東大は10月21日、東京大学プラネタリーヘルス研究機構(RIPH)の設立と、拠点となる東大GATEWAY Campus(ゲートウェイ・キャンパス)の開設を記念し、オープニングセレモニーを行った。東大はJR東日本とプラネタリーヘルス創出を目的とした産学協創協定を2023年度に結び、共創プロジェクトを立ち上げた。24年にはマルハニチロが同プロジェクトに加わった。
「プラネタリーヘルス」は人間の健康や文明が地球環境に依存しているという研究成果を基に考えだされた目標。人間自身や暮らす社会が地球と調和するために、「地球益」を基準に人間活動のあり方の再設計が求められている。東大は産学連携協定に基づきRIPHを総長室統括委員会所属の全学の機関として1月1日付で開設した。高輪ゲートウェイ・シティー内のゲートウェイ・キャンパスに拠点を構え、10月21日の開所に合わせて本格的な活動を開始し、「Planetary Health Design Laboratory」(PHD Lab.)というプロジェクトの下で3者が協創していく。本記事ではオープニングセレモニーの模様を含め、動き出すRIPHの取り組みについて紹介する。 (取材・清水琉生、溝口慶、平井蒼冴)
研究から実装まで 直通運転を目指して
オープニングセレモニーは創設記念式典・内覧会と記念セッションの2部構成で行われた。式典には200人以上が来賓出席し、東大の藤井輝夫総長が主催者挨拶を、浅尾慶一郎環境大臣(当時)がビデオメッセージで、JR東日本の喜㔟(きせ)陽一代表取締役社長、マルハニチロの池見賢(まさる)代表取締役社長らが対面で祝辞を述べた。次いで五十嵐圭日子(きよひこ)教授(東大大学院農学生命科学研究科、RIPH機構長)がゲートウェイ・キャンパスの紹介を行い、機構の設立の背景について「JRは場をつなぐことを強みとしていて、東大は研究を通して人をつなぐことを強みとしている。これらをうまく接続させ、『GATEWAY』(入り口)として活用できれば、海外の研究機関や地方都市、各企業、近隣住民と一緒に、この街を作りながら、日本全国・世界を良くしていくことができると考えた」と述べた。

RIPHは高輪ゲートウェイ・シティーの顔となる巨大ビルTHE LINKPILLAR1 SOUTH(LP)9階のゲートウェイ・キャンパスで活動する。キャンパスは休憩や議論の場となるラウンジと、実験を行うウェットラボに分けられる。設計の際にはこれらを同フロアに併設することにこだわったという。ラウンジには東大の演習林で伐採された木材を用いた家具がある。ウェットラボは培養肉の研究室や動物細胞の培養室、宿泊可能な睡眠解析室が一体となっていることが特徴的だ。LP内にあるキャンパス以外のフロアの実験室や会議室なども利用可能で、これらはLiSH(TAKANAWAGATEWAY Link Scholars’ Hub)という取り組みを通して協力企業と共有して用いられる。グローバル・ブレイン株式会社が運用するLiSHは、JR東日本、三菱UFJ信託銀行、秋田銀行、芙蓉(ふよう)総合リース、西武ホールディングスが出資する「高輪地球益ファンド」での支援で構築を目指すスタートアップ支援システム。ここに東大やシンガポール国立大学、日本パスツール研究所が研究協力を行い、プラネタリーヘルス実現に必要な事業の実現を推し進める。一つの拠点で、研究のタネを広げるディスカッションから実証実験まで行えることから、社会実装の素早い実現が目指されている。
プラットフォームとしてのRIPH
開設に伴う記念セッションの前半では、五十嵐教授が進行を務めクロストークが行われた。高木浩一常務執行役員(JR東日本)、潮(うしお)秀樹教授(東大大学院農学生命科学研究科、RIPHのメンバー)、小関仁孝常務執行役員(マルハニチロ)から、それぞれのRIPHの開設と伴う事業展開のビジョンが説明された。
JR東日本のモチベーションは過去150年間で構築したインフラで現代日本を支えてきたように、100年先の未来の礎を築くような事業を行いたいことにある。高輪ゲートウェイ駅は150年前に国内最初の鉄道開通区間である新橋─横浜間の中心であり、駅を拠点に地球益につながる街づくりを推進したいという思いがRIPHと共鳴しているとした。
マルハニチロは、150年近い歴史で漁業会社のパイオニアから総合食品企業として市民生活にアクセスしてきた素地を生かし、次の100年に求められる価値を追求したいという思いが協賛のきっかけだった。来年3月のUmiosへの社名変更を契機に、枯渇危機の漁業資源の安定供給化の実現と、魚食のリデザインを通したパーソナルスーパーフード提案の実現を目指す「持続可能なタンパク質の提供」と「健康価値の創造」というビジョンをもとに、RIPHと連携を深める姿勢を示した。
潮教授は、経済資本偏重な基準によって農林水産業での生産物が大量廃棄されている現状によって、プラネタリーヘルスの実現が妨げられていることを指摘。これはムーンショット型研究開発制度(挑戦的な研究を推進する内閣府主導の大型研究プログラム)で、高橋伸一郎特任教授(RIPH)をリーダーとする研究プロジェクトでも取り組まれている課題だ。強力なインフラを持つ両企業の協力が得られることへの期待を表した。

