
2015年公開の映画『帰ってきたヒトラー』は、現代にタイムスリップしたヒトラーが、巧みな人心掌握術を武器に急速に支持を広げていく物語だ。コメディータッチで描かれているものの、俳優が演じるヒトラーと実際の市民との会話の一部はノンフィクションで、ドイツ社会の生の反応が垣間見える。現代によみがえったヒトラーは、いかにして再び民衆の支持を集めたのか。東大法学部卒業後に参議院議員、厚生労働大臣、東京都知事などを歴任した舛添要一氏に寄稿を依頼した。劇中のヒトラーの大衆扇動の手法を考察しながら、現代民主主義を再考する。(寄稿)
ヒトラーが現代にタイムスリップして来るという映画であるが、ヒトラー時代と今とが二重写しになって、民主主義の問題点について考える手がかりとなる。
ヒトラーは民主主義が生んだ「怪物」
映画の最後のクライマックス・シーンで、主人公(ヒトラー)は、「おまえは怪物だ」と言われると、「民主主義を否定するのか」と反論する。これこそ、現代の独裁を解く鍵である。
ヒトラーはクーデターなどの武力行使で政権をとったのではない。第一次世界大戦後の世界では、ワイマール共和国は最も民主的な国であった。当時の日本は女性には参政権はなかったが、ドイツでは女性にも参政権があった。その国で、普通選挙によって、ナチスが第一党となったのである。第一党の党首が首相になるのは当然である。首相になった後は、共産党を弾圧するなどして、独裁への道を突き進んだが、映画の中のヒトラーが言うように、まさに民主主義がこの怪物を生み出したのである。
今の先進民主主義諸国では極右の排外主義政党が力を増している。フランスでは、「国民連合(RN)」が勢力を拡大している。2024年の総選挙では、予想に反して、第一党になれず、左翼連合、マクロンの与党連合の後塵を拝して3位に沈んだが、27年の次期大統領選では、RNの候補が当選する可能性がある。
ドイツでは、「AfD(ドイツのための選択肢)」がそうで、2025年2月に行われた総選挙では、保守野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)に次ぐ票を得た。地方自治体では、AfDが政権に就いたところもある。「民主主義を否定しない」のならば、今でもヒトラーの再来は絵空事ではない。映画のヒトラーはビルの屋上で銃撃された地上に落下するが、直ぐにまた蘇(よみがえ)る。今のドイツやフランスのような民主主義諸国の脆弱(ぜいじゃく)さを象徴するシーンである。

『帰ってきたヒトラー』Blu-ray¥2,200(税込)DVD¥1,143(税込)
発売中発売・販売元:ギャガ©2015 Mythos Film Produktions GmbH &
Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen &
Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH
敵を明示する
映画では、現代にタイムスリップしたヒトラーが、初めてテレビを見て、低俗な番組を垂れ流していることにいきり立つ。そして、テレビと戦うと宣言し、「国民は悪くない、悪いのはテレビだ」と敵を明示する。
ナチスは、ユダヤ人を諸悪の根源だと敵視した。反ユダヤ主義であり、アーリア人の優秀性を強調した。映画の中のヒトラーも、随所でドイツ人第一主義を雄弁に語っている。ナチスが重用した政治学者カール・シュミットは、政治を「友・敵関係」と定義した。今の民主主義体制の極右は、敵を移民とする。移民排斥が最大の政策である。
ドイツは、ナチス時代のユダヤ人虐殺の反省から、難民を積極的に受け入れてきた。そのため、シリアで内戦が発生すると、大量の難民がドイツに流入した。56万人を受け入れたという。そのため、住宅問題、治安の悪化、テロの頻発など様々な問題が生じ、ドイツ人の日常生活に支障を来している。そこから来る不満を背景にAfDが勢力を拡大しているのである。アメリカのトランプ大統領も、反移民政策を掲げ、アメリカ第一主義を唱えて、保守層の支持を確保している。

