COLUMN 2019年10月18日

学力と音楽経験との関係は? 日本の音楽教育の歴史と成果

 いつの時代も親は子にできるだけ良い教育を施そうとするものである。毎年多くの教育本が出され話題になるが、東大の名を冠した教育本は多い。その中に「東大生は音楽系の習い事をしていた人が多いため、音楽系の習い事をさせると成績が上がる」という言説がある。本記事では、まず学校での音楽教育がどのように創られてきたのかについて考え、続いて音楽教育には学力を高める効果が本当にあるのかということを検討する。

(取材・上田怜)

 

時代ごとの一体感形成を担う

 

 日本の音楽教育はどのような歴史的文脈の中で誕生したのだろうか。音楽科教育が専門で小学校教員を目指す学生の音楽指導にも携わる有本真紀教授(立教大学)に話を聞いた。

 

有本 真紀(ありもと まき)教授(立教大学) 93年東京藝術大学音楽研究科修士課程修了。修士(音楽)。東京藝術大学助手などを経て、05年より現職。主な著書に『卒業式の歴史学』(講談社)。

 

 「日本での学校音楽教育は唱歌を通して徳性を養う目的で始められました」と有本教授。明治時代に入り政府主導の学校教育が始まったが、1882年に日本初の五線譜による唱歌教科書が発行されても、なかなか音楽は学校に普及しなかったそうだ。1872年に頒布された学制では、下等小学校の科目に「唱歌」が設置されたが、指導能力を持つ教員も適当な教材も存在せず、実際に教えられることはなかった。

 

 

下:「小学ニ在リテハ最モ宜ク徳性ヲ涵養スルヲ以テ要トスヘシ」とある。(『小学唱歌集. 初編』文部省音楽取調掛 編 国立国会図書館デジタルコレクションより転載)

 

 音楽を学校教育に導入するための本格的な準備が始まったのは、1879年ごろから。「当時は、歌を唱えることが学校で教わるべき内容だとは考えられていなかったのでしょう」と有本教授は語る。その後、1890年の教育勅語発布から1945年の敗戦まで教えられた「修身教育」と密接に結びつき「唱歌」が導入されていった。歌うことで国への忠誠心を創り出し、日本国民としての一体感を高めていくという効果が期待されたそうだ。

 

当時教えられていた「蛍」。歌詞の3番に「ひとつにつくせ。くにのため。」とある。(『小学唱歌集. 初編』文部省音楽取調掛 編 国立国会図書館デジタルコレクションより転載)

 

 多くの人が同時に同じ高さの声を合わせることが特徴的な斉唱は、まさにその役割を果たした。1888年、文部省(当時)は国家祝日には学校に生徒を集め、学校儀式を実施するよう内命を発した。さらに、1891年には小学校祝日大祭日儀式規程を定め、儀式唱歌を各学校で歌うよう義務化。そのため、正式に唱歌科(現代の音楽科)が必修科目となる1907年より前から音楽は儀式唱歌として学校教育に組み込まれることとなった。

 

 徳育に資するため、というのが音楽を学校に導入する大きな理由となったが、当時言われた目的には、肺臓を強くすることや発音を清くすることも挙げられていた。唱歌は、日本人の姿勢や体格を向上させて健康な身体をつくり、言葉の発音を正しくするためにも役立つと主張された。

 

 「唱歌」は、1941年に「芸能科音楽」の科目名に変わり、国民的情操を純化する役割を担った。しかし戦後は、愛国的な歌や音楽を通しての道徳教育が問題視され、音楽自体を学ぶ教育としての方向にシフトした。現在では、週に1~2回の限られた時数の中で、合唱コンクールや卒業式のために練習する歌の時間が多くを占める。日本の伝統音楽に親しむとして、和楽器の実技や伝統音楽の鑑賞などの授業も行われる。学校で伝統音楽が盛んに行われるようになったのは、学習指導要領において自国の伝統文化を大切にする方針が明確に打ち出されたからであるという。

 

 音楽教育は教養のため、伝統を守るため、などが表向きの理由として扱われるが、音楽を介してコミュニケーションをとることもまた、学校での教育の大きな目的の一つだという。「不思議なことに歌わない民族はないのです」と有本教授。人間にとって音楽は祈りをささげるための聖なる役割を持っただけでなく、共同性を共有する集団をつくり出す機能も果たしてきた。例えば、人は赤ん坊をあやすときに背中をゆっくりと叩いて落ち着かせる。こうした身体を介したテンポの共有も音楽の一種だと捉えることができるが、このように人間は幼少期から音楽に育てられる側面があるといえるのだ。

 

 有本教授は、学校教育で音楽を好きになることは理想ではあるが、そうでなくてもいつか音楽に再開する機会に出会ってほしいという思いがあるという。「この曲知ってる」と言える記憶は、人が生きる上で大切な記憶になるだろう。

 

自ら「気付く」感受性育む

 

西島 央(にしじま ひろし)教授(青山学院大学) 97年教育学研究科博士課程単位取得退学。修士(教育学)。首都大学東京准教授などを経て19年より現職。主な編著に『戦時下の子ども・音楽・学校  国民学校の音楽教育』(開成出版)。

 

 教育社会学が専門の西島央教授(青山学院大学)は「東大生の多くが音楽系の習い事を経験していたからといって、楽器を習うことと学力の向上に因果関係はありません」と説明する。一見因果関係があるように見えるがこれらの事象は「擬似相関」であると考えられる。擬似相関とはある二つの事象間に明確な因果関係が確認できないにも関わらず、存在するかのように推察されることで、両者に関係する見えない要因によって引き起こされる。東大生に音楽系の習い事の経験者が多い要因の一つは、楽器を習うことができる家庭環境や地域環境といった特徴にあると西島教授は考える。

 

 

 楽器の購入代、レッスン代、発表会の出演代など出費がかさむため、音楽系の習い事をさせる家庭は子どもの教育に費やす経済的余裕がある場合が多い。またその理由から音楽教室は比較的裕福な地域に多く開講されている傾向がある。

 

 このような東大生の習い事事情の裏に隠された経済的・地理的要因は取り上げられにくく、目に見える指標である「ピアノを習っている」という事象のみが注目され、習い事と学力の間に因果関係が見出されがちだ。ピアノは全国的に習い事として人気があり、東大生が習っていた割合が突出して高いとは言い難いとも西島教授は説明する。

 

 一方で、音楽系の習い事が学力に直接的な因果関係があるとはいえないとしながらも、西島教授は音楽などの芸術には感受性を育む働きがあると指摘する。何かを身につける時には「これができたら良さそうだな、できないと不便だな」といった直観や好奇心から出発し、調査して得られた結果を受け止めることが必要であるという。気付くことはしばしば受動的な行為であるが、感受性が豊かだと自覚的、能動的に「気付く」ことができる。勉強においても感受性を身につけ、自ら気付き得ることが有用であると西島教授は主張する。

 

 もちろん、あくまでも勉強は勉強するからできるようになるのであり、ピアノを練習したからといって直ちに成績が上がるわけではない。唯一、ピアノの練習で習得した能力を勉強に生かすことができた時に限って、その人にとってはピアノが勉強の役に立ったといえるのだろう。


この記事は2019年10月8日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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