インタビュー

2021年7月16日

『大豆田とわ子と三人の元夫』佐野亜裕美プロデューサーが語るドラマ制作・前編

 

 6月15日に最終回が放送されたドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系、脚本・坂元裕二)は、放送後にSNSでトレンド入りし、インターネット上でもさまざまな考察記事が公開されるなどの反響を呼んだ。インタビュー前編では、作品のメッセージや制作時のエピソードについて、佐野亜裕美プロデューサーに聞いた。(取材・鈴木茉衣)

 

「ある事象の裏側では何が起こっているのか」を意識していました

 

──当初の構想では離婚を3回経験した男性弁護士が主人公だったそうですが、女性の社長とその3人の元夫の物語にしたことなどによって生まれた魅力はどのようなものだったと思いますか

 

 離婚を3回している男性が主人公のドラマを作っていないので、単純な比較はもちろんできないですし、それはそれで面白さがあると思います。社長であることについては、社長という仕事とプロデューサーという仕事はもちろん全然違うんですが、ある組織やグループのリーダーとして引っ張っていくという点では近いところがあると思っていて、プロデューサーとして自分自身が物語を作っていくときに、社長である主人公・とわ子を想像しやすかったんです。とわ子の感じる孤独や組織でどんな問題が起こりうるかなどを想像することで、新たに主人公や物語の奥行きや魅力が生まれたというのはありました。

 

──どの登場人物も何かしらうまくいかないところを持っている一方で、それが魅力でもあるという奥行きのあるキャラクターになっていますが、それぞれの登場人物の設定はどのように固めていったのでしょうか

 

 主人公を男性から女性に変えることになってからは、松(たか子)さんが演じるならどんな役がいいかという視点で坂元(裕二)さんと考えました。元夫3人も最初は誰もキャストを想定していないキャラクターを仮で作って。3番目の元夫が弁護士という設定だけは残ったんですが、他はパイロットだったり恋愛漫画家だったりと全然違いました。実際に役者さんが決まってから、その方々が今までどんな役柄を演じてこられたか、どういう時に魅力的に見えるか?ということを改めて考えて設定を決めましたね。その中で、役者さん本人が持っている素敵なところを坂元さんに伝えて、人物像に生かしてもらうこともしました。具体的には、控え室での雑談の内容や、親交がある場合はプライベートでどんな振る舞いをしているか、などのことです。登場人物の魅力には演じる上での技能も大きく関わってきますが、それにプラスされるのが、その人が本来持っているパーソナリティーだと思うからです。

 

 衣装などは、例えばレストランを経営している人の年収はいくらだ、弁護士はスーツを着ているだろう、といった今の社会におけるリアルな設定はそこまで気にせずに考えました。例えば岡田将生さん演じる中村慎森という人は弁護士なので、クライアントと会うときは一応スーツを着てはいたんですが、それ以外の時はスーツだと味気ないと感じ、セットアップのカジュアルなファッションにしてもらいました。さらに、すごく首が美しい人なのでタートルネックやハイネック、モックネックの服を着てもらって……という感じで、その人が持っている造形の美しさを生かすようにしました。      

 

──奥行きがあったのは人物像だけではなく、例えば社長という役割の人間についてや離婚の描き方など、多角的な表現がされていました

 

 そもそも人間も物事もすべては多面的なものだと思うので、何か一つの事象を書いた時のその裏側で何が起こっているのかについては意識していますし、おそらく坂元さんもそうだと思います。例えば社長には、社長としての孤独と仕事の喜びの両方が当然ありますよね。そのような社長の抱えるさまざまな側面を、とわ子自身が自分の内面を吐露するというよりは周りの言葉によってとわ子という人を浮かび上がらせていく手法で作ることで、いろいろな方向から描くようにしていました。人は本当に思っていることとは違うことを言うものだ、ということを生かした作劇をしている以上作り手として意図したまま伝わっていないと感じる時もたまにありますが、1回で伝わらないことも伝え方を変えて繰り返すことで伝われば、と思っています。

 

 離婚に関しても死ぬことに関しても、いろいろな人がいろいろな言い方で、かわいそうじゃないということを何度も形を変えて伝えています。女性で40歳でバツ3というと、この人は一体どんな魅力や欠点を持った人なんだろう、と興味を持ってもらえますし、設定の珍しさが強調されて見えますが、男性で1回離婚している人やそれ以外のどんな人に対しても本当は同じことが言えるわけじゃないですか。例えば「人生に失敗はあったって、失敗した人生なんてない」という言葉で、離婚という話題から人生における失敗全体へ広がりますよね。一つの小さな入り口からどこまで奥に、広く行けるか、ということを考えながら坂元さんが作っているんだろうな、とは感じます。

 

 

「いろいろな人が呪いから解放された世界」を描いていました

 

──ロマンチックコメディーとして、典型的な恋人との結婚や好きな人との恋愛だけではなく元夫との関係を描いたり、かごめのような人物が登場したり、最終話ではとわ子の母・つき子とその同性の恋人に関するエピソードが語られたりしました。人々のあり方や、他者との関係性について多様で自由に描いていると言える作品でしたが、大切にしていたのはどのようなことですか

 

 例えばヤングケアラーという言葉が広まることによって世間がそのような存在を知る……という風に、名前が付くことによって社会問題が可視化されるなどの良いこともあると思います。ただ、テレビドラマの作り手としては、人間自体も、人間と人間との関係も奥行きやグラデーションのある複雑なものだとも思うんです。だから人の在り方や、人間の関係性はそう簡単に名前がつけられて規定されるようなものではないんだということを大事にしています。

 

