インタビュー

2022年10月3日

【前編】学問の神様、だけじゃない。 太宰府天満宮で楽しむアート

 

 太宰府天満宮といえば「学問の神様」菅原道真公を祭る神社として有名だが、実は道真公は「文化の神様」でもあると知っているだろうか。これにちなみ境内には現代アート作品が飾られたり、アートワークショップが開催されたりと芸術も楽しめる場にもなっている。この文化芸術事業を主導しているのが太宰府天満宮宮司の西高辻信宏さん。東大文学部出身でもある西高辻さんに学業成就祈願の場としての太宰府天満宮の実態や、文化芸術事業の目的、東大在学時の思い出を聞いた。(取材・葉いずみ)

 

「学問の神様」としての太宰府天満宮

 

──宮司として日頃どんな仕事をしていますか

 

 祭典に関する奉仕が主です。年間60〜70ある主要な祭典で祭主を務めることが最も大事なことになります。その他にも太宰府天満宮の維持管理などの運営責任者も務めています。

 

──太宰府天満宮に訪れる人のうち、受験生やその家族はどれくらいの割合を占めますか

 

 参拝者に占める受験生の正確な割合を出すのは難しいですが、御祈願をなさる方の約半数が受験・学業関係の願い事をされています。御祈願とは、御本殿に上がり願い事を御祭神である菅原道真公にお伝えしておはらいを受け、お守りとお札をいただくことです。

 

━━学業成就祈願のために開催する催しはありますか

 

 道真公が877年の10月18日に当時学者の最高位であった文章博士(もんじょうはかせ)という役職に就いたことから、10月を「特別受験合格祈願大祭」期間としています。期間中は楼門(ろうもん)と呼ばれる門を、鯉(こい)の意匠と龍のねぶたで装飾します。これは険しい登龍門を登りきった鯉が龍に変身する故事にちなみ、受験生が難関を突破できるよう願いを込めています。御本殿の中を装飾する御帳という絹織物も、期間中は同じく登龍門の意匠のものに掛け替えます。ねぶたと御帳は、福岡出身の人形師・中村弘峰さんに2021年に新たにデザインしていただきました。

 

御本殿内の御帳(画像は太宰府天満宮提供)
御帳の鯉の意匠(画像は太宰府天満宮提供)
御帳の龍の意匠(画像は太宰府天満宮提供)

 

──学業成就を祈願しに来る人がご利益を受けるために注意すべきことは何ですか

 

 心を込めてお祈りをすることが一番だと思います。受験に向けて日々勉強を続け学力を高めることが基礎となりますが、それでも本番で自分の力を全て発揮することは簡単ではありません。御祈願を受けたりお守りを持ったりすることで、道真公のお力もいただきながら実力を全て発揮できるのだと思います。

 

太宰府と共に作られるアートを楽しむ

 

──「太宰府天満宮アートプログラム」などの文化芸術事業も行っています。事業の詳細を教えてください

 

 06年から「太宰府天満宮アートプログラム」を開催しています。太宰府での取材を元にアーティストが作った作品を境内に展示し、未来の宝物として収蔵するプログラムです。アーティストに太宰府を訪れていただき、祭典や神事への参列、対話などを通じて神道と太宰府天満宮の歴史を体感した上で、それを表現してもらっています。現在11回目でミカ・タジマさんというアーティストとのプログラムを10月10日まで行っています。

 

 同じく06年から実施しているのが「アジア代表日本」という市民参加型アートプロジェクトです。「アート×スポーツ=コミュニケーション」と捉え、4年に1度FIFAワールドカップの年に開催しています。ワールドカップに出場する際、日本は予選を勝ち抜いたアジア代表であることと、アジアからの玄関口としての太宰府の役割にちなみ、アジアを意識しつつ世界を見渡せる作品をワークショップ形式で作ります。06年には、オマーンならラクダを船首に付けたもの、ゼロの概念を発明したインドなら「0」のモチーフを載せたものというように、アジア各国を象徴する36の舟を作りました。

 

06 年「アジア代表日本」で作られたアジア各国を象徴する舟(画像は太宰府天満宮提供)

 

──事業を始めたきっかけと目的は

 

 一つは太宰府天満宮と文化芸術との深い関連があります。一般に神社とは古来、絵画書画など当時の最先端の文物が奉納され、文化と結びつきが強い場所です。さらに道真公は「学問の神様」のほか「文化の神様」としても古くから崇(あが)められています。道真公は和歌と漢詩に精通され、当時の文化の最先端を担い、また日本だけでなく中国文化にも通じ、世間に先駆けた国際的視点も持っていたからです。文化芸術の擁護者である道真公の役割を継承し、芸術の魅力を広く世間に伝えることを事業の目的にしています。

 

 隣接する九州国立博物館と太宰府天満宮の関係も重要です。九州に由来する文物が関東・関西へ流出していることへの問題意識から、それらを保存公開するための国立博物館設立計画を明治以降、太宰府天満宮の宮司が主導しました。戦争で計画は一時頓挫しましたが、1971年に境内の敷地約5万坪を無償で県に寄付することで誘致運動が再開し、2005年に開館が実現したのです。

 

 私が太宰府に戻ったのはこの年でしたが、地域の方々にはまだ九州国立博物館が身近なものでないと感じていました。そんな中、アーティスト・日比野克彦さんの市民と協働で展覧会を作るワークショップを知りました。太宰府でも地域の方々と協働して作品を作り、博物館も巻き込んで共に活動すれば、博物館を身近に感じられるのではないかと考えたのが「アジア代表日本」実施のきっかけです。参加者の中にはその後もワークショップ運営を手伝ってくれたり、NPO法人を立ち上げアートに関する活動をしたり、境内で展覧会を企画したりする方がいて、つながりや広がりが生まれています。

 

──アートのプロではない神社職員らと協力してアートプログラムなどを運営しています。神社職員が運営するからこそのメリットは何ですか

 

 運営を外部委託せず職員と協働することで、最終的に自分たちだけでさまざまな取り組みに柔軟に対応でき、参拝者やアーティストなどみんなにとってより良いものを作れるというメリットがあります。

 

 またワークショップなどの運営を通じて地域の人と職員が直接交流するので、職員一人一人の視野が広がります。人間関係も多様化し、太宰府天満宮へ人が人を呼ぶ好循環もできています。

 

 

西高辻 信宏(にしたかつじ・ のぶひろ)さん(太宰府天満宮宮司) 03年東大文学部卒。國學院大學大学院修了後、05年より太宰府天満宮に奉職を経て、19年より現職。

 

【インタビュー後編へ続く】

【後編】学問の神様、だけじゃない。 太宰府天満宮で楽しむアート

 

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