インタビュー

2017年5月9日

「ねほりんぱほりん」プロデューサーと考える 人間の面白さと東大生の多様性

NHK公式ホームページより

 

 若者のテレビ離れが言われて久しい。ネットを日常的に使う私たちの間では、テレビ番組が共通の話題にあがることは少なく、テレビ自体を持たない学生も珍しくはない。SNSが最新のトレンドのカタログとして日々刷新され、かつて流行を牽引(けんいん)していたはずのテレビがSNSを追いかける。

 

 そうした状況下で、とりわけテレビをあまり見ない層の心をつかんだのが「ねほりんぱほりん」(水曜23:00 終)というEテレの番組だ。3月22日に最終回を迎えたが、番組終了を惜しむ声がSNS上でも多々見受けられた。「ねほりんぱほりん」はトーク番組でありながらも、画面に人が映ることはない。代わりに聞き手として登場するのは、モグラの人形にふんした山里亮太さんとYOUさん、顔出しNGのゲストは豚の人形として登場した。

 

 番組形式の斬新さもさることながら、多様なバックグラウンドを持つゲストも見どころだ。「地下アイドル」「プロ彼女」「元薬物中毒者」などをゲストに呼び、NHKのEテレという堅物なイメージとはかけ離れた下世話な質問も辞さない。面と向かっては聞けない裏話に、人形たちの軽妙な掛け合いとシュールな絵面も、若いネット世代にも人気が出た理由だろう。

 

 今回は「ねほりんぱほりん」のチーフプロデューサーで東大OBでもある大古滋久さんに学生時代の話から現在の仕事まで聞いた。

 

(取材・久野美菜子 撮影・分部麻里)

 

 

数学好きの少年時代、つまらなかった大学の数学

 

——広島で生まれ育ち、高校まで過ごされたと伺いました。広島ではどのような少年時代を送られたのですか?

 

 野球が大好きな少年でした。僕が小学3年生の時にカープが初優勝したんです。それはもううれしくて、小学生の頃は野球ばっかりやっていました。中学からは軟式テニス部に入り高校まで続けました。しかし高2の時に腰を痛めてしまい、部活ができなくなってしまったのが悔しくて。だから代わりに数学の先生になってテニス部の顧問としてインターハイを目指そうと思いました。「エースをねらえ!」の宗方仁みたいにね(笑)。

 

——数学がお好きだったのですか?

 

 数学が一番好きで、「大学への数学」をよく解いては送っていました。理Ⅰに入った当初は数学科を目指そうと思っていたくらいですから。ただ、大学の先生って教え方が下手でしょ(笑)? なんというか、黒板に向かってボソボソ言うばかりで、伝えようという意識が感じられない。「大学への数学」は面白かったのに、「大学での数学」は面白くなかった。路頭に迷った結果、潰しのききそうな機械工学科へ進んでものづくりを学ぼうと思い、工学部に進学しました。

 

——東大ではどのような学生生活だったのでしょうか?

 

 友達とお酒を飲むか麻雀を打つか、と言った毎日でした。あまり真面目な生徒ではなかったですが、これだと思う授業には必ず出ていました。駒場にいた頃は月曜1限に舛添要一元東京都知事が助教授として教鞭をとっていて、立ち見が出るほど人気のこの授業だけは二日酔いの日もしっかり出ていました。本郷では畑村洋太郎先生の加工技術の授業が面白くて、未だに記憶に残っています。

 

人生を変えたNHKスペシャル

 

——大古さんは工学系研究科の大学院まで進まれています。理系畑をずっと走ってこられて、どうしてNHKに就職しようと思われたのですか?

 

 もともとは神戸製鋼に入ろうと思っていました。リクルーターの方がいい人で、入社一日目にラグビーを見るような会社だったので自由にできそうだと。工場見学も二回行くほど本気でした。ただ、ちょうどその頃に「マルチサイトクラック〜老朽機は警告する〜」というNHKスペシャルを見て心が突き動かされました。

 

 かつて金属疲労で機体外壁が損壊し大きな穴が空いた事故(アロハ航空243便事故、1988年)がおこったのですが、これを深くわかりやすく伝えていたんです。これはいいものを見たなと。僕自身、大学院で「金属疲労の経年劣化損傷を超音波で検出する」という研究をしていたのですが、研究ってやたらと難しく専門的です。しかも論文の表現一つ一つが難解で、書く時も平易な表現をすると直されたりするので、どれだけの人に伝わるのだろうかと不満をもっていました。そんな時にわかりやすいNHKの番組を見て、「ジャーナリズムってアカデミズムの反対なんだ! 自分はアカデミズムと一般の人の架け橋になりたい」と強く思ったんです。

 

着地点は科学技術じゃない、人だ

 

——それではNHKに入局後は科学番組を主に作られたのですか?