小関氏は「スタートアップ企業と接点を持ちディスカッションできる環境が日常的にある」ことがRIPHの魅力と述べ、高木氏も「今後もスタートアップ企業を含めた協創の輪が広がることが重要」と語る。五十嵐教授も「具体的に何をするかはまだ見えないかも知れませんが、この『場』ができたことで、大学と企業が力を合わせて本気で何をしたいかが可視化されることが重要なんです。面白そうなことがあればどんどん取り入れて行きたい」と開けた場であることを強調した。RIPHやLiSHを起点にさらに多くの人を巻き込んで事業を広げられること、それこそがプラネタリーヘルス実現に向けたゲートウェイキャンパスの鍵だ。
超特急での社会実装を当たり前に
続いてのセッションでは、高橋特任教授が司会進行を務め、東大がPHD Lab.で取り組む研究について4人の教員から紹介された(表)。

それぞれの教員の専門分野で、問題解決に向け最先端技術の開発から社会実装までを素早く実現することへの期待が見られた。すべての教員の問題認識と解決手段の提示の背景にはプラネタリーヘルスの追求が見られ、多様な研究が一つの目的のもと前進できる可能性が示された。

4人の教員の発表を受け、高橋特任教授は「人類が食物連鎖の頂点にいて地球環境の支配者だと思ってしまっているけれど、地球環境がダメになったら資源が無くなって人類こそ最初に地球からキックアウトされることを分かっていない」と、地球に依存した人間の暮らしを見つめ直すような研究開発を実践できる意義を述べた。RIPHが全学の機関であるように、所属を問わずプラネタリーヘルスのビジョンを共有して研究協力する同志を募っていることも共有した。

セッションの後に行われたのは「日本のグローバルヘルス分野における国際貢献の推進と強化」などを事業内容とする、グローバルヘルス技術振興基金の國井修CEOによる講演。國井氏は世界での自然災害・感染症被害への対応において、常に状況が変化する現場に対して研究現場で用いるデータは時間的なラグを抱えている問題を強調。COVID-19の流行に際しては国産ワクチン開発で国際的に日本が出遅れたことへの反省も受け、現場の声にスムーズに応えられるように研究開発から社会実装までの流れを達成する成果を積み上げ、産官学が多様に参入できるオープンイノベーションの空気感を国内に形成する意義を述べた。
五十嵐教授は「これまでの産学連携は目的が一致せず産と学が必ずしも同じ方向を向けずに進めてきてしまっていた。しかし、プラネタリーヘルスという明確な共通した目的が見えたおかげで、これからは同じ方向を向いて進める」と語った。事業の実現のスピード感についてもRIPHへの期待は大きい。ゲートウェイ・キャンパスはJR東日本との100年契約という産学連携にかつてない真剣さで生まれた新キャンパスだ。100年先の心豊かな暮らしづくりを実現するため、地球益を中心にした価値観へのパラダイムシフトを進める動きは今こそ求められている。多様な先端知を実証する場として、RIPHは地球的な転換への始発列車になるだろうか。










