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2021年3月31日

【金融スマートデータ研究センター研究報告書①】センター運営に携わった社員に聞く、産学共同研究の在り方

 国立情報学研究所(NII)と三井住友DSアセットマネジメント(SMDAM)が共同で設立した、金融スマートデータ研究センターが21年3月をもって、5年間にわたる共同研究を終了する。そこで、SMDAMの久米隆史執行役員・シンガポール現地法人社長、渡辺一男執行役員・クオンツCIO、池田佳弘運用部シニアマネージャーにセンター設立の経緯、共同研究のテーマ、成果の活用について聞いた。

*本連載記事は国立情報学研究所金融スマートデータ研究センターの依頼を受けて作成されています。

(取材・中井 健太)



左から、池田佳弘運用部シニアマネージャー、久米隆史執行役員・シンガポール現地法人社長、渡辺一男執行役員・クオンツCIO


──金融スマートデータ研究センターをNIIと共同で設立するに至った経緯をお聞かせください

久米 きっかけは14年度の若手による社内提言です。その中に、運用会社としてビッグデータの研究をスタートすべきだというものがありました。それを受けて共同研究先を探す中でNIIの喜連川優教授を知りました。

 

 NIIも当時は民間の運用会社との共同研究の実績がなかったのですが、三井住友アセットマネジメント(当時)の社長だった横山邦男氏の「運用会社も社会基盤であり、共同研究の成果は公にする」という思いがNIIと合致して共同研究を始めることになりました。

 

 具体的な準備が15年の7月から始まり、16年の2月にセンター設立の共同会見を行い、16年4月から本格的にセンターとしての活動を開始しました。

 

 当初は3年の計画でスタートしましたが、更なる研究成果とそれを実務に落とし込む為にもう少し時間が欲しいと考え、21年3月まで2年間 共同研究を延長しました。

 

──両者ともに初めての産学共同研究ということで、さまざまな苦労があったと思います

久米 研究を社会に生かすことを横山社長から強く言われていました。研究で得た知見はもちろん自社に取り入れますが、共同研究の成果は公表し社会貢献を目指しました。

 

 最初は、こちらが研究してほしい内容を提案しても、学術的な新規性との折り合いがつかずにもどかしい思いをすることも多かったです。しかし、共同研究を続ける中で、何を目指すべきか、研究の中から何を得るかが分かってきました。実務上のアウトプットが欲しいだけなら業者に外注すればよいのです。共同研究をすることの意義を社内で知見として共有できたことは非常に大きな意味を持ったと思っています。

 

──お三方それぞれが、どのようにセンターの設立・運営に関わっていたかお教えください

久米 私は16年の設立、その前の準備の段階から関わっています。こういう技術が必要というニーズでなく、提言から始まっているため、具体的なテーマを決めていく作業が必要でした。運用企画部の若手社員がテーマを選定し、そのテーマに基いて研究が始まりました。一度動き始めてからは共同研究全体の監督を行っていました。プロジェクトの進捗を管理しつつ、次のテーマを考えたり、研究が一段落したテーマの運用方法の検討を行っていました。

 

池田 私は1年目の途中から参加しました。主に、研究成果をどのように社内に実装するかを担っていました。論文の成果を実際に再現して、業務に応用できるシステムの構築までしなければいけないので結構大変なんですね。

 

渡辺 私は久米の後任で、本格的に関わり始めたのは最終年度でした。新しい運用プロダクトの開発、基礎的な研究や研究成果の公表という社会貢献は4年間しっかりやってきたと判断したので、最終年度に意識していたのは応用研究にこれまで以上に力を入れることでした。資産運用の分野では、これまで活用が難しいとされていたGPS位置情報、衛星画像、SNSの投稿などのオルタナティブデータをいかに活用するかで各社がしのぎを削っています。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、思うようにいかない部分もありましたが、オルタナティブデータの活用に関する研究などでも、結果は見えてきて、良いものに繋がるのではと感じています。

 

──具体的にどのような体制で共同研究を行っていたのでしょうか

久米 スタート段階では大きなテーマを二つほど選び、そのテーマの中でどのような研究をするのか、社内で担当を決めて教授陣と話し合っていました。教授とパートナーの職員は時期にもよりますが、原則週に1回くらいでやり取りをしていました。NII内にも当研究センター専用の部屋があり、必要があれば担当社員が赴いて議論をするなど密にコミュニケーションを取りつつ、研究を進めました。

