GRADUATE

2024年3月1日

世の中の本質へ迫る「長文」での報道こそが雑誌の真髄 【文藝春秋編集長 鈴木康介さんインタビュー】

 

 

 月刊誌『文藝春秋』編集長の鈴木康介さんは、95年に東大教養学部を卒業後、文藝春秋で雑誌記者と してさまざまな事件記事に携わってきた。約30年間雑誌メディアで働き、ウェブメディアの台頭など情報環境の激変を体感する中で、雑誌特有の長文での報道にこそ意義があると気付いたという。雑誌記者の仕事のリアルや就職活動での経験、雑誌メディア特有の魅力に迫る(写真後方は文藝春秋創業者・菊池寛の胸像)。(取材・葉いずみ)

 

鈴木康介さん顔写真
鈴木康介(すずき・こうすけ)さん 95年東大教養学部卒。同年に文藝春秋に入社。23年7月より『文藝春秋』編集長。

 

偶然出会った仕事を「もの」にできるか

 

──1995年に文藝春秋に入社しました

 

 週刊誌で3年、月刊誌で5年、再び週刊誌で3年、月刊誌で5年と入社以来雑誌の仕事を続けてきました。取材をする人を「アシ」、取材を基に原稿を書く人を「書き」と呼ぶのですが、週刊誌の若手時代はまず「アシ」として現場でさまざまな人に取材をし「書き」を担当する5年目前後の先輩をサポートしました。

 

 月刊誌『文藝春秋』でも取材と記事執筆が主な仕事です。『文藝春秋』では政治家や企業の社長など多様な人の文章を掲載しますが、文章自体を寄稿してもらうことは実は少なく、基本的には編集部員が取材・執筆しています。1人当たり月2、3本の記事を担当し、記事の長さは約1万字と長いため、文章構成力を身に付けるまでは四苦八苦の日々で、数年かかりました。

 

──23年7月に『文藝春秋』の編集長に就任しました

 

 編集長の仕事は、編集部員の頃とはかなり変わりました。一番重要な仕事は、毎号雑誌全体のテーマおよび、それに基づく記事のラインナップを決定することです。その時々の注目の話題や普遍的に読まれる話題を考え、雑誌に取り込みます。月20〜25本の記事が掲載されるため、30本以上の候補を他の編集部員と相談しながら考え、編集長として最終決定しています。

 

編集部にて打ち合わせをしている鈴木さん(画像中央・画像は鈴木さん提供)
編集部にて打ち合わせをしている鈴木さん(画像中央・画像は鈴木さん提供)

 

──これまで担当した印象的な仕事を教えてください

 

 皇室関係の記事を多く書いてきました。きっかけは、2004年に皇太子さま(当時、現天皇陛下)が会見で、宮内庁内で雅子さまの人格を否定する動きがあると指摘した「人格否定発言」事件です。当時、週刊誌のチームでこの件を取材し、以来皇室関係の記事を書くようになりました。皇族は、居住・職業選択の自由や発言の自由といった基本的人権の保障を受けない方々です。こうした方が、どのように暮らし何に悩んでいるのかが世間に明らかになった、恐らく最初の出来事が「人格否定発言」でした。そして、この問題は小室圭さんと眞子さんの結婚を巡る問題にも関わっているわけですね。眞子さんもやはり自身の生まれた環境に疑問を持ち、その意識が小室さんとの結婚の根幹にあったと思います。取材執筆を通して皇室内のこうした問題が分かり、記事の反響も大きかったです。

 

 ただ、皇室というテーマは元々興味があったわけではなかったので、やりがいのあるテーマとの出会いは非常に幸運でした。仕事は自分が全て選べるわけではないので、偶然出会った仕事を自分の「もの」にできるかどうかが大事だと感じます。

 

