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2022年2月4日

東大前刺傷事件 メディア報道に求められるものは?

 

 1月15日の大学入学共通テスト1日目に農正門前で発生した刺傷事件に関しては、発生直後からさまざまなメディアで報道が行われた他、被害者や加害者に関する情報が駆け巡った。事件から約3週間がたったが、これからメディアに求められる姿勢は。そして私たちはこの事件をどのように受け止めれば良いのか。朝日新聞の元記者で、被害者報道などに詳しい河原理子さんに話を聞いた。(取材・中野快紀)

 

「聞きっぱなし」にしない報道を

 

──事件後には被害者の住む地域やジェンダーといった情報が報じられた。発生直後の報道をどう見るか

 

 報じられ方としては今の標準かなと思います。30年前なら被害者の実名が報道されたでしょう。事件発生当日の混乱している状況で「うちの子や友達なんじゃないか」と不安な人にとっては少しでも知りたい情報ですよね。もっと知りたい人もいるでしょうが我慢していただいて、まずはご本人たちが受けたであろう大きな傷の回復を優先しようという社会になったのだと思います。

 

 それから私がいつも気になるのは「命に別状はない」という言い方です。命はあってもなんともないわけではないので、なかなか対案は思いつかないんですけれども引っ掛かるところではありますね。

 

──事件発生直後の報道の中には、東大で試験を受ける受験生に直接声を聞いているものもあった

 

 突然あんな事件が起きて、何が何だか分からない受験生や、ひょっとしたら東大生もいるかもしれませんよね。例えば、いつどこで事件を知りどんな影響があったのかは、聞いてみないと、予想外の影響もあるかもしれません。そうした声を試験会場の周辺で確実に聞いて、記事で示すことは必要だと思います。急いで支援や対応を考える土台になります。

 

 とはいえ、受験生はただでさえ緊張しているはずで、試験に急ぐ人よりは帰り道の方がまだ、相手も話せるのではないかと思います。また、嫌なら断れるように聞くのが前提です。当日どうだったかは分かりませんが、例えば記者が立ちふさがったり追い掛けたりするのは、やってはいけないことだと思います。

 

 それから、追試の情報だけでなく心のケアの手掛かりになるような情報も併せて出していかないといけないですよね。2週間ほどたってからはそういった記事も目にするようになりましたが、そういう「聞きっぱなしにしない努力」が初期の報道では弱かったと思いました。

 

 

──事件の加害者についても、一部メディアでは生い立ちや人間関係など、過剰にも思える情報が報じられた

 

 背景を取材はすると思います。ただ少年法では事件を起こした少年が推知される報道は禁じられていて、大体の報道機関はそれを守ってきました。取材でつかんだことについても、報じる必要性と影響をはかりに掛けて考えます。一方で例えば目隠しをした少年の写真が週刊誌などに掲載されることがありますが、こうした写真については、それで何を伝えたいのか疑問に思います。「ここまでつかんでますよ」というアピールのように見えますし、写真を手掛かりに、少年の周辺にいる人が少年を特定して、それが広まる可能性はありますよね。

 

 それと今回のような大きな事件の場合、事件から間もない時期に加害者や被害者の詳細な報道が主に週刊誌に掲載されることがあります。関心に応える部分があってうのみにしがちですが、私は情報の一つとして頭の片隅に置く程度にしています。いかに取材力があるとしても直後に分かることは限られているんですよね。ある事件の関係者に事件の数年後にお会いした時に、週刊誌で報じられたイメージと全く違う人だったことがあります。自分もその報道でイメージを作っていたなと反省したので、非常に限られた範囲内での話だということは意識しています。

 

東大生は「当事者性」とどう向き合うか

 

 

──事件から約10日後には東大生らを巻き込んだカンニング事件が報道され、刺傷事件に関する報道が減ってしまったように思う。これにより被害者が忘れ去られたり、詳しい情報が明らかにならないまま加害者像が固定化されたりしてしまう恐れがあるのではないか

 