 

渡辺 産学共同研究ということで、「産」には実務ニーズに近い応用研究をする人はいます。「学」における研究だと新規性が重視される。綿密なコミュニケーションを通して相互補完することができたのは大きなメリットだったと思っています。NIIとはいい協力関係を築けて大きな収穫を得られました。SMDAMからも、NIIのオフィスにはいかないものの、研究員という形で、手を動かしている社員は何人もいました。

 

久米 NII側から見ても、実務の現場で使われている世の中に出回っていないデータを研究に使えるので意義があったと思います。株式の取引に関する一般的な情報は入手できますが、当社の発注の方法、コスト、マーケットへの影響など、現実のデータは貴重なものです。

 

──今回のプロジェクトの研究成果はどのように活用されていくとお考えでしょうか

久米 広く一般的に、論文の形で成果が公表されているので、自由に活用してもらえたらと思います。当社内では具体的な実務への落とし込みとして、運用対象資産の選別や売買のタイミング等への利用を検証しています。

 

渡辺 私達の暮らしに証券市場は欠かせない存在となっています。その証券市場には必ず売り手と買い手がいます。市場価格が証券の価値と比べて安いと判断すれば買うし、高いと判断すれば売ることになります。つまり、一つの証券に対して、「売る」と「買う」という別々の判断をする人がいて成立しています。さまざまな人たちが、各自の情報を基に判断するので、こういうことが成り立つわけですね。

 

 今回の共同研究の結果はすべて公表されます。投資家が今回の研究成果を含め、さまざまなデータを基に、独自の視点で投資を行うことは重要です。多様な見方を有する投資家がいることで、公正な証券の価格形成、証券市場の市場効率性に繋がればと思っています。

 

池田 今回のテーマの中には、実現すれば実際の課題解決に繋がるようなインパクトの強いものもあります。例えば、佐藤真一教授の衛星画像の低解像度画像を高解像度並みに識別する技術。研究途中ですが、完成すればものすごいインパクトを与えます。宮尾祐介教授(東大情報理工学系研究科)の自然言語処理のアノテーション(注:特定のデータに対して、関連する情報を注釈として付加すること)を限りなく少ない労力で行う研究も、うまく使えれば画期的な技術になり得ます。

 

──研究の公開というところに重きを置いていますが、それはなぜでしょうか

久米 センター設立の準備段階から、NIIという公共機関と共同で研究する以上は公開する必要があると考えていました。社会貢献できることそれ自体が会社にとっての名誉です。

 

渡辺 研究成果を公表すれば、その活用に関して、同業他社と同じ土俵に立つことになります。しかし、成果を実務に落とし込むのは容易でなく、高い技術が必要です。共同研究を経て得たノウハウ、成果の活用という点では、我々が一歩先んじているところもあります。

 

──プロジェクトをどう評価されていますか

久米 最終年度は転勤してしまいましたが、12月のシンポジウムはウェブで参加し、充実した内容だったと感じました。

 

 最初は、我々実務家と研究者の考え方のギャップに戸惑ったこともありました。しかし、研究を続ける中で互いの強味をどう活かせるかという意識が高まっていきました。研究成果ももちろんですが、産学共同研究へのスタンスや考え方を知見として得られたことが非常に大きかったと思っています。

 

 それぞれの研究成果を社内のシステムや考え方に採用したこともありますし、研究や応用が完了していないとしても、どのような最先端の研究が行われているかを理解できたのも非常に大きな意味がありました。

 

池田 教授の方々と話す中で、研究は100発撃って2発実務で使えれば大成功だと言われていました。それで言うと私たちは10発ほど撃ったので、1発も当たらなくてもしょうがないと思っていました。しかし、今振り返ると3、4個は使えるものとして当たっているのではないかと思います。プロジェクトとしては大成功といえますね。我々だけでは絶対にできなかったことです。さまざまな知見を得てエキスパートとも知り合い、研究のやり方も学べた良い期間でした。

 

渡辺 さまざまな要素技術の研究がそれぞれの分野で進展しています。社内でどのようにプロダクトとして位置づけるかは各社同じ土俵に乗っています。今回の研究成果も含め、公開されている成果をどう組み合わせていくかがポイントです。

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