学術

2016年7月27日

バングラデシュ人質襲撃事件を受けて東大生が思ったこと

 私は、東京大学総合文化研究科・国際社会科学専攻・人間の安全保障プログラム修士課程で学んでいます。静岡文化芸術大学在学中に、「ちぇれめいえproject」という学生NGOを設立し、バングラデシュの元紛争地(チッタゴン丘陵地帯)にて、先住民族の子どもの教育と現地の若者による村おこしの取り組みを後押ししてきました。その後、UNDP(国連開発計画)の現地事務所の平和構築プログラムのインターンシップに参加しました。合計2年弱、バングラデシュに滞在した私がいま考えていることを綴りたいと思います。

 

 7月1日(現地時間)、首都のダッカ市内にて、武装グループが人質を取ってレストランに立てこもった襲撃事件で、日本人7名を含む約20名が死亡する事案が発生しました。その後、「ISILバングラデシュ」を称する組織が犯行声明を発出しました。(2016年7月7日 在バングラデシュ日本国大使館)

 

 この4年間あまり、バングラデシュの仲間たちと共に草の根の活動を続けてきた私たちは、この事件を重く受け止め、今回命を失われたすべての方々と、この国の人々のために活動してこられた日本人の方々のご冥福を、心からお祈りいたします。毎年ちぇれめいえprojectが実施している夏のスタディーツアーは、やむなく中止となりました。

 

 この事件の背景や、ISの関与に関する分析は、専門家の間でも意見が分かれています。アジアで最大級のムスリム人口を抱えるバングラデシュですが、これまで比較的穏健なイスラム教の国だとされていました。そして、とても親日的な国民性、かつ経済成長のまっただなかゆえに、多くの日本企業も進出してきました。

 

 いま、世界中で、暴力的な事件が多発しています。異教徒に対する襲撃、身代金目的の人質事件、直近ではフランス・パリでのテロ、トルコの自爆テロ、イラクでのテロ、またまたトルコでのクーデター。

 

…そして、中東での終わりのこない空爆や日本人が巻き込まれていない事件など、メディアでは取り上げられず報道もされない多くの死。

 

 途上国だけでの話ではありません。人種主義的政治リーダーの台頭、難民の排斥、ヘイトスピーチ、差別や偏見。バングラデシュでは6月に入り、当局がイスラム過激派への取り締まり作戦を実施し、3日間で8000人を逮捕することもありました。(CNN2016年06月14日

 

 日本を振り返っても昨年だけでも大きな変化がありました。昨年、安倍首相は中東歴訪中、エジプトでの演説(産経ニュース2015年1月17)で「非軍事」としながらも「ISと戦う周辺各国に総額二億ドルの支援を約束します」という声明を出しました。

 

 その3日後、私たち日本人にとっては特に衝撃的なあの事件が訪れます。人質に取られ、オレンジの服を着せられた後藤さん、湯川さんの間に立った黒ずくめのISメンバーの男は、インターネット上の映像で当時のNHKニュースによると、こう言っていました。「日本の首相へ 日本はイスラム国から8500キロ以上も離れていながら、進んで十字軍に参加した。われわれの女性や子供を殺害し、イスラム教徒の家を破壊するのに、得意げに1億ドルを提供した。また、イスラム国の拡大を阻止しようとするために別途1億ドルを拠出した」「2人の生命を救いたければ、イスラム国に同額の2億ドル(約235億円)を支払え」(ハフィントンポスト2015年01月20日

 

 日本政府は、外務省と首相官邸のサイト上に、日本語と英語とアラビア語で「人道支援やインフラ整備などの非軍事分野での支援」という文章をその後掲載し非軍事の人道支援だと反論。しかしIS側は日本政府が軍事資金を拠出したと批判。翌月、ISの英語の機関誌「ダビク(Dabiq)」の中で、「これまでは、日本は標的として優先度は高くなかった」「安倍晋三の愚かさにより、すべての日本国民が、今やイスラム帝国戦闘員らの標的となった」と警告。(ハフィントンポスト2015年01月20日)世界の中で中立だった日本はISから有志連合国側(十字軍)の一員だとみなされ始めてしまいました。(日本経済新聞2015年2月13日

 

 本当に人道支援が目的だったとしたら、このような「誤解」を生む結果になってしまったことは非常に悔しいとしか言いようがありません。

 

 その後の2015年9月19日、安全保障関連法案が参院本会議で可決され成立。日本は集団的自衛権を行使できる国になりました。つまり、自衛隊の海外での武力行使や、米軍など他国軍への後方支援を世界中で可能とし、日本が攻撃されていなくても、同盟国が起こした戦争に加われる可能性が生まれました。戦後日本が維持してきた「専守防衛」の政策を大きく転換したということです。(朝日新聞2016年3月29日

 

 ISの日本への警戒が高まらないとは言い切れません。

 