 

 それがそうはいかなくて。最初は科学番組志望でしたが、地方に行くと好き嫌い関係なくなんでもやります。赴任先の広島では芸能番組の人たちに可愛がってもらって、中国地方の「のど自慢」はかなり関わりました。カープの番組、津田恒美さんとか衣笠祥雄さんのヒューマンドキュメンタリーも作りました。

 

——科学番組を作れない不満はなかったのですか?

 

 もともと人が好きだったので、楽しくやってました。学生時代も友達とわいわいするのが好きでしたから。

 

 東京に上がる時にファミリー番組部(現青少年教育番組部)に配属されました。それはNHKのぜい肉みたいなとこ、報道番組やドラマや歌番組や情報番組のように絶対に必要とされる部じゃないんです。でもそこで人を描く番組をたくさん作りました。そんなこんなで「科学番組は科学に着地するけど、自分は人に着地する番組が向いている」と思うようになりました。

 

——「ねほりんぱほりん」も顔出しなしという条件のもと、さまざまな人に焦点を当てていますね

 

 「ねほりんぱほりん」はもともと「ねほりんぱほりん 人間だもの」というタイトル案がでるほど人に焦点を当てた番組です。例えば保育士にも国会議員秘書にも地下アイドルにも人知れぬ苦労があったり、楽に生きてそうな人が実は影ですごく努力していたり。この番組を通して、いろんな人に思いをはせてほしい。そして人間の悲しさ、欲深さぜんぶひっくるめて「あ~人間って面白いな」と感じてほしいです。

 

脳天まで響かせたい

 

——番組を作る上で意識していることは何でしょうか?

 

 僕は証言ひとつ、インタビューひとつとっても、「脳天まで響かせたい」との思いを持っています。対極の例はヒーローインタビュー。「『今の感想を!』『サイコーです!』」なんて浅いやりとりは、大声が耳に響くけど実感するまでいかない。

 

——「脳天まで響く」とは具体的にどういうことでしょうか?

 

 例えば春風亭昇太さんから、「高座にあがるギリギリまで何の噺(はなし)をやるか決めてない」と聞きました。このすごさを脳天に響かせるために、ある日の昇太さんの思考過程をたどりました。昇太さんの得意ネタは30個、それをすべて書き出してもらい、そこからどう絞ったかを取材。季節、その地方でやってないもの、その日の他の人の演目が古典と新作どっちが多いか、などを考慮して三つに絞り最終的にざぶとんに座った瞬間に観客を見て年配向けの人情噺にしたそうです。ここまで聞いてやっと、噺を事前に決めないことの真意やすごさが伝わります。一つのことを響かせるのに、どこまで行けば響くのか追求し、響くものが描けるととても気持ちいいです。

 

——脳天まで響くものを描く秘訣は何かあるのですか?

 

 一番大事なのは想像力です。どうすればより深く伝わるか、この人をゲストに入れたらどんな化学反応が起きるかなど常に考えています。描き方も、過去を紐解くこともあれば、何かと対比させたり例えを使ったりと、場合に応じてより効果的なものを選んでいます。

 

東大生と多様性

 

 「ねほりんぱほりん」ではさまざまなバックグラウンドを持ったゲストを呼び、彼/彼女らの考え方や価値観、生き方を描いている。例えば、「ハイスペ婚」の回では、“東大卒以外は人間ではない”との考えのもと東大卒の男性との結婚を目標に生きてきた女性が登場した。他には「元薬物中毒者」や「プロ彼女」などが登場し、別の回ではかわいい豚の人形が「セフレがいます」と発言をする。さまざまなゲストの生き方や考え方に触れることで、疑いもしなかった自分の根底にある価値観にはっと気付かされるような番組だ。

 

 この番組が若者世代にも好意的に捉えられている理由として、説教臭さがないことが挙げられるだろう。モグラにふんした山里亮太さんとYOUさんはゲストに遠慮会釈なくずけずけ質問し、理解できない時ははっきり言う。

