や政府高官、他の核保有国のトップが広島に来やすくなったでしょう。そのことが核兵器廃絶への推進力になると思います。

 

 世界で核政策に携わる人の多くは広島や長崎を訪れたことがなく、核兵器が現実にもたらす影響を知らないままに議論しています。「核兵器を何発使ったら相手の反撃能力を奪える」など、いわば「机上の空論」を繰り広げている。でも1発の原爆で広島・長崎が一変したように、核政策は「何発使ったら……」という次元の話ではないんです。核兵器を廃絶するには核政策に関わる人が意思決定をしなければならないので、特にそういう人たちには被爆地に足を運び核兵器の現実への影響を感じてほしいです。

 

――オバマ大統領の広島訪問で特に印象に残ったことは

 オバマ大統領が原爆投下当日の人々の生活を想起させる演説をしていたことです。「71年前の広島にも、子どもたちの笑顔や夫婦の温かな触れ合いがあっただろう……」と。オバマ大統領は「核兵器を何発使ったら国はどうなる」など概念上のことではなく、被爆地・広島に人間の姿を見いだしていました。この視点は核兵器の非人道性を考えることに直結します。原爆を落として実際に起こることに想像力を働かせ、現職大統領が公の場で人間側の視点から話をしたことは非常に大きいと思います。

 

Figure2

 

国際平和に向けて広島のリーダーシップ拡大を

――国際平和拠点としての今後の広島の展望・課題は

 国際平和に関して真っ先に意見を聞かれるような「国際平和拠点ひろしまの形成」を目指しています。被爆者は、実体験を語ることで人間に対する原爆の悲惨さや核兵器の非人道性を訴えるのに大きな役割を果たしてきました。でも原爆投下から71年たち、当時を直接知る人の数は少なくなりました。人間ですから、この先永遠に生きているわけでもありません。

 

 広島に生きる私たちは、これからは被爆者に頼り切らないで核兵器廃絶に向けて力を発揮する責務があります。過去の被爆者の体験をまとめて語り継ぐだけでは、実体験より影響力が落ちてしまう。広島から積極的に情報発信するなどして、被爆者と同じくらいの力で国際社会に核兵器廃絶を訴えられる方法を確立しないといけません。広島の推進力をさらに拡大することが必要です。

 

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米国で感じた日本との認識の差

――東大入学前や東大時代、原爆や被爆地・広島について考えていたことは

 特にきっかけというものはありませんが、広島に生まれ育つ中で「そもそも核兵器はあってはならないものだ」という考えが形成されました。広島で暮らしていると原爆の被害や被爆者の苦しみに接する機会が多いので、核兵器に対する否定的な見方は自然と生まれたんです。

 

 東大にいた時は特に広島をこうしたい、といった考えは持っていなかったです。年を重ねるにつれて故郷が気になっていった。広島が被爆者に頼り切らずに核兵器廃絶への推進力になる方法を考えるようになりました。

 

――米スタンフォード大学大学院を修了、高校時代にも1年米国に留学していますが、日本と米国で原爆投下への認識はどう異なっていましたか

 例えば広島と東京でも捉え方の深刻さなどが違うと思うんですが、米国との認識の違いはその延長上にあったと思います。私は広島の人間だから余計に米国との差異を感じました。

 

 日本では原爆を「恐ろしいもの」と考える人が多いと思うんですが、米国の人はただの「巨大な爆弾」「破壊力の強い兵器」くらいに考えていたようです。冷戦下の当時は「ソ連が核兵器を持っているのだから対抗するために米国も多く保有しないと」という考え方が強かったように思います。

 

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戦争は現実の世界で起こる

――今回のオバマ大統領訪問をきっかけに、国際平和について国際社会の牽引を志す東大生ら読者に考えてほしいことは何でしょうか

 戦争が現実の世界で起こる、ということを念頭に置いてほしいです。「核兵器を保有することでかえって核戦争が抑止される」という核抑止論は、今までの事象だけを考えれば確かにそう言えるかもしれません。でもその考え方は、核兵器が使われない未来を全く保証しないのです。

 

 事実、核兵器は冷戦下で何度も使われかけました。「使われても仕方ない国際情勢だった」という意見もあります。しかし、現在「世界を滅ぼしかねない」とまで言われている核兵器が実際に使用され、多くの人が犠牲になった時に「仕方ない」で片付けることはできるのでしょうか。「頭が良い」人ほど概念や可能性からものを考えがちですが、現実に目を向けてほしいですね。

 

 政治的決定をするのは政治家ですが、それを後押しするのは国民です。国民一人一人が「これでいいや」と思ったら、そこで止まってしまいます。原爆は被爆した人、しなかった人双方に多大な影響をもたらしました。核兵器の問題に関心が薄い人が多いですが、誰からも遠くなく、明日自分の身に降り掛かってもおかしくないです。多くの人が広島・長崎に足を運び、その目で原爆の被害を実感して核兵器の問題や平和について考えてくれるといいなと思います。

 


湯﨑 英彦(ゆざき・ひでひこ)さん (広島県知事)

 90年法学部卒、同年通商産業省(当時)入省。95年に米スタンフォード大学経営大学院修士課程修了。00年に通商産業省を退官、同年IT通信企業アッカ・ネットワークス(当時)を設立し代表取締役副社長に就任。09年広島県知事に就任、13年に再選を果たし現在2期目。

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