 例えばとわ子はシングルマザーなんですが、今の日本の社会の中で「シングルマザー」という言葉が持っているイメージと、私たちが作ろうとしているとわ子像には何となく乖離(かいり)があったんですよね。「女性社長」という言葉についても同じです。このドラマにおいては、そういった言葉によるラベリングは避けたいと考えて作ってはいました。

 

──同性の恋人との別れを経て結婚し、その後離婚したつき子、3回離婚したものの楽しく生きているとわ子、自分を対等に扱ってくれない彼氏との別れを選んだ唄、と母娘三代の女性の生き方が変化していました。女性の生き方を描く上でどのような意識があったのでしょうか

 

 難しいですね。根底にあるところで言うと、簡単に語れるものじゃないっていう思いはあります。このドラマにおけるメッセージって、言葉にするとすごく陳腐かもしれないけど、あえて簡単に言うと「自分の幸せは自分で決める」ということなんですよ。選択的夫婦別姓の問題もまた先送りにされてしまったように、女性が一人の個人として生きていきやすい社会になっていかないことで苦しい思いをしている人がたくさんいますよね。だから少しでもいろいろな人生や選択を肯定できるようなドラマになるといいな、と思っていました。

 

 とわ子は、母親は自分のせいで不幸だったんじゃないか、自分は生まれてきて良かったんだろうか、という呪いがかかったところからスタートしていると思うんです。でも母には愛し愛された人がちゃんといたんだと知れて、とわ子自身が解放されたところがあったと思います。それと同じように、いろいろな人にかかっている呪いや、社会から規定されてしまう息苦しさから解放された世界を描きたいな、ということですね。例えば、しろくまハウジングには車椅子の人がいたり外国の人がいたりするんですよね。もちろん、その中にもとわ子にすごく嫌な事を言ってくるおじさんもいたりするんですけど、それでもそこに対する立ち回り方としてこうあったらいいなということも描くことで、そうあってほしい世界を作ったつもりです。

 

──かごめの死が描かれたことにはご自身の身近な方の死のことと、新型コロナウイルスのことが影響しているとのことですが、新型コロナウイルス自体を描くことはしなかったのはなぜですか

 

 会社に企画書を出した時に、当時の部長から「女性で40歳でバツ3ってファンタジーやな」と言われたことがすごく印象に残っているんですが、そうやってファンタジーとして見られることを考えたときに、テレビドラマという現実とは違う世界を描くものの中に、辛い現実が侵食するのは今回のドラマにとって大事なことなのかな、と考えたんですよね。もっと夢のような、本当に楽しいものという完成形を目指したかったんです。現実から少し遠いところでありつつも普遍性がある、という世界観に持っていくのがこのドラマにとって得策でもあると思って、直接コロナを描くことはしないと決めました。コロナ禍の人間模様を描いたドラマにももちろんとても意義はあると思います。

 

──「今週のとわ子に何が起こったか」という形で、日常で起こる些細な事の積み重ねの中のいろいろな変化を描く作品でしたが、ダイナミックな物語というよりは日常での変化を描くということについてはどのように考えていましたか

 

 描きたいのは人と人との関係性なので、そこにそんなにダイナミックな物語が必要だと思っていないんですね。連続ドラマなので来週も見てもらうための工夫はするんですが、一番大切なのはキャラクターを愛してもらうことだからそこに注力したい、という思いがありました。

 

 加えて、最初からストーリーが分かっていても楽しく見られる、と証明したかった思いもあります。例えばこの前坂元さんが書かれた映画の『花束みたいな恋をした』も、冒頭の別れのシーンからスタートし、過去にさかのぼって別れにたどり着くまでの物語なんです。結末が分かっていてもちゃんと一緒にハラハラドキドキして、感情移入しながら見ていけるところが物語や映像作品の持つ面白さだと思っているんですよね。毎話冒頭にとわ子の一週間のダイジェストを入れることは初稿でいきなり書かれていたんですが、坂元さんの意図は分かるし、なるほどと思いました。

 

──ご自身の気に入っている場面や台詞についてお聞かせください

 

 坂元さんのいわゆる名言はもちろん素晴らしいなあと思っています。一番ストレートにグッときたのは、オダギリ(ジョー)さん演じる小鳥遊大史(たかなし・ひろし)さんが、「時間は線ではなくて、同時に存在していて、今だって死んだ人に会える、亡くなった人を不幸だと思ってはならない、生きている人は幸せを目指さなければならない」と語るところですね。いろいろなことを許してもらえた気持ちになりました。

 

 一方で、私は坂元さんの書かれるもので、例えば「お茶博士」とか、そんなに注目されないちょっとした小ネタも好きですし、その両面を持っているところが坂元さんの書かれるものの素敵なところだなと思っています。坂元さんは名言製造機みたいに言われがちですが、本人が苦心しているのはどちらかというと「お茶博士」みたいなところだと思います。

 

 それ以外ですごくうまくいったなと思うのは、9話ラストの、こうあったかもしれない田中八作と大豆田とわ子の未来のシーンです。ずっとそういうことをやってみたかったっていうのもありますし、すごく素敵なシーンになったなあと思っています。

 


佐野亜裕美(さの・あゆみ)さん

06年東大教養学部卒。TBSに入社後『99.9-刑事専門弁護士-』『カルテット』『この世界の片隅に』などのプロデューサーを務める。21年カンテレへ移籍し『大豆田とわ子と三人の元夫』を担当。

 

『大豆田とわ子と三人の元夫』佐野亜裕美プロデューサーが語るドラマ制作・後編

 

【記事修正】2021年7月17日20時8分 経歴に「東大」を追加しました。

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