 

 それでも番組として良い悪いとか、こうすべきと示すことはない。視聴者は価値判断に縛られず感じるままに感じてほしいということだろう。番組の最後は「人間っておもしろい」というテロップで締めくくられる。大古さんは「人間の面白さと一口にいっても、どこに面白さを求めるかはひとそれぞれ。あとは視聴者の自由にまかせたい」と語った。

 

 近年、“面白さ”という点では東大生も負けず劣らずのようだ。東大生のユニークや発想の奇抜さを取り上げた番組を見かけることも多い。

 

 その一方で、東大生の多様性のなさを危惧する声もある。

 

 東大当局としても多様性を求め様々な取り組みを始めた。昨年度入試からは推薦入試も実施され、学部学生の多様性を促進するとしている。また今年4月から、女子学生の比率を上げるべく、一人暮らしの女子学生向けに月額3万円の家賃を補助する制度を導入する。

 

 「ねほりんぱほりん」のみならず、これまでテレビ制作を手がける上で常に人間の面白さを追求してきた大古さん。東大のOBとして、東大生の面白さと多様性についてどのように感じているのか。

 

——昨今「東大生の面白さ」を取り上げる番組を頻繁に見かける一方、東大生の多くは有名私立高校出身で裕福な家庭が多いなど多様性の欠如を指摘されることもあります。OBとして何か思うことはありますか?

 

 東大生について「東大生の多くは東京の有名私立高校出身で多様性がない」という分析は、1人1人をちゃんと知らずに頭で考えた意見ではないかと思います。「日本人って」とひとくくりにされるように「東大生は〇〇だ」と、総論で結論付けることはあまり良くない。僕は番組作りも100人いれば100通りの人生があるというスタンスでやってきたし、レッテルや先入観で人を描いたらいけないと思います。

 

——東大生は出身高校で偏見を持たれたり、東大生であることでレッテル貼りをされているということですか?

 

 そうですね。駒場の僕のクラスには灘高校出身がたくさんいたり、サークルには栄光学園高校出身者がたくさんいて「だから灘高は!」「栄光学園高校は世間知らずだから」とか言われることもありましたが、言う方にとってはレッテルで攻めるほうがつっこみとして楽なんですよね。そういう分析の方こそ「個性を見る力が欠如している多様性のない分析」なのではないかと思います。

 

 東大における有名私立高校出身者というレッテルと同様に、社会に出たら東大出身という大きなレッテルが貼られてしまいます。東大生はいずれ浴びるであろうその偏見に負けないで頑張ってほしいというのが切なる思いです。

 

——確かに高校を卒業した時点で多様な人材を求めるのにはどこかで限界があると思います。その一方で、エリートと呼ばれる層が似たようなコミュニティーに属していると閉鎖的、排他的になってしまうのではないかと感じます。

 

 東大生は賢さゆえに頭だけで考えて分かった気になりがちです。昔友達が言っていた人生単位ベクトル論の話をしましょう。2次元の世界に住んでいる人には3次元のことは分かりません。3つ目の単位ベクトルがないからです。同じように人生でも様々な世界や人の気持ちを理解するために1つ1つ単位ベクトルを身につけていく必要があります。目指すは多次元人間。僕は番組を制作することでたくさんの単位ベクトルを提供したいと思っています。

 

——多くの単位ベクトルを手に入れるには、勉強だけではだめだということでしょうか?

 

 勉強でもいくつかは見つけることはできるでしょう。しかし頭だけに頼らず、いろいろな経験をしてください。それはバイトなのか、酒を飲んで語り合うのか、親孝行か、旅か、映画100本見ることなのか。答えはありませんが、さまざまな単位ベクトルを手に入れてもらえればと思います。

 私たちは自分たちの均質性や類似性をいたずらに憂う必要もなければ、あるべき姿に無理に当てはめる必要もない。日々の生活を通して「人間っておもしろい」。そう感じることが、多様性の涵養につながるのかもしれない。

***

大古 滋久(おおこ しげひさ)さん
 91年工学系研究科修了後、NHKに入局。広島放送局、大阪放送局を経て、現在はNHK制作局チーフ・プロデューサーとして活躍する。「ねほりんぱほりん」の他、過去には「ディープピープル」、「Rの法則」など多数の番組を手掛けた。

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