「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」という言葉をご存知だろうか。
昨年の3月に行われた教養学部の卒業式(正式には「学位記伝達式」)で、当時学部長だった石井洋二郎先生が紹介し、ネットやテレビで話題になった。
この言葉がはじめて大きく取り上げられたのは、1964年のこと。今の東大生の親世代が生まれたころだ。当時の東大総長だった大河内一男先生が、卒業式の式辞で語った名セリフとして注目を集めた。
しかし、石井洋二郎先生によれば、このセリフにまつわる話は間違いだらけだという。大河内元総長のオリジナルのように言われているけど、実はイギリスの哲学者・J.S.ミルの言葉から引用したものだし、ミルは正確には「肥った、痩せた」という言葉は使っていなくて「満足な、不満足な」という言い方をしている。しかも驚くべきことに、このフレーズは式辞の原稿には書かれていたけれど、本番では読み飛ばされていて、「大河内総長が卒業式で語ったフレーズ」というのはマスコミが広めたデマだった、と。
石井洋二郎先生はこんな話を導入にして、晴れ着姿に身を包んだ教養学部の卒業生に穏やかな口調でこう伝えた。
健全な批判精神を持て、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証せよ。
何重にも媒介された情報をただ受動的に反復するのではなく、健全な批判精神を働かせて情報を吟味し、「自分だけの言葉」を語って欲しい。
その健全な批判精神こそが、君たちが卒業する「教養」学部に冠する「教養」の本質である。
僕もそのとき卒業した教養学部生の一人で、石井先生の式辞を思い出すと今でも背筋がピンと伸びる。
昨年9月、溺死した3歳の男の子を写した写真が、全世界を難民受け入れの論調に染め上げた。かと思えばそのたった数ヶ月後には、「フランスのテロの実行犯が難民を装ってヨーロッパに入った」と聞いて、多くの人が彼らにしかめっ面を投げかける。ヨーロッパに逃れた14万の人に、たった2人の「テロリスト」が混ざっていたという情報が、世界中に難民排斥のうねりを生み出すのだ。そこに、難民ひとりひとりの顔は見えない。
僕たちはついつい自分の目で見ること、直接話を聞いて確かめることを怠って、イメージに流されて生きてやいないだろうか。THE BLUE HEARTSなら「中身は無くても、イメージがあればいいよ」なんてうそぶくかもしれないけれど、それはそのイメージを超えて、もっと核心に近づきたいという思いの裏返しだ。「必ず一次情報に立ち返って、自分の頭で考える」こと。イメージに流されずに核心に迫るためには、石井先生の言う「健全な批判精神」を持ち続けなくてはならない。
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私たち東大新聞オンラインは、東大生や教授、卒業生のインタビューを通して、東大生が関心を持っていることを発信してきました。「東大の知をひらく」という標語には、「知りたいと思ったことを、実際に自分で聞きに(見に)行きたい。そしてそれを出来るだけフレッシュなままで発信したい」という思いが込められています。
石井洋二郎先生が言っていたように、ネット上には真偽の不確かな情報があふれています。だからこそ私たちは、自分の頭と足で一次情報にアクセスし、一人の学生としてそこで見聞きしたことを「自分だけの言葉で」発信していきたいと考えています。「東大生が運営する、東大の情報を伝えるサイト」という特性を活かし、あふれる情報や無根拠のイメージに左右されることなく、今後も東大の生の情報をお伝えしていきます。
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東大新聞オンライン編集長 須田英太郎