 編集長就任後の約半年間にも印象的な仕事はいろいろありましたね。あえて言うとしたら、昨年の『文藝春秋』12月号に掲載された匿名グループによる記事「日本の危機の本質」です。記事の内容は、現在の高齢者は社会保障で保護されている一方、その負担が若い人に偏っており彼らが将来困るのは明らかだから、高齢者はもっと負担しなければならないという提言で、雑誌の主な読者である高齢者の方に耳の痛い内容でした。そのため反発も懸念していたのですが、実際には読者に受け入れられ、昨年最も読まれた記事の一つになったのでうれしかったです。

 

──記者の仕事で大切にしている習慣はありますか

 

 若手の頃、編集長から「君、原稿を書き始めるのが早いよ、考えてから書いているかい?」と言われたことがありました。というのも、私はワープロで書き始めた最初の世代で、原稿用紙の執筆よりも文章の修正がしやすいため、記事全体の構成を考えることなく、まず文章を打ち込んでいたんですね。でも、こうした構成を意識しない書き方では、読者に読んでもらう原稿は書けない。以来「書く前に考える」ことを意識するようになり、記事全体の構成を決めるのが8割、それを文章化するのが2割ほどで労力を配分するよう部下にも教えています。

 

 あと、取材時に「馬鹿な質問をあえてする」技もあります。記者は質問内容を勉強した上で取材に臨みますが、勉強したと相手に伝わる質問ばかりすると、取材相手には好かれる一方で、基本的に素人であるはずの記者が質問することの意義がなくなってしまう。そこで、ちゃんとした質問の中に変化球的に「馬鹿な質問」を混ぜて、予定調和を崩すことで、より良い話を引き出せるんですね。実際、僕が経済学者の竹中平蔵さんへの取材の際、馬鹿な質問をしたんですよ。すると、そんなことも分かっていないのかと、竹中さんが少し慌てて一所懸命説明して下さって、それがとてもいい話だったことがありました。

 

「長い原稿を面白く伝える」文藝春秋の挑戦

 

──22年に創刊100周年を迎えた『文藝春秋』ですが、デジタルが主流化する中で編集方針に変化はありますか

 

 やはり紙媒体の売上が落ちているため、デジタル媒体の収益化に力を入れています。創刊100年の節目にサブスクスクリプション型のデジタルメディア「文藝春秋電子版」がスタートし、雑誌掲載記事の全文に加えて、電子版オリジナル記事を読むことができます。

 

 ここで課題となるのが、『文藝春秋』で扱う長い文章をデジタルでいかに読んでもらうかです。効率重視の現代において、多くの人が長い文章を読めなくなっています。そこで、記事の章はなるべく分けるなど、読みやすい工夫を心掛けています。

 

 一方、短いネット記事では伝えられない、長い文章だからこそ伝えられる情報もあると我々は考えます。情報は人の判断や考え方を決定しますが、短く断片的な情報のみ摂取する人と、長い文章の深い情報を読んでいる人とでは、判断や考え方がかなり異なるものになると思います。我々の長い記事には、知的好奇心に訴えるだけでなく、それを読むメリットもあると読者の方に伝えたいです。

 

 例えば、今年の『文藝春秋』2月号で連載開始した、前駐中国大使の垂秀夫(たるみひでお)さんの「駐中国大使、かく戦えり」という回顧録は15ページほどと長いですが、約40年中国で仕事をした垂さんだからこそ説明できる、現在の習近平政治の特徴が非常によく分かります。短い分量ではとても報じられない情報を、楽しみながら読んでもらえる努力をしながら「長い原稿を面白く伝える」ことが令和の『文藝春秋』のチャレンジですね。

 

──電子版導入後の手応えは

 

 従来の雑誌読者は年齢層が高い方が中心で、それ以外の読者を獲得しづらかったのですが、電子版では異なる関心を持った比較的若い読者が登録している印象です。電子版でよく読まれている記事は、ロシアの軍事研究が専門の小泉悠さんによるウクライナ戦争分析記事や、映画『君たちはどう生きるか』作画監督の本田雄(ほんだたけし)さんのインタビュー記事、またジャーナリストの秋山千佳さんが家庭や学校での男児への性被害に迫った連載「ルポ男児の性被害」など。他媒体では読めない記事を求めている方が多いようです。

