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2026年1月6日

東京大学新聞社理事長インタビュー 谷口将紀教授 デジタル社会の今、求められる価値

 

 今年6月に東京大学新聞社の理事長に就任した谷口将紀教授(東大公共政策大学院)「政治とメディア」を研究テーマとし、長年にわたり新聞社と共同で有権者調査や政治家調査にも取り組んでいる。谷口教授に、現在の政治動向や理事長就任への思いを聞いた。(取材・丹羽美貴、撮影・宇城謙人)

 

人々の不安に火がともる 政治環境の変化を踏まえて

 

──東大法学部に入学し、政治学の研究者を志したきっかけは

 

 私が東大に入学した1989年はリクルート事件の翌年。参議院選挙で自民党が議席数を大きく減らし、社会党が改選第1党になりました。ずっと続くかのように思われた自民党の政治も変わっていくんだな、と感じた出来事でした。また89年は冷戦終結の年でもあります。高校生の時まで、どちらかが核のボタンを押してしまえば人類が全滅するという状況でした。日本や世界でも既存の硬い枠組みが人の力で変わることを実感しました。

 

 もともと政治学を学ぶべく法学部に進学しました。さまざまな経験が積み重なって研究者になりたいという思いになりましたが、決め手は行政法の大家である塩野宏先生の演習に参加したことです。定年を前に前期教養課程の学生向けの演習を開いてくださり、懇親会の場でしみじみと「私は研究者になって後悔はない」とおっしゃっていたことが最後の決め手だったように思います。

 

──長年「政治とメディア」を専門とする谷口教授ですが、近年のSNSの発展に伴う既存メディアへの影響はどのようなものでしょうか

 

 SNSは世代によっては新聞以上によく使われるメディアになっています。SNSには新聞などを情報源とするものもあれば、一個人としての見解、意図的に真実を曲げた情報も隣り合わせで存在します。例えば、昨年の兵庫県知事選では中立を意識して新聞などが報道を控え、県民は知りたいけれど情報がない。そうした状況下をちょうどSNSのナラティブが埋めたわけです。

 

 これまでは新聞やテレビが政治家へのアクセス権をほぼ独占するゲートキーピングの役割を背負っていました。これまではテレビや新聞などのメディアがそこから情報を取捨選択して情報を伝える、という構造だったのです。しかし、今は政治家が直接情報を発信できるようになったことで、われわれを取り巻く情報環境は激変していると言えるでしょう。

 

──今年の参院選ではマスメディアが選挙期間中でも積極的にファクトチェック報道などを行いましたがその効果は

 

 特定の政党に対しても選挙期間中に積極的に報道したことは良いことだと思います。しかし、ファクトチェック記事を出したから偽情報が淘汰(とうた)されるほど単純な構造ではありません。支持者は自分にとって有利な情報を得ようとするので、自分の信じる情報が偽情報だと言われたとしてもそう簡単に受け入れることはできません。一人一人がきちんと情報のリテラシーを備えることが大切なように思いますね。

 

──近年、極端な政治的思想を打ち出す政党も目立っています。民主主義本来の「熟議」のプロセスは現代で実践されているのでしょうか

 

 急進的な訴えをそのまま政策に直接落とし込むと大変なことになってしまいます。しかし、そうした訴えは全く根拠のないものでもありません。

 

 外国人問題について考えてみると、日本のマナーに詳しくない外国人の振る舞いや日本で働く外国人との意思疎通に苦労する、といった漠然とした人々の不安は心の中にあったものの、どのように外国人に日本の文化を浸透させていくかという政策は後手に回っていたのが現状です。そうした現状へのメッセージがとがった形で出てきた、というように捉えることもできますね。訴え自体は急進的なものですが、人々の不安を集めた、という点に関しては政府や主要政党も向き合う必要があります。

 

 これまでは年金や医療保険といった自分の将来に対する不安への政策が重要視されてきたわけですが、物価高の影響からまずは今の生活自体を改善してほしい、という声が目立ってきました。急進的なものではありませんが、手取りを増やすという政策もここに由来します。

 

 

生成AIにどう向き合う 情報のリテラシーを

 

──生成AIで作成された偽動画なども選挙期間中に出回る事態となっています

 

 生成AIは毒にも薬にもなる存在ですね。上手く使用すれば下調べに有用です。他にも今はいない人や世代の意見を想像する時にも役立ち、これまでになかった政治が実現できる可能性があります。

 

