INTERVIEW / PROFESSOR 2015年1月8日

福島の洋上風力発電。平和構築の専門家が東北の復興にかける思い

「大学にいる研究者は、メディアや社会が関心を払わなくなったトピックに対して、フォローし続けることが許されている。一つのトピックに、長期的な目線で関わり続けるのは、大学にいるからできることです」

こう語るのは、11年間NHKのディレクターを勤め、退職してカナダに留学した後、国連アフガニスタン支援ミッションで和解・再統合チームリーダーを務めた東大作准教授だ。

現在は研究のかたわら、人間の安全保障(1月10日にシンポジウム)の観点から、福島いわき市沖での洋上風力発電に関わっている。

「国家が個人の安全を守れないとき、どうやって人々の生活を守るか」という人間の安全保障の枠組みからは、アフガニスタンにおける平和構築と、東北の復興とのあいだに重要な共通点が見えてくる。

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NHKをやめて平和構築の専門家に

2004年までNHKに11年間いて、犯罪被害者の方の支援や、中東やイラクにおける和平交渉・平和構築などを追うドキュメンタリー番組を作っていました。番組制作で紛争やその後の平和構築に触れ、平和構築の専門家になりたいと考えて、カナダのブリティッシュコロンビア大大学院で修士号と博士号を取りました。

2008年に調査をしたアフガニスタンでは、反政府武装勢力を新しい政権に取り込むことができていませんでした。アフガン人の8~9割の人たちは、タリバンを含めた和解でなければ、平和にはならないと考えていて、軍事的な解決はありえないと言っていたんです。

政治的な和解交渉によって一度銃を置いて、一般の兵士は職業訓練を受けて市民として新しい社会に参加していく。反政府武装勢力のリーダーは、政党などを作って、政治の場を通じて国に参加していく。そういう形でないと持続的な平和は作れない状況でした。

 

紛争後、和解と再統合に参加するのは誰か

僕は、平和構築のための具体的なプログラム、特に新たな和解プログラムの設置を国連に提案し、日本の外務省や自民党や民主党など政党に対しても、アフガンの和解を日本が主導的に支援すべきだと話をしました。その結果、2009年11月に日本政府が発表した対アフガン政策では、タリバンを始め、武装勢力との和解を応援していくことになりました。

僕もその頃、並行してアプライしていた国連アフガニスタン支援ミッションに採用され、和解・再統合のチームリーダーとして、国連の側から新しいプログラムを作るのに携わることになりました。

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アフガニスタンの和解・再統合において問題となったのは、誰をどこまでインクルードすべきかということです。「新しい国を作るにあたって、反政府武装勢力のトップまで含めて交渉すべきだ」という人たちと、「中堅の兵士までとしか交渉はできない」という人たちとに分かれました。僕たち国連ミッションの側は、「トップリーダーシップまで含めて話し合いを呼びかけないと、持続的な平和構築にはならない」という立場で、アフガン政府との話し合いをし、結局そうすることになったのです。

そういう経験を通じて、誰とどこまで、どういう形で交渉するか、その人達が新しいメカニズムに入っていける形を作るにはどうすれば良いか、ということが非常に重要だと実感しました。

 

被災地で受け入れられる「人間の安全保障」の考え方

国連の任期が終わり、2011年1月から東大で仕事を始めました。その2ヶ月後に東日本大震災が起きたんです。

何ができるか分かりませんでしたが、とりあえず現地に行くことから始めました。4月に知人の紹介で福島のいわきへ。避難所や津波の被害にあった地域を回って、被災した方々の声を聞きました。

被災地の人たちに、「人間の安全保障」という言葉を説明すると、たしかに今は人間の安全保障が脅かされている」と納得してくれました。震災一ヶ月後で、いわきの街の半分くらいの人が避難していた時期ですし、原発もまだ不安定でした。電気も殆どついてなくて、被災地の人達は「自分たちの生活はどうなってしまうんだろう」という状況でした。

人間の安全保障の概念は、被災地の方々にとっては違和感なく受け入れられるものだったと思います。

RIMG0012.JPG2011年4月9日。福島県いわき市。東氏撮影

市長さんや市の職員さんから、原発はこれ以上福島では難しいので、自然エネルギーをやりたいという話を聞きました。ただ、震災直後で被災者の方への支援とかいろんな業務に忙殺されている中で、ご自身で調査して具体的な案を出すのは難しいだろうと考え、東京に戻って、省庁を回ったり、文献を調べたりしたのです。

 

東大工学部の石原孟先生との出会い

専門家が注目している自然エネルギーの一つに風力発電があることを知りました。日本は良い風が吹き、風力発電の潜在力があるのです。ただ、陸上の風力だと騒音の問題がある。世界的には洋上風力発電が広がっていますが、浅瀬が長く海底に埋め込む形の洋上風力発電ができるイギリスなどと異なり、日本の場合はすぐ海が深くなってしまうので浮体式の洋上風力発電でないと多くの風力発電施設は作れないと知りました。

当時、浮体式はノルウェーに実験段階のものが一つあるだけでした。その浮体式の研究をしている先生が、東大工学部にいることを聞いて、その先生に会いに行ったのです。それが石原孟先生でした。

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石原先生いわく、2005年にいわき市沖で風の観測をしたことがあり、非常に良い風が吹くことが確認されているんです。浮体式の洋上風力発電で、原発1個分くらいの発電が、技術的にはできることが分かっているという話を聞きました。