 21世紀・・・貧困、差別、高い失業率、空爆、終わらない紛争などの不条理によって、家族や友人を失い怒り泣く若者たちの心が、過激派ムスリム思想や行き過ぎたナショナリズムと結びつきつつあります。グローバル化が進み、ネット戦略もあいまって、途上国のみならず、ロシア・フランス・イギリス・アメリカ等の先進国からもISに参加する者は後を絶ちません。今回自らも命を落とした犯人たちも20-30代の本来は未来ある若者たちでした。アフガン・イラク戦争への侵略・空爆で罪のない命が奪われ続けてきたことがISの根っこを形成したと言われます。専門家によると、外国人を狙った無差別殺人は、これまでバングラデシュで起きていませんでした。

 

 バングラデシュでは近年、たびたび事件が起こるたびに、それがISの仕業か否かについて論争が起こり、バングラデシュの首相はそれを否定し続けてきました。今回の事件後も、ISが主導しているか否かいう議論が続きますが、ある意味答えのない議論なのかもしれません。IS思想の影響を受けた若者たちが、バングラデシュにもいたということは確かなのです。

 

 本当に素敵で優しい人々が暮らすバングラデシュ。2年弱の現地滞在中、自分の知らない日本を彼らを通して知ることもありました。「日本人は友達だ」と言われいろんな場所で初見の人にお茶を奢ってもらったり、「バングラデシュがパキスタンから独立するときに日本は真っ先にそれを認めてくれたのを知っているか?感謝してるんだよ」と、私も知らなかったことをバスで隣り合わせた人が教えてくれたり、テレビ番組のNHKワールドで見たという五重塔の説明を目をキラキラさせてしてくれる青年がいたり・・・

 

 バングラデシュに対しては日本が長年にわたり様々な援助をしてきたことは有名ですが、首都ダッカ(正直ゴミだらけ)の道路を日本の国旗のついた立派なゴミ収集車が何十台も走っているのは象徴的です。

 

 日常の営みではなく、このような悲しい事件のニュースを通して多くの人がバングラデシュを知ることになってしまったこと、残念でなりません。ひとつ心に留めておいていただけたら嬉しいのは、今日も、私たちが楽しい1日を過ごしたのと同じように、家族と、友達と、美味しいご飯を食べ、笑い、歌い、働き、生きている人たちがバングラデシュにいるということです。そして、今回の事件に一番心を痛めているのも、彼らだということです。

 

 「I’m so sorry for the sad sad news. もう、バングラデシュは日本人にとって安全な国ではなくなってしまったから、来ないでね。たぶん、、、来ない方がいいよ」

 

 事件の翌日、SNSを開くと、現地で出会った友人たち、一緒に活動する仲間たちから、このようなメッセージが、いくつも来ていました。あの後、日本に暮らすバングラデシュ人の友人とも様々な話をしました。「ぼくたちも悲しいし、なんでこんなことになったか分からない」・・・

 

 大切な友人に、「自分の国にお願いだから来ないでね」というときの気持ちは、どんなものでしょうか。

 

一緒に活動する現地の若者たち
一緒に活動する現地の若者たち

 

 バングラデシュだけでなく、これから海外に出ることのリスクは以前より高まるかもしれません。もちろん今回のテロのように罪のない人々の命を奪うことは決して許されません。しかし、社会やメディアがカテゴライズした人々の存在を盲信的に恐れるのではなく、いま我々が生きるこういった社会の歪みを生み出してしまった本当の原因は何であるのか、ひとりひとりが考え続ける必要があると感じています。

 

 憎悪と暴力の連鎖をどうしたら止められるのか。暴力に暴力では止まりません。国家間の外交努力、そして市民レベルでの理解への努力が求められます。明日から私たちは何ができるのか。今回の被害者の方々の命、警察官たちの命、そして犯人の命は、もしかしたら救えたものだったかもしれなかった。犯人たちの顔写真が公開されましたが、わたしたちと同年代であろう青年たちのはじけるような笑顔に、涙が出てきました。何が彼らをこの手段に向かわせたのでしょうか。

 

 一人ひとりが、どんな社会に生きて行きたいか理想の社会を思い描き、異なる者に対する想像力をはたらかせ、命を大事にし、隣人に目を配り、お互いの違いや多様性を寛容な心で認め、暴力ではない方法で争いを解決していける未来を築きたいと思います。これをまた、憎しみの連鎖につなげるのではなく。

 

 

バングラデシュ・先住民族の村の朝のマーケット
バングラデシュ・先住民族の村の朝のマーケット

 

 ちぇれめいえprojectは、バングラデシュの大多数の民族とは人種と宗教が異なり、弾圧にあい紛争で苦しんできた先住民族たちが暮らす地域で、異なる人々が幸せに、自分の可能性を最大限に発揮して共生できる道を、これまで現地の若者やNGOの方々と探ってきました。マイノリティーが生き生きと暮らせる社会は、すべての人にとって生きやすい社会。これからも、その方針は変わりません。これからも、活動を見守っていただけたら幸いです。報道の裏にある真実や現実に1秒でも1分でも一緒に思いを巡らせられたら私たちは嬉しいです。いつかまた、日本の友人たちと一緒に現地を訪れることができる日を、メンバー一同心より楽しみにしています。最後に、亡くなられた方々へのご冥福を心からお祈りいたします。

2016.7.28
ちぇれめいえproject 代表 渡部清花
東京大学 総合文化研究科 修士課程1年

 

2016年7月27日 12:00 【画像修正】 一部の画像を削除しました。

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