 しかし、その一方で生成AIを用いて作られた精巧な偽動画なども流通しています。作成するだけではなく、それぞれの好みによってカスタマイズできるというのも特徴ですね。

 

──AI(人工知能)のリテラシーを高めることが急務ですが教育現場での活用可能性は

 

 例えば大学生にレポート課題を出す時の生成AIの使用方法については難しいところですよね。東大だと学生に課題を出すと生成AIを活用する学生も多いですが、そもそも生成AIの有効な活用方法を知らない学生も世の中にはいます。そうした学生の間には情報の格差が生まれてしまいます。教員から生成AIの正しい使用方法を伝え、学修することで情報の格差を埋められる可能性があるように感じています。

 

──AIに頼りっきりになってしまうと、自ら正しい情報を調べる姿勢が薄れてしまうように感じます

 

 AIに限らず、リテラシーをつけるということが重要なように思います。さまざまなリテラシーがありますが中でも重要なのは情報源を確認する癖をつけることだと思います。

 

 私の大学院生の研究テーマで興味深いなと思ったものがあります。ニュースプラットフォームの「Yahoo! ニュース」では各新聞社やブログなどから出稿されたものをほとんどそのまま掲載し、サイトの上部に情報源を掲載しています。実験をしてみたところ、人々はその情報源をほとんど気にしていないことが分かったのです。どこが情報源であろうとニュースプラットフォームのサイトに掲載されていたら真実だと信じる人が多いわけです。

 

 特定のニュースプラットフォームに載っているから、あるいはフォロワーの多いSNSアカウントが発信しているからといって情報を信じるのではなく、情報がもともとどこから出てきたのかを疑う癖をつけるのが重要だと思います。

 

 生まれた時からインターネット環境などが身近にある「デジタルネイティブ」と呼ばれる世代の人もまだ「デジタルリテラシーネイティブ」ではありません。情報リテラシーをつけて、私たちのすぐ横にもフェイクニュースがあることを常に意識する、という段階にはまだ達していないのかなと思いますね。

 

東大新聞社理事長に就任 今も昔も変わらないもの

 

──今年6月から東京大学新聞社の理事長に就任しました。理事長を打診された時の思いを聞かせてください

 

 あらあら、と思いましたね(笑)。忙しいけれど、長年親交のある前々理事長・宍戸常寿先生や前理事長・川出良枝先生のお願いであれば断れないな、と。

 

──谷口教授が学生時代の東大新聞のイメージを教えてください

 

 当時は週刊でしたので、今よりも新聞らしい新聞、というイメージでしたね。私は大学教員として東大の広報誌である『淡青』の創刊に携わりましたが、そうした広報誌の存在もなかった学生時代、学生が東大の今を知る媒体として重視していました。当時は大学院重点化が議論になった時代でしたので、東大の状況などを知るためによく図書館などで読んでいました。

 

──学生新聞ならではの強みは何でしょう

 

 失敗できることだと思います。取り返しの付かない失敗を除けば、学生のうちに失敗をしてそれもまた学生にとっては良い経験となるはずです。

 

 もう一つ、生成AIなどが発展してますます長い文章を書く機会が減った現代において、長い文章を書くことも大事だと思います。特に月刊化した2021年度以降、1人の記者が長い文章を書くことも増えてきました。しかも「人に読んでもらう」文章を書くのです。読者が義務ではなく自分の意志によって読む新聞において、読者に読んでもらう文章を書く能力というのはどのような将来の道に進むにしても非常に良い機会だと思います。

 

──SNSやインターネットが発展している現代、学生が取材し、紙の新聞を発行する意義をどう捉えていますか

 

 学生としてよく突っ込んで取材ができていると思っています。学生でもここまで書けるのだ、ということをアピールできる良い機会になると思います。今の学生の関心を教職員が知ることもできる媒体です。

 

 東大は大きな大学ですから、自分の学部や大学院の学生については把握できても他部局については知らないことも少なくありません。教員同士でも同じことが言えます。同じ大学にいてこんなにも面白いことをされている先生がいるのか、と東大新聞を通して知ることもあり、東大にいる大学関係者にとっての重要性は今も昔も変わることのないものだと思いますね。

 

谷口将紀(たにぐち・まさき)教授
(東京大学公共政策大学院)
93年東大法学部卒業。博士(法学)。東大大学院法学政治学研究科教授などを歴任。24年より現職。25年6月より東京大学新聞社理事長に就任。

 

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