これはある種の天佑でした。世界最先端の洋上風力発電の基地を福島に作ることができれば、原発事故によって受けた被害を乗り越えるためのシンボルになるのではないか。新しい産業にもなるかもしれないし、避難している人たちの雇用になるかもしれない。そういうシンボリックな意味があると感じたのです。

東京で調べた内容を、いわき市長に提案しました。紛争後の平和構築の経験から、自分のように直接事業と関係なく、利害関係もないものが関与すべきだと考えたのです。市長も乗り気で、首相との面会でも、洋上風力の調査について要望してくださいました。

僕も当時の再生エネルギー担当大臣に、石原先生と一緒に説明しに行ったり、丸山真人教授と一緒に、継続的に開催していた「原発・震災と人間の安全保障セミナー」で石原先生に講演をして頂き、そこにいわき市の職員もお招きして、いわき市や福島県の職員の方々と石原先生の出会いの場を設けたりしました。

結局その年の補正予算で、福島県沖洋上風力発電実証実験事業に、150億円の予算がついたのです。その後の追加予算を加えると、総事業費は、500億円になっています。

P1070388.JPG2013年7月1日。福島県小名浜港に入港した浮体式洋上風力風車 東氏撮影

 

計画段階から地元の人々が参加するために

地質調査の計画が進んでいた2011年の7月、漁業者の方々が行政側の説明に不満を覚えているという話を聞きました。原発事故以降の出荷停止措置で、魚をとれなくなっている福島県の漁師さんは、今度は洋上風力発電で海まで奪われてしまうのかと心配になったのです。

幸いにも、いわき漁協の方々とは震災直後からいわき市に行くたびにお会いして、お付き合いがあり、彼らの紹介でいわき漁協や県の魚連の組合長や副組合長の方々と話をしました。

震災後どのような苦労をしてきたのか聞かせていただいた上で、洋上風力発電のプロジェクトが漁業者の方々にもメリットのあることだと話しました。

事業をやるための地質調査には、漁業者のかたに船を出していただく事が必要です。これは漁業と両立する副収入になります。もし事業化が実現して、洋上風力の組み立て基地ができれば、陸にも仕事が生まれます。

最も重要だったのは、漁業と再生エネルギー事業を両立できるよう、計画段階から漁業者の方々に参加してもらい、漁師さんの知恵を借りながら、漁業者と事業者と行政とが一緒になって、共存していける形を一緒に作っていきましょうという点で、何度もいわきに通いながら、話をしました。

漁業者の方々もその考えに賛同してくれて、地元の漁業者も含む協働委員会が発足したのです。

地質調査を行い、最初の変電所と洋上風力1基が完成して実証実験が行われました。現在2基目、3基目に着工していて、ひとつは7メガワットという横浜の観覧車より大きい風力発電で、世界的なチャレンジです。

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震災後の復興と紛争後の平和構築

アフガニスタンの国家再建において重要だったのが、どうやって地元の人達の主体的に参加するメカニズムを作っていくのかということでした。現地の人たちの声を尊重して、その人たちの声や意志が反映されるような意思決定の枠組みを作っていかなくてはならない。

ODAや紛争後の支援において、こちら側が決めたプロジェクトを、現地の人達の主体的な参加や関心がない中で進めてしまうと、支援者が引き上げたとたんに作った井戸やトイレが使われなくなってしまうというようなことがよくあります。いかに現地の人達の参加を引き出すか、考えながらやっていくことが大事なのです。

東北の復興の現場でも同じことが言えて、地元の人達が主体的に関わって、自分たちの事業だと思えるメカニズムをどう作るかというのがとても重要だと、福島での経験を通じて強く感じました。

「とにかく大丈夫ですから安心してください」という形で上からやってきた原発事業の例もあります。他の復興事業も、ともすれば地元説明会がただ了承を取るだけになってしまいがちです。

一方的にこちらが作ってそれを了承してくださいという形ではなく、地元のことをよく知っている方々に知恵を出していただいて、自分たちの事業だと思えるようになることが重要ではないかと思います。

特に海のことについては漁師さんが一番良く知っている。彼らの長年の知恵とか経験を、存分に話して頂かなくてはなりません。

2012年8月から2014年8月まで、東大と外務省の人事交流で、国連日本政府代表部で公使参事官として勤務する経験に恵まれましたが、上のような問題意識もあって、「国家再建における包摂性(Inclusivity)に関するセミナー」という連続セミナーを、タンザニア代表部と共催していました。

紛争後の国家再建においても、自然災害の被災地においても、被害に遭われた当事者の方々が、主体的に参加できる枠組み作りが重要だという点においては、共通の課題があるし、お互いの経験から学びあうことも可能だと感じています。

人間の安全保障とは

世界に目を向ければ、個人の安全を守る責任を、国家が果たせないということがよくあります。エボラ出血熱や自然災害など、問題が大きすぎて一つの国家では対処できない場合や、シリアのように国家自身が人々を傷つけるような場合です。

そんなときに、どうやって人々を守るかを考えるのが「人間の安全保障」という学問であり、守られるべき現地の人々の尊厳や意志を大事にして、その人達の主体的な参加が持続的な平和構築や復興につながるというのが、人間の安全保障における大事な視点だと考えています。

――――

東京大学「人間の安全保障」プログラムは、今年で10週年を迎える。1月10日に行われる設立10周年記念シンポジウムでは、元国連難民高等弁務官・前JICA理事長の緒方貞子さんも挨拶を行う予定だ。

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「人間の安全保障」をテーマに研究や実践活動を行って来た方々が、「国家が人々の安全を守ることができない時、どう人々の命と尊厳を守っていくのか」について、活発な議論を行う。

(文責 須田英太郎

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