 私も同じように思います。加害少年には自分を見つめ直して、自分がしてしまったことの影響を知ってほしいと思いますが、いずれにせよ時間のかかる話です。以前少年院を取材したとき「少年審判で見えていなかったことが少年院で付き合っていく中で見えてくることがある」と聞いたことがあります。報道には、事件直後だけでなく、息長くフォローしてほしいと思いますね。

 

 例えば昨年京王線の車内で起きた刺傷事件の加害者はその服装から『バットマン』のジョーカーと呼ばれて、ダークヒーローみたいなイメージが醸し出されましたが、そういうふうにカリカチュアライズして扱うのではなく、等身大に見ていかなければなりません。迂遠(うえん)な作業かもしれませんが、そのために必要な情報を淡々と報じていくことがこの先も必要です。

 

──今後、事件や被害者の報道に関してメディアに求められるものは

 

 被害に遭われた方たちのことを早々と忘れてしまうことが気掛かりです。ご本人たちは現時点では皆に早く忘れてほしいと思っているかもしれないですが……。加害少年はいずれ自分のしてしまったことが人の人生にどれだけ大きな影響を与えたかを知らなければいけないわけですよね。それは社会が共有するべきことだとも思います。今後の刑事手続きがどう進むか分かりませんが、場合によっては被害者側が受けたダメージについて主張する場は社会が共有できるところにないかもしれない。

 

 このように、突然被害に遭った方やご家族がこの先、何を必要とし、それが十分なされているのかということを含めて、誰かが無理のない時期にフォローしてほしいと思います。また、いわゆる直接の被害者だけではなくたくさんの人たちが事件の影響を受けているわけで、何ができるのかについても考えてみてほしいですね。

 

──報道からは「東大にこだわり、人生に絶望して犯行に及んだ」という加害者像が伝わってきて、進学校を経て東大に入学した記者自身もどこかで当事者性を感じずにはいられなかった。同じように感じた東大生も少なくないのではないか

 

 当事者性を感じて情報のありようを見直すことはすごく大切だと思いますし、直接の被害者でも加害者でもないけれども東大生が報道やSNS、それに対する反応を見て心が揺れたり「なんでこんなことを言われないといけないんだ」と思ったりするのは当然です。コロナ禍では集まって話すことも難しいので、友達同士でちょっと不安な気持ちを話したり「東大東大って言われて嫌だよね」といったことを共有したりすることのできる環境がどのくらい確保されているのか気になります。

 

 こういう事件の後は東大や理IIIに在学している、目指しているというだけでステレオタイプなイメージがどんどん膨らんでいくところがあって、しかもそこには有効な反論ってしにくいですよね。今回はたまたま東大生が当事者性を感じたわけですが、自分たちもそうした属性によってイメージを作ってしまうことはありますよね。限られた情報を手掛かりに想像すること自体は日常的な営みですが、それは知るための最初の一歩に過ぎません。

 

 特にネット上では短くて強い言葉が交わされるので、単純化に拍車が掛かるところがあるのかなという気がします。そこから例えばモヤモヤしている東大生はどうやったら離れることができるのか、自分を解き放つことができるのかということに対するアイデアが必要ですね。

 

河原理子(かわはら・みちこ) さん
(ジャーナリスト)

 83年東大文学部卒業後、朝日新聞社に入社。社会部記者、甲府総局長、編集委員などを歴任した。著書に『犯罪被害者 いま人権を考える』(平凡社新書)など。東大大学院情報学環特任教授も務める。

 


 

 この記事に関するご意見・ご感想を、ページ下の「この記事に関するご意見・ご感想」フォームまで是非お寄せください。また、事件を受けて悩んだり、不安に感じたりしたことがある方は一人で悩まずに、家族や友達、相談機関などに相談してください。東大内部の相談機関については「相談支援研究開発センター」のウェブサイトから確認することができます。東京大学新聞社では現在、事件発生当日にヘリコプターによる空撮を行ったり、受験生に直接取材をしたりした報道機関数社に経緯や当日の様子などを取材中です。

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