プロパガンダ
ナチスは巧妙なプロパガンダによって国民の支持を獲得していった。宣伝担当がゲッベルスで、その名前は映画でも言及される。映画では、小さな右翼政党の本部を主人公が訪ねるが、党旗をはじめ、宣伝手段のみすぼらしさに憤慨する。
ナチスは、ハーケンクロイツ、制服をはじめ、デザインなど秀逸で、党大会の演出も抜群であった。当時は、新聞などの出版物を宣伝に活用した。テレビはなかったが、ラジオを宣伝手段として使うために、安価なラジオを生産し、全家庭に普及させた。また、ヒトラーの演説などを収めた映画を国民に見せた。
映画では、ヒトラーは、初めて今のテレビを見て、「プロパガンダに最適だ」と言っている。そして、SNSも駆使して、自分の主張を展開する。また、街頭では写真撮影に気軽に応じ、街頭での人気を高めていく。映画のように今ヒトラーが蘇ったら、豊富な宣伝手段の存在に欣喜雀躍(きんきじゃくやく)し、独裁強化の道具として活用したであろう。
選挙で指導者が選ばれるという民主主義の陥穽(かんせい)である。私も、何度も選挙を経験しているが、手が麻痺(まひ)するほど有権者と握手し、スマホでの写真撮影に応じた。これは集票手段として重要である。私の場合、テレビ出演などで知名度は群を抜いていたが、実は、確実に票を積みます手段が街頭演説であり、演説に集まった群衆との対話、握手、写真撮影であった。街頭活動をしない候補者は、票を伸ばすことができない。私の体験から、得票の半分は街頭で得たものだと計算している。映画の中のヒトラーが群衆と気軽に接するのは、最高の集票活動なのである。

演説の才能
ヒトラーは演説の名人であった。私は、歴史上のリーダー、現代の政治家の演説を見聞きするが、最大、最優秀の演説家はヒトラーだと思う。ヒトラーは、極秘裏にオペラ歌手に演説の訓練を受けている。身振り、手振りなど鏡に映して、演説の練習に励んだ。そして、時と場所と、目の前の大衆の種類によって、臨機応変に演説の内容を変えていく。映画では、主人公が初めてテレビに出演したときに、長い沈黙でスタートするが、まさに、沈黙も演説の一部なのである。
ヒトラーは、朝ではなく、夕方のほうが、皆仕事で疲れた後なので、プロパガンダが通じやすいことをよく知っていた。私の選挙運動の経験からもその通りで、私も演説は午後からにしていた。皆が書物や新聞を読むわけはるではなく、演説のほうが遙かに人心掌握に適していることをヒトラーは認識していた。
今は、支持者がSNSで演説を同時中継し、それが支持の拡大に繋がっている。2024年の都知事選に立候補した石丸伸二・元安芸高田市長が、得票数2位という躍進を遂げたが、その原動力となったのがSNSであった。しかし、その後、石丸新党は勢いを失っていった。石丸支持者をはじめ、若者は、テレビや新聞などの既存メディアよりも、SNSに情報源を求めている。しかし、地上波のテレビの影響力は無視できない。石丸現象にしても、SNSでの発進を既存のテレビが伝達することによって、さらに支持の輪が広がるという現象となっている。
今は、選挙に出馬する候補者は、SNSの活用を選挙戦略の中核に据えている。街頭演説に集まってこない有権者にも訴えを届けることができるので、極めて有効な道具となっている。

現代への教訓
この映画は2015年に公開された。映画の最後に移民排斥などの現状がドキュメント風に掲げられているが、今は25年である。既に10年が経過しているが、その後、先進民主主義諸国の政治状況はむしろ悪化している。この映画が問いかけている問題は、ますます重くなっている。世界では、民主主義体制よりも権威主義体制のほうが、力を増している。民主主義が危機に立っているという認識が必要である。











