キャンパスライフ

2020年5月21日

【国内福祉留学記】① 休学を決意、北海道へ

 2020年3月、大学3年生へ進級する日を目前に、私は北海道の石狩郡当別町へ引っ越した。

 

 東京の実家で20年間を過ごしてきた私にとって、出会ったことのない人ばかりのこの町で一人暮らしを始めることは、緊張と不安、そして期待に満ちていた。東京はもう春を迎える頃だが、ここの道路や空き地には重みで詰まった厚い雪が積もっている。新居のアパートから気軽に行かれる場所に洒落た店などほとんどなく、どこまでも田畑が続いている。東京の狭い空ではビルに切り取られてしまう雲も、ここでは絵に描いたような可愛らしい形で無数に浮かんでいる。

 

 

石狩郡当別町。人口1万6000人ほどの町(写真は上下共に筆者提供)

 今から約半年前となる大学2年生の秋、私は春から大学を休学しようと決めた。「フルタイムで福祉の現場に入り、障害について考えを深めよう。」

 

 さまざまな出会いときっかけがあり、この決断をした。

 

 文科Ⅰ類から法学部へと進学することに迷いはなかったし、アルバイトやサークル活動といった学業以外の生活も充実していたが、このまま4年間があっという間に過ぎ去ってしまうことにはあまり納得できていなかった。

 

 決断に最も大きな影響を与えたのはゼミの存在だろう。私は東大に入学してすぐに「障害者のリアルに迫る」東大ゼミに参加した。私には知的障害・精神障害のある伯父や福祉の現場で働く両親がおり、幼い頃から障害に関心があったため、高校生の時にこのゼミが特集されたNHKの番組を観た。参加学生が「障害とは何か」「障害とどのように向き合うか」などといった決まった答えのない問いに真剣に向き合っている姿に憧れ、ゼミに参加することを決めた。このゼミに入りたいという思いは東大受験のモチベーションにもなっていた。

 

 このゼミは、毎回の講義でさまざまな障害当事者や支援者をゲストに迎え、彼らのライフストーリーに耳を傾ける。制度的に「障害者」と分類される人々に限らず、依存症やセクシャルマイノリティなど、さまざまなテーマで「生きづらさ」に向き合う。

 

 ゼミを通してさまざまな障害と出会い、さまざまな生きづらさや豊かな身体感覚に触れてきた。ゼミで語られる身体感覚が「私」と共有できるか否かに関わらず、自分や他者の身体感覚と向き合うことが非常に興味深い営みだと思うようになった。

 

 東大には福祉を中心に学ぶ学部学科はなく、学問として障害を学ぶことを志す学生は多くはない。福祉の仕事は体力的に厳しく給与が少ないというイメージもあり、将来福祉に携わりたいと思う学生も多くはないのかもしれない。

 

 大学やゼミで障害へのさまざまな距離感を持つ人に出会ったことは、大きな刺激となり、幼少期からの関心をさらに高めてくれた。

 

 このような経緯を経て、障害についてさらに時間をかけて考えたい、という思いが非常に強くなり、休学を決断した。

 実家のある東京から通える距離にある現場へ入ることも考えたが、特色ある支援を行っている2つの社会福祉法人、ゆうゆう・南光愛隣会で学びたいという気持ちから、これらが所在する北海道と長崎県の現場へ行くことにした。4月から9月までは北海道で、10月から3月までは長崎で暮らす。北海道では重度障害者の支援を、長崎では障害者の就労支援や罪を犯した障害者への支援を中心に学ぶ予定だ。

 

 北海道の社会福祉法人・ゆうゆうは、その事業内容に惹かれて昨年の夏に一度訪れていた。スタッフの方々が、支援のプロとして障害のある人の暮らしを真剣に考える姿に触れ、半年間の受け入れをお願いした。

 

 この法人は、東大の本郷キャンパス内にあるレストラン「北海道の米と汁 U-gohan 東大正門」を経営する法人でもある(※新型コロナウイルスの影響で休業中)。石狩の地で障害のある人たちが育てたお米や野菜を提供している。昨年度まで東大教授だった隈研吾さんがゆうゆうの想いに賛同し、2020年2月に開店した。

 

「北海道の米と汁 U-gohan 東大正門」の内装(写真は筆者提供)

 

 ゆうゆうでは、主に「生活介護事業所」で働かせていただく予定だ。食事や排泄などに介助を必要とする人が多く通う場所で、日中の時間を共に過ごす。他にも、障害のある子どもが放課後に通う「放課後等デイサービス」や、障害のある人が地域で暮らす「グループホーム」でも学び、また事務局の仕事にも関わらせていただく。

 

廃校となった中学校を利用した、生活介護事業所。主にここで働く。(写真は筆者提供)

 

 長崎県の社会福祉法人・南光愛隣会は、罪を犯した障害のある人への支援に力をいれていて、1年生の夏に一度訪れていた。法学部へ進学したいと考えていた私は、ここで法と福祉の狭間で生きづらさを抱える人たちに出会った。自分自身の2つの関心が重なったことで大きな影響を受け、半年間の受け入れをお願いした。南光愛隣会については連載後編で詳述したい。

 こうして、何の知識もなしに2つの場所へと飛び込むことにした。どのような経験をしてどのような感覚を持つのか全くわからないなか、手探りでこれからの1年間を過ごすことになるが、連載を通して現場の様子や感じたことを伝えていきたい。

 

(寄稿=法学部3年 山本斐海(休学中))

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit
koushi-thumb-300xauto-242

   
           
                             
TOPに戻る