 

『文藝春秋』のバックナンバー(画像は鈴木さん提供)
『文藝春秋』のバックナンバー(画像は鈴木さん提供)

 

政治・経済も、芸能・スポーツも等しく

 

──入社までの就活の経緯を教えてください

 

 後期課程では教養学部の表象文化論コースに所属し、ジョン・カサヴェテス監督の映画『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』について卒論を書きました。そのため、就活開始の4年生時点では映画業界に興味がありました。ただ、昔ほど会社が映画を作っていない時代で、テレビ局も受けましたが受からず、大学院進学も考えましたが自分には合わないな、などとかなり迷いながら就職浪人をしました。2年目では業界を広げ、新聞社や出版社も受けてこの会社に採用されました。こうした流れなので、大学時代に元々出版業界を意識していたわけではありませんでした。

 

──入社後、記者の仕事に戸惑いはありませんでしたか

 

 幸い、それはなかったですね。振り返れば自分は高校時代に新聞部に所属していて元々記者職に興味があり、人と会って話を聞くこともかなり好きでした。そのため、入社後すぐにオウム真理教の教団施設がある上九一色(かみくいしき)村(当時、現甲府市・富士河口湖町)など、全国へ取材に行きましたが、そうした仕事に戸惑いを覚えることなく、この会社に入って良かったなとすぐに思いました。

 

──取材に基づく文章メディアには新聞などもありますが、雑誌特有の特徴は何だと考えますか

 

 僕が就活生の時、当時文藝春秋の社長だった田中健五さんが、入社案内か何かに「雑誌で働く人には、『政治・経済が一流、芸能・文化・スポーツは二流』と記事ジャンルに優劣をつけることはせず、どのジャンルも等しく重要視することが必要」と書かれていました。このように、一般の人の好奇心の目線に立って、あらゆる事柄を取り上げる価値観が、雑誌の特徴だと思いますね。ちなみに、先ほどの田中さんの言葉を読んで、この会社が良いなと感じたことを覚えています。

 

 

──文藝春秋に最近入社する人の主な関心は何ですか

 

 文芸部門での作家さんとの仕事に興味のある方が多いですね。ただ、文芸志望であっても雑誌記者を経験した方が、編集者としての仕事の幅も広がると考えます。なぜなら、編集者は原稿を読むだけでなく、作家が興味のある執筆テーマの調査補助も行うからです。作家が税務署を作品の舞台にしたいとき、税務署に勤めていた人を探して紹介してあげるとか。その際、記者として取材する中で得た人脈や知識を生かせるはずです。

 

 また、例えば取材で新興宗教の信者に会うことで、入信することになった理由にある厳しい経済状況や家族の事情を知ることがあります。取材を通して直接実感する格差などの社会状況は、どうしても世間が狭い学生では実感しづらいことなので、見聞を広げる記者の仕事は編集者としてもきっと役立つと思いますね。

 

──学生時代にしておけばよかったことはありますか

 

 留学して外国語に堪能になっておければよかったと思いますね。英語か中国語ができれば、取材先が何十倍にも増えますから。通訳さんを挟んだ海外の方の取材もありますが、取材自体のやりづらさに加えて、気軽な雑談を通じて相手と親しくなり情報源を増やすことができず、歯がゆさを覚えます。

 

──最後に就活生にメッセージを

 

 自身の性質を突き詰めて考え、自分に合った職業を見つけてほしいです。コンサルなど最近の学生に人気の職業はありますが、だからといって全員に合っているかどうかは疑問に感じます。流行りに流されず、向き不向きをよく考えた上で職業選択ができると良いですね。

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